第八節 世界は広いようで狭い
ナンタンを目指す旅の4日目。
現在地はチューオ領の都、ジラフである。
俺とパースの2人旅だったらチューオ領とナンタン領の境まで行っているだろう。
しかし、今回はマリーとブレンダが居るため、そうはならなかった。
「すみません、パース隊長。私たちの体を気遣ってもらって……」
その事実に気付いているブレンダは、町で休憩する度にこうして謝っている。
本来そういうのは無理に同行を願ったマリーがすべきなのだろうが、彼女にそんな心配りを期待すべきではない。
なので、その心配りは彼女の助手であるブレンダが担うしかない。
かわいそうな事だ。
「良いんですよぉ、ブレンダさん。おかげで私たちもベッドで寝られるんですから」
そして、こんな返しをパースがするのもお決まりになりつつある。
「さてと。次の町を目指すには遅いですが、宿で休むには早いですねぇ」
日が暮れる前に次の町まで辿り着けるか、多少怪しい時間である。
故に、中央の都ジラフで休憩なのだ。
「皆さん自由行動でどうぞ。私はちょっと領主と話してきますので」
という事で、各々の自由な時間となった。
パースは一仕事あるが。
ちなみにニオも馬車の見張り番だ。
「大変ですね、毎度町の長に話を付けるのも」
俺はついついパースに労いの言葉をかけた。
パースはこの旅の代表として、旅の理由を中継した町々全てに開示せねばならないのだ。
仕事とはいえ、無駄な手間だ。
「話を付けないと不安がりますからねぇ、町長や領主の方々は。まぁ、急に近衛兵が来るんですから、心中お察ししますけどね」
俺も分からないのでもない。
なんの連絡もなく王の直属部隊が、少数ではあるがやってくるのだ。
抜き打ちの査察か、賞金首でも逃げ込んできたかと、あまり良い予想はできない。
だからこそ、ただ旅の中継に使わせてもらっているだけだと開示し、安心してもらうのだ。
「それでは、行ってきますねぇ」
パースはそうしてチューオ領主邸に向かった。
宿の前で残されたのは俺とブレンダ、マリーの3人。
なのだが、さっきからマリーの姿がない。
「あれ?マリーさんは?」
「もう宿の部屋です。ちょっと確認してきたけど、何か書き物に集中しているみたいで……」
「……」
ブレンダが返してくれた答えに、俺は思わず苦笑した。
あの人、こんな所でも研究する気なのか。
いや、機材がなくて研究できないから、せめて思い付きを手帳に書き記して置くのか。
意外にも、今回の荷物にはナンタンでする調査関連の物しかないらしい。木箱を3つ積み上げて、である。
衣服も含まれているが、曰く、それらは最低限だそうだ。
女性として大切なモノを捨ててきた彼女の研究にかける執念。
もはや感嘆してしまう。
「とりあえず、マリーさんは放っておいて良いか。連れ出そうとしても動かないだろうし。せっかくのジラフなんだけどね」
チューオ領の都ジラフは、ラビリンシア王国領土の中央に位置している。
東西南北の領土、どこへでも行き来が比較的楽な立地をしているのだ。
その立地のおかげで、ラビリンシア王国各地の商品がこのジラフに流れてきている。
ジラフだけでなく、チューオ領全体が商売の盛んな土地なのである。
そんな土地に来たのだから、俺は買い物にでも誘おうとしていた。
ナンタンへの道中であるから邪魔になる物は買えないが、店を見て回るだけでも楽しめるだろう。
残念ながら、マリーはそんな事を楽しめる性分ではなさそうだが。
「ブレンダはどうする?俺はちょっと散策してくるけど」
「え、えっと。お誘いは嬉しいんですけど、マリー隊長を1人にしておくのは怖くて……」
「……」
俺はなんだか納得してしまった。
マリーの自分勝手さを知る者なら、きっと俺と同じ心境になるだろう。
「そうか……。じゃあ1人この町を楽しむのも悪いかな」
「いえいえいえ!テノールさんは普段できない分、是非楽しんできてください!」
ブレンダは俺にまで心配りをしてくれた。
確かに、王命で忙しくしているし、いつもの旅は町に寄ったとしても長居しない。
方々へ駆けずり回っているというのに、観光なんてした事がない。
何故だろう、目が潤んできた。
(……ほら、時間は有限なんだから早くしろ。短い間だが、存分に楽しんで来い)
エクスカリバーにまで優しくされた。
なんだか惨めだが、俺はさらに惨めにならぬよう、涙を堪える。
「そ、それじゃあ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
そんな普通のやり取りなのに、無駄に暖かさを感じる。
その暖かさに俺の目はより一層潤んできたので、涙を零す前にその場を離れた。
顔を拭いながら歩けば、もう賑やかな人の声が聞こえてくる。
声に誘われれば、そこにあったのは露店が建ち並ぶ繁華街。
野菜や果物、肉などの食料もあれば、剣や鎧などの装備もある。
実に多種多様だ。
活気も溢れ、人々も溢れ、盛況なのが見て取れる。
そうして盛況なおかげか、周りが勇者である俺を気にした様子はない。
(というか、なんか俺と似た格好の奴が複数居るな)
俺が愛用している国からの支給品装備。
愛用しているとあってその姿での露出は多い。
だから似たような装備を作ろうとすれば、そう難しくはない。
質まで近づけると値が張ってくるが。
(つまりは、勇者様の真似だな?)
そう。エクスカリバーの言う通り、おそらく彼彼女らは俺の真似しているのだ。
しかし、偽物に成りすまそうとまでする者は居ない。
いつだったか、成りすました者が偽物と露呈し、物理的にも精神的にも袋叩きにされる事件が起こった。
それ以来、そういう者は一切出てこなくなったのである。
とても悲しい事件だった。
とりあえず。未だに格好を真似る者は後を絶たないが、今日はそのおかげで気兼ねなく観光ができる。
内心真似る者たちへ感謝しながら、俺は店を見て回ろうとした。
そんな時だ。
「おい放せ!いつまで引っ付いてくるんだ!」
「剣を直させてくれるまでに決まってるでしょ!」
賑やかな繁華街でさえよく通る、騒がしい言い争いが耳に入った。




