第六節 女性の荷物は多いという偏見
王都の宿に泊まった朝。
誰かに聞き耳を立てられているという心配はない。
部屋の品質も、王宮程ではないが高い。
おかげで心地良い朝を迎える事ができた。
(さて、一応荷物の再確認をしとくか)
回復薬や解毒薬、保存食も買い足してある。
残っていたそれらも、消費期限を過ぎている物は適切に処分した。
装備の方も王宮で取り替えたし、武器の方も――
(……すやぁ)
――寝ているけど大丈夫だろう。
というか、エクスカリバーって思念体を出したままで良いのだろうか。
思念体も聖剣に収めて寝た方が、疲労は回復できそうなものだが。
いや、そもそも魂の存在であるエクスカリバーは疲労するのか?
……気疲れとか、頭が疲れる事はあるか。
まぁ真偽はどうでも良い。
無理に起こしても不興を買って面倒になるだけだ。
(じゃあ、後はパースを待ってるだけだな)
泊っている宿について、王宮の自室に書置きしてある。
俺を探すのに大した手間はかからないだろう。
宿が提供する紅茶を優雅に楽しみながら、俺はパースが来るのを待った。
そうしていれば、程なくして彼が現れる。
「テノールさん、こちらの準備は済みましたよ」
「はい、こっちもです」
俺は宿に気持ちばかりの追加料金を払いつつ、宿の表に出る。
そこには、2台の馬車が停まっていた。
パース自身が乗って来ただろうそれと、4番隊隊員のニオが御者台に座ったままのそれだ。
「今回の旅は馬車2台にしたんですね」
「女性の荷物は多いですからねぇ。旅に慣れてない方々となると、荷物の適正な量も知らないでしょう。さらには3番隊。研究道具や検査機器、その他諸々持ってくるのは明白です」
色々と見越した上での馬車2台らしい。
マリーの荷物を減らさせるのは、最初から諦めているようだ。
それが正解だと俺も思う。
なので、何か提言する事もせず、俺の最低限の荷物を積み込む。
「よろしくお願いします、ニオさん」
「はっ!4番隊隊員ニオ、誠心誠意、勇者様の旅にお供させていただきます」
もう1台の馬車を運転するニオへの挨拶。
礼儀正しい、どこか染みついたような言葉が返された。
この辺はケイヴェの教育なんだろうか。
偏見だが、パースの教育でこうはならない気がする。
でも案外パースは仕事ができるし、部下の教育はちゃんとやってるのかもしれない。
「さぁ乗って。マリーさんを待たせると噛み付かれてしまいます」
マリーの噛み付き。
パースは冗談のつもりだろうが、俺は何故だかその光景を容易に想像できてしまう。
俺も連帯責任で噛み付かれるところまで頭に過った程だ。
噛み付かれたくないので、俺は馬車へ乗り込んだ。
元より、女性を待たせるなんて男のする事ではない。
馬車は俺がちゃんと座ったところで走り出す。
距離はないし都の整備された道。速度は出せないにしても、そう時間がかかる道行ではない。
「パース、遅いわよ!」
なのにマリーからお叱りを貰うパース。
哀れだ。
「遅いって、いつから隊舎の前に?」
「2時間前よ、2時間前!」
「迎えの時刻を定めていなかったのは申し訳ないですが……」
「何?こっちに非があるって言うの?」
「言わないでぇす……」
パースは理不尽なマリーの怒りを甘んじて受け入れた。
彼は実に達観した雰囲気を纏っている。
達観とは、諦観であるのか。
「あ、あの……」
そんなこの世の悲しい真理が表出した場で、1人の少女が小さな声で己の存在を主張した。
「ブレンダじゃないか。いったいどうしたんだ?」
その少女はブレンダ。俺の同郷にして旧知の魔術師である。
彼女の存在に、パースも俺も主張されるまで気付けなかった。
マリーの存在感が色んな意味で大きくて、覆い隠されていたのかもしれない。
「えっと、色々すみません。私が説得できていれば……」
「良いんですよ、ブレンダさん。こうなった彼女は、誰にも止められません」
ブレンダはマリーの暴走に負い目でも感じていたのか、マリーがかけている迷惑を代わりに謝っていた。
あまりの健気さに、パースも思わず許してしまう程だ。
「彼女って、あたしの事?」
「いえいえいえ」
「ち、違います!」
「そ。なら良いけど」
マリーの怒りをさらに煽りそうになり、パースとブレンダは身振り手振りも加えて否定した。
彼らの否定でマリーは興味を失い、危機的状況は打開されたのである。
「それより。早く荷物を積んでもらえないかしら」
「……その荷物はどこに?」
マリーに積み込みを催促されるも、積み込むべき物が見当たらない。
パースも周りを見渡すばかりで、その物を見つけられていない。
「どこって、あたしの研究室に決まってるじゃない」
「……」
本人にとって極当たり前のようだが、パースからしたら新常識だ。
自身は荷物を外に運び出す事もせず、2時間もただ待っている。
凄い感性だ。せめて暇潰しに何かしているものではないだろうか。
「ほら、早く取りに行ってよ」
しかも、運び出しを任せようとしている始末。
『始末に負えない』と、この状況をよく表した言葉が『主神スタッカート』によって残されている。
「……ニオ、運び出しますよ」
「了解しました」
パースは終始諦め気味なので、抵抗もせず従った。
ニオも隊長に追従する。
「わ、私も手伝います!」
「……いやぁ、気持ちだけにしておきましょうかねぇ」
ブレンダの申し出を、パースは断った。
何故なら、『あたしの荷物』と無駄に丁寧な印字をされた木箱が、マリーの研究室に積み上がっていたからだ。
そう、木箱だ。鞄でも布袋でもなく、木箱が、積み上がっているのだ。
「その……。すみません……」
ブレンダは、多くの感情に苛まれ、その一言しか口にできないのだった。




