第五節 自分勝手な人の応対は疲れる
王宮の自室。
清掃や洗濯なんかは王宮の侍従に任せているから、相変わらず綺麗なままである。
俺の私物も同様。私物と言っても、私服とあの支持者に配る用の首飾りくらいしかないが。
普段の装備、革鎧から下着に至るまで、ほぼ支給品だ。
(支給品だからこそ、気兼ねなく使い潰せるし、使い潰しても次が支給される。使い走りさせられてるんだ。費用はあっちが負担してくれないとな)
支給装備の交換。それが俺の荷物整理である。
汚れや破損が目立つ装備を木組みの鎧かけにかけておき、用意されている新品もしくは修繕品を着込むのだ。
多少の汚れで交換したりはしないが、破損があった場合はどんなに小さい破損でも交換する。
命を守るための物だ。万全の物を使うのは当然だろう。
という事で、靴は高い頻度で交換される。
(エクスカリバーに毎度酷使されてるからなぁ、靴。踏み込みや跳躍、足運び。エクスカリバーの馬鹿力でやってんだ、1回の旅でも持つだけ上等だよ)
俺は靴を憐れみ、同時に感謝していた。
よく持ったと、今までありがとうと。
そうして俺は靴を新品に履き替える。
これで俺の荷物整理は終了だ。
他の装備は手入れをしっかりしてあるし、替える程の物ではない。
旅の準備として、回復薬や解毒薬を補充せねばならないが、それはここでやる事ではない。
俺はもう用のない自室から出ようとして、ふと疑問が湧いた。
ルーフェ様はもうあの悪癖を止めたのだろうか。
衣装棚を確認すれば、変わった様子はない。
匂いを嗅がれてはいないし、盗まれてもいないと信じたい。
(ちょっと待て?前にルーフェ様が衣服をくれた事があったな。汚れていたから新しいのを、と。その汚れていたのはいったい……。いや、考えずにおこう)
すでに盗まれた疑いがあったが、俺は思考を放棄した。
今さら追及したって意味のない事だ。今後しないように願いたいが。
(とりあえず衣服は大丈夫。ベッドは、調べようがないな。じゃあ、録音魔道具は……)
俺は照明魔道具を手に取ろうとした。
その時だ。
「ルーフェちゃんはもう盗聴器なんて仕掛けてないよ?」
「なっ」
背後から男の声がした。
俺は咄嗟に振り返り、男の姿を視認する。
「あ、アロンズさん……」
「そう!みんなの頼れるお兄さん、アロンズ・エームリッスだよぉ」
飄々とした調子で名乗る男、アロンズ・エームリッス。
建国王アルトの代からラビリンシアの王に仕える予言者。
日頃滅多にお目にかかれないし、だいたいいつも寝ているという噂の人物である。
確か、マリーの先祖でもあったか。
(なんで先祖がまだ生きてるのかと不思議だったが。この人もホムンクルスか?)
(そうだろうな。長い耳にして無駄にエルフを装ってるが)
金髪だが赤目なので、もしかしたらと思ったら、エクスカリバーに丸を貰えた。
金髪と長い耳にホムンクルスを成型する事で、エルフであるとアロンズは偽装していた訳だ。
となると、エメラルド・タブレットのように、この人も本体は別なのだろう。
(あの杖じゃねぇか?いつも持ち歩いてるしよ)
充分考慮に値すべき意見だ。
しかし、本体を特定したとしても俺に恩恵はない。
それに、今はアロンズの本体を特定している場合ではない。
彼が何故ここに居るのか。特定すべきはそっちである。
「アロンズさん、何か御用ですか?」
「いやいや、用事って程ではないんだけどね?」
なら気配もなく人の部屋に入ってくるんじゃない。
そんな言葉を、俺は飲み込んだ。
「そうだねぇ、なんて言えば良いかなぁ……。試しに来たってのも変だし、調べに来たって言えばそうだけど、どう調べたものか分からないし……」
なにか勝手に1人で唸り出したのだが。
何をしに来たんだ、この人は。
「じゃ、世間話をしに来たって事で」
「せ、世間話ですか?」
「そう、世間話」
おまけに促してもいないのに応接用の席に座った。
相変わらず他人の意思などお構いなし。
相変わらずと言っても、会ったのは4・5回くらいだが。
それでも、この自分勝手さは強烈に印象付けられている。
「座らないのか?」
「いえ、あの俺も用事が立て込んでまして……」
「そんなに時間は取らないよ」
アロンズは腰を落ち着け、立つ素振りもない。
話を聞かねば立ち去らない事は明白である。
仕方なく、俺は対面の席に着いた。
「悪いね。気になる事があると眠れない質なんだ」
微笑むアロンズからは全く謝意を感じない。
まぁ、この人が本気で謝る時なんぞ来ないだろう。
「僕の予言でまた迷惑かけたみたいだけど。どうだった?」
「どうだったと言われましても……。そもそも、予言がなくても被害は受けていたでしょうから」
凶兆と知らされる前から凶兆に突っ込んでいるのだから、我ながら自身の不運を呪いたくなる。
なんだってあんな所に巨大スライムが、よりによって俺が冒険者依頼で向かった先に居たのやら。
「僕も聞かされた時には驚いた。僕が予言した時には、もう凶兆の近くに居たそうじゃないか。どうしてあんな山に居たのかな?」
「……体を動かしたかったので、適当な冒険者依頼を受けていたのです」
「……本当に?」
アロンズは急にその目を鋭くした。
テナーの好感度稼ぎだった事をはぐらかそうとしたのに、下心でも読まれたか。
「……暇を潰したかったのは本当です。何かしていないと落ち着かなくて。それで、冒険者依頼を探した時、知り合いであるトータン領主が依頼主の物を見つけました。彼の手助けになればと、その依頼を手に取ったのです」
読まれてしまったなら、嘘を吐くべきではない。
故に、俺は言葉を選んで己の動機を明かした。
言葉を選べば、こんな綺麗に聞こえる文章となるのだ。
(口がうめぇ奴だよ、お前は本当)
誉め言葉として受け取っておこう。
「なるほどなるほど、知人の手助けをしようとした結果ね……。ふむふむ。じゃあ、そうだな……。なんでこの時期に故郷へ帰りたくなったか、訊ねて良いかな?」
拒否できるのだろうか、その質問。
してもしつこく問われそうだが。
「正直、王都から少し離れたかったのです」
「ルーフェちゃんが盗聴器を仕掛けた件でかい?」
なんで知ってるんだ、という感想は愚かである。
この人は予言者。
知らない事を知る力の持ち主である。
今回はその力で、あまり知られたくない事を知られた。
……絶対に知られたくない俺の本性について知られていないだけ、俺は幸運なのである。
「その件もありますが、もう1つ。ルーフェ王女殿下とは別に、俺の部屋へ聞き耳を立てていた者が居るようなのです」
俺は懐にある集音魔術石を取り出した。
これの持ち主はまだ見つかっていない。
「ああ、それね。それはぁ、あんまり気にしなくて良いんじゃない?」
「ご、ご存知なんですか?犯人」
「しぃーっ、てね。面白くないから内緒だよ」
楽しそうに口元で人差し指を立てやがって。
どういう理屈で動いてんだ、こいつ。
「まぁ、とりあえず。君がホーオに行ったのも、凶兆の元に居たのも、何から何まで偶然だった訳だね。凄いねそれぇ、運命ってやつかな」
「……嫌な、運命ですね」
「僕は楽しいけど?」
お前を楽しくても俺が楽しくないんだよ。
「うん。訊きたい事は訊けたかな。そういう事で、じゃあね」
そしてアロンズは最後までこっちを一切慮る事なく、やりたい事をやって帰っていった。
彼が何をしたかったのか、その意図が不明のまま、ただただ俺は疲れたのだった。




