第四節 天才程得意な分野以外は残念
「ではでは。ナンタン出立の準備ができ次第、お迎えに上がりますので」
パースがその言葉を最後にこの場を去ろうとした。
まぁ特に目立った不自然はない。
引き留める理由もなく、俺もそのまま別れようとした。
しかし、ついつい足を止めたくなるような事態が舞い込む。
「パーあああああああああああああス!!」
王宮であるのも気にしていないような、女性の大声が響き渡った。
それは明らかにパースへの呼びかけである。
呼びかけられたパースはもちろん、驚いた俺もその大声の主に目を向けた。
大声の主は、パースが去ろうとした方向から駆けてくる。
しかし、その足はお世辞にも早くなかった。
おまけに大声を出した後だから息も乱れている。
無理もない。大声の女性は、あまり肉体労働に慣れていない、研究一筋のマリー・エームリッスであるのだから。
「パース、ぜぇ……ぜぇ……」
大声と駆け足を披露したマリー。
パースの元に着く頃には疲労困憊で、肩で息をしていた。
どんだけ体力ないんだ。
「急用みたいですが、とりあえずこちらを飲んで落ち着きましょう」
飲料水をパースが差し出せば、マリーはそれをひったくる。
そして、腰に手を当て、容器を口に含みながら天を仰いだ。
無駄に男らしい一気飲みである。
「ぷはぁ……、生き返ったわ。ありがとう、パース」
「どういたしまして。では、私はこれで」
「ええ、じゃあまた今度。……じゃないわよ、何逃げようとしてるの」
「おや、逃げ切れませんでしたか」
意図的に逃走を図ったパース。
マリーも一瞬逃がしそうになったが、我に返って彼の袖を掴んだ。
茶化した様子で残念がっている辺り、パースに本気で逃げるつもりはなかったようである。
「でもマリーさん、私はナンタンに向かうよう王命が下ってましてね。貴女の頼みを聞いている余裕があるかどうか」
「それよ!」
パースは王命を理由に断ろうとした。
だが、マリーはむしろ喜んでいる。
「『それ』とは?」
「ナンタン、あたしもそこに用事があるの。人数が2人増えても大して変わらないでしょ?あたしも連れて行きなさい」
都合良く、目的地は同じようだ。
しかし、こちらの最終目的地はナンタンではない。
「あのぉ、私たちは結構動き回る予定なんですよねぇ」
奴隷商の追跡が王命なのだ。
ナンタンからさらに移動する可能性はある。
その場合、マリーを送りはできても迎えはできない。
「帰りはどうにかするわよ」
「『どうにか』って?」
「『どうにか』はどうにかよ」
マリーの恐ろしく頭の悪い答え。
これには思わずパースも苦笑してしまう。
一番頭が悪いところは、本人が真面目に言っているところだ。
他国にもその名が知れ渡った研究者だと言うのに、研究以外の事となるとどうしてこう頭が悪くなるのか。
「ねぇ良いでしょう?パース。行きに人が増えるだけよ」
「研究道具とか持っていくでしょう?」
「もちろんだけど?」
この時点で人が増えるだけに留まっていない。
確実にマリーの研究道具が増えている。
さらに、食料を彼女の分も増やさねばならない。
「……もし断ったらどうします?」
「断らせないけど?」
もはや会話が成立しているのかも怪しくなってきた。
パースはどんどん疲れた顔になってきている。
「…………。3番隊隊舎の前で良いので、荷物をまとめておいてください。明日の昼には出発するので、それまでには支度をしてくださいね……」
パースは達観し、色々諦めた。
こういう手合いは説得にかかるだけ無駄と、パースは熟知しているらしい。
「そう?ありがとう。ああ、言っておいた通り、助手も連れて行くから。お願いね?」
そういえば『人数が2人増えても』とか、さり気なく言葉に混入させていたな。
マリーは元より2人をナンタン行きにねじ込むつもりだったか。
無理にねじ込んでいるのに、彼女は悪びれもしていない。
「はぁい……」
パースに抵抗する気力は残っていなかった。
輸送部隊って、大変そうだな。
本来抱える輸送部隊の苦労では絶対ないだろうが。
上機嫌に帰っていくマリーをパースは見送る。
その後、俺の方へと向き直った。
「すみません、テノールさん。そういう事でちょっと同行者と厄介事が追加です」
「まぁ、はい」
俺が一部始終見ていたから、説明は省かれる。
こんな疲れたパースに改めて説明させる気も、彼の決定に逆らう気も起きない。
むしろ彼を応援したい気持ちがあるくらいだ。
「道中も予定変更ですね。マリーさんと助手さんに、野営は耐えられないでしょう」
体力がない事に定評のある3番隊の隊長マリーと、おそらく隊員の助手。
体力があるし野営に慣れているパースと俺。
後者に合わせた旅を前者にさせた場合、いったいどうなるか。
まず間違いなく体調崩され、俺たちは足止めされる。
「町を中継地にして、休憩は宿ですね。ちょっと費用が高くなりますし、ナンタンへの到着が遅くなりますが、旅がより安全になるから良しとしましょう」
3番隊の方々を考慮し、パースは計画を修正した。
野営ではなく宿。町を中継するとなると、進む道も整備された街道。
求められる体力は格段に少なくなる。
「賛成です。マリー隊長に無理強いはできませんからね」
楽な旅になるのだから、俺に異論はない。
「それでは今度こそ、出立の準備をしてきます」
「こちらも同じく」
そうして、それぞれ次の行動に改めて移るのだった。




