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第一節 ヒューマンは並行作業が苦手

 平皿にフォークやナイフの擦れる音が響く。

 それだけならなんの変哲もない食事風景を連想させるだろう。

 しかしそうではないのだ。

 食事中なのは確かだが、フォークの方は音が3人分あるのに、ナイフの方は1人分だけしかない。

 しかも、書き物をする音が混じっている。

 こちらは2人分だ。


「あの……、2人共。仕事は一旦止め、食事に集中すべきでは?作業の同時並行は効率が下がりますよ?」


 俺は食事中にも仕事をし続ける2人に呆れ、つい苦言を述べた。

 目の前で仕事されていると、美味しい食事も味が落ちる。

 頼むから俺の食事を邪魔しないでほしい。


「いやいや申し訳ない。案外忙しくてですねぇ」

「すまない。こちらもだ、マニの置き土産で難儀している」


 パースと親父はそんな平謝りをするだけで、仕事を中断しなかった。

 いや、止めろよ。作業効率が落ちるって言ってんだろ。


「はぁ……。マニという方から回ってきた資産関連で忙しい父上は分かるのですが、パースさんは何故そんなに忙しなく?」


 もうどんな提言しても止めないだろうと、俺はあえて会話へと誘った。

 会話でさらに作業効率を落とさせ、仕事を諦めさせようという作戦だ。


「ある意味で、私もマニさんの置き土産で難儀してますねぇ」

「ほう?」


 マニの所業で、何か近衛兵が動かなければいけない事はあっただろうか。

 俺にはどうしても思い付けなかった。

 思い付く努力をしてないだけだが。


「マニさんを賞金首にする諸々の手続きと、賞金首の情報を伝達する準備。さらにはマニさんの使った符魔術に、奴隷の出所と奴隷商の足取り。それらの調査ですねぇ」


 意外にも、今回の1件でパースの仕事は積み上がったらしい。

 実に大変そうだ。


「特に奴隷商は足取りを掴んでおかないと、後々面倒なんですよ。野放しにしておくと最悪国の沽券に関りますし、他国からの奴隷だったら国際問題です」


 思っていた以上に大変そうだ。


「その手の情報収集って、4番隊の仕事なんですか?」


 俺はふと湧いた疑問を口にした。

 4番隊は野戦病院を担いもするが、輸送部隊でしかない。

 そんな部隊に情報収集まで任せるのだろうか。


「うちの隊員は国中を飛び回ってますからねぇ。それこそ、郵便局って一応我が隊の管轄ですし」

「国中に点在している郵便局が!?」

「厳密に言うと、郵便局の局員は4番隊の隊員ではないんですけどね。町内の物資輸送する仕事だけ別けた、まぁ下部組織みたいなものですよ」


 謙遜なのか、パースはそんな注釈をしてくれた。

 だが、それでも驚きである。

 4番隊の担当する輸送とは、そんな手広い範囲だったのか。


「郵便局員は手紙や郵便の配達で1日中町のあちこちを巡ってます。それだけ町で起きた事を見てますから、情報収集には打ってつけなんですよね」


 パースの説明で俺は納得した。

 つまり、郵便局員は日々町の出来事を監視する目なのだ。

 なんの仕事もなく徘徊する人なんて怪しいし、近衛兵や衛兵が巡回する場所で悪事なんてやらない。

 その点、郵便局員なら徘徊していても怪しくない。

 おまけに兵ではないから緊張が緩む。

 なるほど、確かにこれは打ってつけだ。


「となると、奴隷商の目撃情報くらいはもう手に入ってるんですか?」

「怪しい馬車の情報ならいくつも上がってきたんですが、特定には至ってないですねぇ」


 不甲斐なさを悲しむように、パースは肩を竦めた。

 違法な取引を長年隠してきた相手となると、犯人特定は本職でもない限り難しいか。


「結構多いんですよねぇ、怪しい馬車。旅の占い師とか、移動店舗である馬車を怪しくする事で雰囲気作ってたりしますし。日で色()せてしまう商品を扱ってる商人とか、馬車に日が入らないよう小窓もなくて、なんだか怪しく感じてくるんですよ」


 容疑者が多いから特定も難しいと、そういう訳らしい。


「とりあえずは、マニさんの動向も調べつつ、彼の動向と重なる馬車に絞っていかないと。手当たり次第とか、手が足りなくて目が回りますからねぇ」


 ちゃんと犯人特定の手順は組み上げているようで、パースは次にすべき事をすでに定めていた。

 パースって仕事できるんだなぁ。できなきゃ近衛兵の隊長になんてなれないだろうが。


「あぁ、奴隷だった方々も聴取しないと。年齢と性別は当然として、後なんだっけ。そうそう出身地も。他国の人が混じってないと良いなぁ」


 漏れるパースの呟きから、仕事の重要さとそこから来る気疲れが伝わってきた。

 これ以上話しかけて作業を遅らせるのも躊躇われる。

 俺はどうにかパース、ついでに親父の仕事を邪魔せぬよう、黙々と食事していった。

 そうして綺麗に完食し、席を立とうとした時だ。


「テノール、いつ王都へ戻るのだ」


 親父は食事と仕事を並行しながら、さらに俺へと意識を割いた。

 そろそろどれかに集中しろ。


「明確に日にちは決めてないんですが……。パースさんが動けないと、俺も動けないので」

「そうですねぇ、私が足ですもんねぇ。えーと……、2日貰えます?」


 俺がパースに目を向けると、彼は進捗と速度を考慮し、必要な時間を計算した。

 仕事量的に2日でも過密な日程ではないだろうか。


「じゃあ早くて2日後で。冒険者依頼とかで暇を潰しますから、あまり俺の事は気にせず」

「ありがとうございますぅ」


 パースから気の抜ける返事を貰いつつ、故郷を発つ日が大雑把に決まったのだった。

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