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第三十三節 神々の黄昏

 男は逃げていた。

 奴隷売買が露呈して捕まりそうになったところから、崇拝する神より与えられし力を用いて近衛兵の手を掻い潜ったのだ。


「この俺が、我らが神より若さを保つ秘術と2つの符魔術を与えられたこのマニが!どうしてこんな目に!?」


 金稼ぎに執心した男、マニは己がどうして没落せねばならないのか、全く理解できなかった。

 思えばずっと神を敬い、ずっと金を稼いできたのだ。それがいつからだったかも忘れてしまう程にずっと。

 それがどうだ。今や質の良い礼服が汚れる事も構わず、街外れの林に隠れ潜んでいる。

 惨めなものだと、自身で振り返っておいて歯噛みしてしまう。


「俺の金が……。取りに帰るのは無理だ、全て没収される……。クソ、クソっ!!」


 溜めに溜めた金が全て奪われる屈辱を味わい、地面を殴りつけた。

 怒りで麻痺しているのか、不思議と痛みは感じない。


「どうやら、失敗しちゃったようだね」

「はっ……!我らが神!」


 唐突にマニの背後へフィーネが姿を現した。

 マニは馬鹿にするでも叱りつけるでもない、ただ平静であるフィーネを拝む。


「我らが神よ、どうかまたお力をお貸しください。次こそは、次こそはこの世の金を全てかき集めてみせます」


 そう命令されている訳でもないのに、金稼ぎが己の使命であるかのようにマニは振る舞い、崇拝する神へもう一度機会を強請った。

 自身が何故、金稼ぎを至上命題としているかも、彼は分からない。そもそも疑問視していない。


「もう良いよ。マニ、実験終了だ」

「……実験?」

「疑似人格構成実験、終了」


 だって、その者は金稼ぎするように刷り込まれ、作り上げられたスライムだったのだから。

 フィーネの合図と共に、マニの体は崩れ、スライムの粘体となる。


「うんうん。スライムって事も忘れてたくらい、人格がしっかりできてたみたいだね。良い実験結果が得られたよ」


 フィーネは満足げにマニだった物を取り込み、記憶や経験に至るまで実験結果を収集した。

 それでフィーネは1つの街に通信用のスライムを送っていた用件を済ませ、後は立ち去るのみである。


「フィーいいいいいいいネぇええええええええ!」


 だが、そこに何者かが突撃してきた。

 その何者かとは、ユウダチと名乗っていた男である。

 そう、ユウダチとレオナルドの使命とは、邪神フィーネを追う事だったのだ。


「あらら、見つかっちゃったか」

「逃がさねぇぞ、フィーネ!」


 追っ手に見つかったというのに、フィーネは焦らない。

 ユウダチが投げたブーメランの刃が迫ってきていても同じく。

 今の体も通信用のスライム。別に倒されてしまっても特に支障はないのである。


「チッ!やっぱり今回も端末かよ」

「そういう事さ、()()()()。まだまだやられてはやらないよ」


 ブーメランで切り裂いた事により、本体でないと察したユウダチ。

 そんな彼を『エフエフ』と呼んだ上で、フィーネは不敵な笑みを返した。


「というか、また得物が変わってるね。前のはデュランダルだっけ。それはどうしたの?壊した?」

「壊してねぇよ。一宿一飯の恩義を返すために譲ったんだ。正直あの剣に飽きてきてたし」

「相変わらず飽き性だねぇ、エフエフ。アチューゾは泣いただろう」

「泣かれたしぶん殴られた」

「むしろそれで許してくれてるんだから、感謝しなよ?」


 ユウダチは特に呼び方を訂正もせずに応対し、フィーネと敵対的な関係でありながら、親密さのある会話を交わしていた。

 しかも、互いの事をよく知っているようでもある。


「エフエフ、お喋りはそこまでだ。お前は私たちの使命を忘れたのか」

「忘れたつもりはねぇけどよ、ダ・カーポ。使命って言う程のものか?リーダーも『暇ならやっといてくれ』って頼んできただけだろう」


 茂みより歩み出るレオナルド。

 彼に対し、ユウダチは『魔神』と同じ名を呼んだ。

 しかし、こちらも訂正する素振りはない。


「本来頼まれずともやるべき事だ。私たち『始まりの六柱』はその役目を終えた。ならば、もう世俗に関わるべきではない」


 この場に居る誰もが訂正しない訳はそれだ。

 ここに集っているは、『始まりの六柱』。『邪神フィーネ』、『武神エフエフ』、『魔神ダ・カーポ』なのである。


「そっちも相変わらず、頭の固さが健在で安心したよ、ダ・カーポ」

「黙れ、邪神。人類への敵対者はさっさと滅びろ」


 レオナルド改めダ・カーポは、一切友好さのない眼で見下ろし、フィーネの通信用スライムに火を放った。

 ダ・カーポはユウダチ改めエフエフと違い、フィーネの抹殺に本気なのだ。

 『始まりの六柱』と呼ばれた自身らが、これ以上世界に影響を与え続けてはならないと、ダ・カーポは考えている。

 だから、未だに世界各地で悪びれもなく悪事を働いているフィーネが、ダ・カーポには許しがたいのである。


「僕たちが作った箱庭で、僕だけは遊んじゃいけないのかい?」

「『作った箱庭』じゃない、整えた世界だ。お前は私たちが整えた世界を荒らしている」


 火に焼かれながらも、フィーネは肩を竦めた。

 ダ・カーポはそんな彼を冷たく睨み続ける。


「やれやれ。やっぱりダ・カーポとは話が合わないな」

「リーダーだってお前を許さなかったんだ。そんな奴に話を合わせてやる程、私は寛大ではない」

「ま、仕方ない。とりあえず、今回はここまでだ。また会おうね、ダ・カーポ、エフエフ」

「次こそがお前の最期だ、フィーネ」


 これ以上フィーネの戯言を聞かぬよう、ダ・カーポは火力を上げ、スライムを完全に焼却した。

 焼却跡には、焦げた地面を残すだけであった。

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