表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/221

第三十二節 狡猾な罠

 親父と共にトータン領主邸、テナーの屋敷に向かう。

 表の目的は、バリトン邸の侍女を氷漬けにした犯人を探す協力者を得るため。

 裏の目的は、エメラルド・タブレットの企みを阻止するに足る人員を得るため。


 そうして辿り着いたところで、屋敷の玄関に人が集まっていた。

 テナーとパース、カウとサーヴァン。それに、知らない男がそこに居る。


「お待ちしておりました、バリトン殿」


 その知らない男は、威嚇でもしているかのように、口角を高く吊り上げていた。

 親父に対して敵意があるのは明らかだ。

 他の者たちは、敵意とまで行かないまでも警戒心を滲ませていた。

 テナーに至っては俯き、親父から目を背けているようである。


「マニ、なんのつもりだ」


 俺の知らぬ男はマニと言うらしく、当然ながら親父とは面識があったようだ。

 静観する他の者らにではなく、親父はその男・マニを睨む。


「なんのつもりと、そう仰いますか?貴方様も薄々勘付いておられましたでしょうに。いや、勘付いていて受け入れられないか、この犯罪者!」


 もはや微塵も敵意を隠さず、マニは礼儀正しかった態度を一転させた。

 同時に、親父を犯罪者と高らかに称したのだ。


「犯罪者だと?この私が?」

「白を切っても無駄だ!お前が奴隷を取引した契約書が、俺の手の中にあるんだよ!」


 親父の言い逃れを打ち負かそうと、マニは自信満々に1枚の用紙を取り出した。

 その紙には、『奴隷売買契約』と、これ見よがしに記されているのだ。


 奴隷の取引はラビリンシア王国において犯罪とされている。

 人の権利を(ないがし)ろにした行為だと、世界各国でも重罪として扱われているのである。

 だから、奴隷を取引した経歴がある者は世界各国で重犯罪者として、居場所を追われ続ける事になる。


 マニはまさしく、親父の地位と名誉を奪う決定打をその手にしていたのだ。

 それが、バリトンの物であったなら、の話だが。


「お前の侍女が俺に密告してくれたよ。奴隷に足を掬われるとは、お笑いだなぁ!あっはっはっはっ!」


 マニから指名されたように、白髪赤目の女性、バリトンの侍女が歩み出る。

 その侍女もマニの高笑いに釣られたのか、怪しい笑みを浮かべていた。


 俺は、違和感を覚える。

 マニはその侍女を差して奴隷と言った。

 しかし、その侍女は奴隷ではない。ホムンクルスだ。

 話がどうにも噛み合っていない。


「はぁ……。嵌められた訳だな、マニ」


 親父はマニから語られる噛み合わない話に、冷めた様子で溜息を吐いた。

 嵌めた。誰が誰を嵌めた?

 いや、深く考える必要はない。

 バリトンの侍女が、マニを嵌めたのだ。


「そうだ、お前は嵌められたんだ。この俺に!」


 しかし、その事実を理解したのは親父と俺だけ。

 マニは相変わらず、道化となっている。


「どうして農民如きが成り上がれたのか、不思議でしょうがなかったが。その答えも分かった。これだな?この、エメラルド・タブレットだな!?」


 マニは紙と別に、もう1つ高らかに掲げた。

 翠玉(すいぎょく)の宝石板。親父が昔から大事に抱えていた物。知識を授ける者の魂が宿る入れ物。

 どうやら、マニもその宝石板の事を知っていたようだ。


「この宝石板は所有者に英知を与える。だが、その英知で成り上がった者には破滅を約束するという、貴族や金持ちの一部で伝え広められていた曰く付きの品だ」


 なんと、あの宝石板にはそんな縁起でもない言い伝えがあったらしい。

 宝石板に宿る魂は人の没落を愉悦としていると、親父も評していた。

 なるほど、性格の悪い奴が封じられているのだな。


(おい、今こっち見ただろ)


 気のせいだろ。


「もう茶番は良いだろう。もう私は飽きたぞ、エメラ」

「はぁ?ついに自身の侍従長が死んだ現実も逃避―――」

「そうでございますね。もうよろしいかと思います」

「……は?いっ!?」


 唐突に、マニの両腕が凍った。


「あああああああああああ!!!俺の、俺の腕がぁああああああああああ!!!」


 痛みに耐えかねたマニは、持っていた物から手を離し、凍った両腕を抱えて(うずくま)る。

 そして、マニの傍に控えていたはずの侍女が、落とした紙と宝石板を拾い上げた。

 元より、そういう予定だったのだろう。


「おま、お前!何をっ……。こんな事をして、主人の犯した罪がなくなるとでも思っているのか!」

「いいえ、なくなるとは微塵とも。そもそも、ご主人様はなんの罪も犯しておりませんので」

「主従揃って現実逃避か!?」

「紙面のここを、良くご覧ください」


 バリトンの侍女が、『バリトン』と書かれた部分を差し、その名を撫でる。

 するとどうだろう。その『バリトン』という文字列が、『マニ』に書き変わっている。

 違う。その紙は、実はマニの物だったのだ。

 彼が奴隷を取引した、売買契約書だったのである。


「そ、そんな……まさか……」


 自身が嵌められていた。

 ようやくその現実に直面したマニは、しかしあり得ないと放心する。


「ま、そんな落ちではないかと予想してましたよ」


 逸早く動いたのはパース。

 真の犯罪者を縄で縛ろうと、マニに近付いていたのだ。


「くっ!『トリートメント』!」


 ここでまさかの回復魔術。マニは腕の凍結を治していた。

 続いて、治した腕でマニは札を投げる。

 その札は魔術式が刻まれた物。マニは符魔術を使おうとしているのだ。


「『サモン』!」


 残念ながら、パースはテナーの守護を優先し、魔術行使の妨害は間に合わなかった。

 マニの行使した魔術が、その効力を発揮する。

 その魔術の効力は、驚くべき事にスライムの召喚だった。


「魔物の召喚!?」


 パースすら驚いているように、召喚魔術は希少だ。

 使い手は伝説の中にしか居ない。

 あらかじめ札に魔術式を刻んでおく符魔術とはいえ、一般人が行使できる代物ではない。


 事態の急変に、俺はすぐ聖剣を掴む。


「気を付けてください!このスライム、核が複数あります!」


 エクスカリバーは俺の体を乗っ取って、まず周りに注意を促した。

 召喚されたスライムは、特殊な個体だったのだ。


「こんな街中で、勘弁してもらいたいんですけどね!『ファイアボール』!」


 パースは街への被害を懸念し、魔術の威力を抑えていた。

 それでも、的確に特殊個体スライムへと命中させる。

 スライムは分裂し、核1個の消耗で済ませていた。


「加勢、します!」


 カウも加わり、スライムの核を潰す。

 主が加勢すれば、従者も続くもの。サーヴァンもスライムの核を切った。

 そこにエクスカリバーも居るとなれば、正直過剰戦力だ。

 特殊個体スライムが、呆気なく討伐される。


「犯人、逃しまいましたねぇ……」


 スライムは問題なかったが、その召喚者が問題だった。

 マニの姿は、もうどこにもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ