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第三十一節 翠玉の宝石板

「なんだ、これは……」


 親父は目に入った惨状に、言葉を失った。

 親父の屋敷ではなんと、侍女たちが氷漬けにされていたのだ。


「いったい、誰がこんな……」


 氷柱の中に閉じ込められた美女たち。恐怖している形相がそのまま保存されている。

 犯人は何故、こんな事をしたのか。

 俺には見当も付かない。


「エメラ……。エメラ!何処だ!」


 親父は侍従長の名を、怒っているように、焦っているように叫びあげた。

 そうしながら、親父は自身の執務室へと進んでいく。


「エメ、ラ……?」


 辿り着いた場所にあったのは、途中の侍女たちと同じ様相。

 つまりは、エメラの氷漬けだった。

 エメラは多くの侍女たちに刃物を向けられながら、毅然として立ちはだかった姿が氷柱に保存されている。

 歯向かった侍女たちも、立ちはだかったエメラも、お互い氷漬けにされているのは謎だ。

 氷魔術合戦でも繰り広げたのだろうか。

 親父はその様相に驚愕を覚えながら、しかしすぐに不機嫌さを顔に出す。


「エメラ、これは何の真似だ。おい、エメラ!エメラルド・タブレット!!」


 ベルトから下げていた石板、牛皮で包まれたその板を手に取り、親父は怒鳴り付けていた。

 あまりにも怪奇的な行動に、俺はつい口を突いてしまう。


「お、親父?石板に何をやってるんだ?」

「石板?違う、これは宝石板だ。あいつと連絡が取れるな」

「いや、確かに昔から親父が大事そうに持ってたのは翠玉(すいぎょく)の宝石板だったが、それはただの石板だぞ?」

「……は?」


 親父は俺に指摘され、改めて手に持った物を見つめる。

 そうすると、次第に目を()く。


「クソッ!嵌めたな、エメラっ……。この時を待っていたか!」


 親父は相変わらず、目の前で氷漬けにされている人間へ怒りを露にしていた。

 死人を怒るとは、いったいどうしたと言うのだ。


「親父、その……。説明を頼めるか?」

「説明は後だ。とりあえず、エメラは死んでいない。入れ物が壊れただけに過ぎん」

「入れ物が壊れた?」


 俺の質問に意味不明の言葉だけ残し、親父は執務室を漁り出す。


「奴は何を狙った……。何で私を貶めようと画策している……」

「な、何か盗まれたって事か?」

「分からん。奴の思考は私でも読めん。だが、貶めようとしているのは確かだ」


 必死に失くし物の有無を特定しようとしている親父。

 その発言は支離滅裂だ。


 『奴』とは、エメラの事だろう。

 だが、この惨状から察するにエメラは犯人から盗みを防ごうとした側だ。

 そして、侍女たちは盗もうとして側。

 侍従長を除いた侍女たちの裏切りと考える方が自然である。

 なのに、親父はエメラを犯人と思い込んでいる。


(ははぁん。どうやら、茶番劇があったみてぇだな)


 『茶番劇があった』とは、どういう意味なのだろう。


(侍女がエメラ以外白髪赤目なのは言ったよな?それがアルビノの特徴だって事も)


 親父の屋敷に訪れた初日だっただろうか。そんな事を言われた記憶はある。


(アルビノは珍しい。偶然にもアルビノの侍女が揃うなんて事はあり得ねぇ。偶然じゃねぇなら必然だ。じゃあ、その必然はどうやって必然にされた?)


 こっちはさっさと真実が欲しいのに、エクスカリバーは謎かけをしてきた。

 アルビノが揃う必然なんて、それは親父がアルビノを選んで雇ったからではないのだろうか。


(アルビノは珍しいって言ってんだろうが。選んでここまで集められるかよ)


 エクスカリバーは呆れているが、俺は全く腑に落ちない。

 じゃあ、親父はどうやってこんなにアルビノを集めたんだ。


(しょうがねぇなぁ、手掛かりをやるよ。手掛かりは、オレの存在と、親父さんの『入れ物』っつう発言だ)


 勝ち誇った顔が非常に腹立たしいが、手掛かりを貰ったので良しとする。

 それで、手掛かりはエクスカリバーと入れ物か。


 聖剣エクスカリバー。世に広まる伝説は全て嘘だが、少女の魂が宿っている不思議な剣。

 ……魂が宿っている?

 これは言い換えれば聖剣が魂の入れ物、という事にならないか。


 親父は『入れ物が壊れただけ』と発言していた。

 肉体に魂が宿っているのは当然だ。

 人が死んで、『入れ物が壊れただけ』と捉えるのはおかしい。

 でも親父は正気だった。

 ここから導き出される結論は――


「……エメラは、あの侍従長の体は、ただの作り物?」


 その結論に至り、俺は思い出す。

 人造人間、ホムンクルス。

 ホムンクルスは何か手を加えない限り、白髪赤目という特徴を持って生まれる。

 逆に言えば、手を加えればその特徴は消せる。

 エメラは、ホムンクルスの特徴を消して生み出し、その肉体に宿る。ホムンクルスを魂の入れ物としたのだ。

 同時に、あの侍女たちは全員ホムンクルスである可能性が出てくる。

 特徴を消す手間をかけなかった量産品という事か。


「親父、侍女たちってもしかしてホムンクルスか?」

「……」


 あくまで念のため確認を取ろうと親父に訊けば、親父は忙しなく探し物をしていた手を止めた。

 その反応が、何よりの答えだ。

 だが、俺はさらに追及する。もう1つ、その先の推測を語る。


「エメラルド・タブレット。あの宝石板に宿っていた魂が、親父にホムンクルスの製造法を教えたな」


 エメラという魂が元々あった場所。親父に知識を授けたという『学術書のような物』。

 全てはその推測で、説明が付く。


「……そうだ。エメラルド・タブレットに宿る魂が、私に知識を授けた。お前を教育できたのも、私が成り上がれたのも、ホムンクルスを量産できたのも、その魂があったからだ」


 親父は観念した。

 俺を見つめ、誠実に真実を開示したのだ。

 だが、親父からは後悔も負い目も感じない。

 親父は、やるべくしてやった。

 そこに後悔も負い目もあろうはずがない。


「テノール、その事については後だ。あの魂は、人の没落を愉悦としている。奴の企てを阻止しなければ、私は地位と名誉を失うだろう」

「……分かった」


 この場では全てを開示してもらえないのは釈然としないが、親父が貶められるのは放っておけない。

 親父が犯罪者では風聞が悪い。


(結局自分の事かい)


 親父だって自分優先に行動している。お相子だ。


「まずは、明かせるところだけ明かしてテナーに協力してもらう。私の手には余る」

「俺も協力する」

「助かる。どうせ自分のためだろうがな」


 読まれていた。さすが俺の親父だ。


「では、テナーの屋敷だ。行くぞ」

「ああ」


 俺の自己中心的な行動基準を諫めず、親父は自身の目的を果たそうとするのだった。

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