第二十四節 例え死が目の前にあろうとも
「『スコーチ』!」
「だぁらっしゃあ!」
「この老骨、容易く食えると思うな!」
「勇者は負けない。負けられない!」
「ハァァァァァ!!」
泉のスライムと交える撤退戦。
レオナルドが触手の焼却、ユウダチにサーヴァンとエクスカリバーが触手の切断、カウが投擲された樹木の破壊。
自らの役目に徹底し、その陣形をしっかりと維持し続けている。
「攻勢がいっそう増している……。『スコーチ』!他の奴らは逃げられたか!」
「手が空いた分、俺たちに回してる訳か。空いたのは手じゃなくて触手だけど、な!」
レオナルドとユウダチが話しているように、少し前から攻撃が激しくなっていた。
足手まといが居なくなったのは良いが、攻め手が多くなったのは良くない。
と言っても、レオナルドが自身らの守りに意識を割けるようになったから、増減が釣り合って辛さはあまり変わっていないか。
「我々ももうすぐ麓です!このままなら、逃げ切れるでしょう!」
上った距離も下がった距離も把握していたのか、サーヴァンは俺たちの生還を予期した。
疲れも溜まってきているが、ここが力の抜けない大事な局面か。
「ハァ……ハァ……っ」
しかし、カウの消耗は激しそうだ。
3級以上の冒険者たちと力配分を合わせていたのだから、彼女の体力では限界に近いだろう。
「カウ、先に馬車まで走れ!」
「私、は……っ」
エクスカリバーはカウの限界を察し、先に安全圏へと逃げよう指示するが、彼女は素直に応じなかった。
自身の限界を把握できていない上に、自身が役に立てる立場は捨てたくないようだ。
彼女は、誇りや献身に囚われている。
「カウ嬢ちゃん!頼む、行ってくれ!俺たちが着いたらすぐ出発できるように、準備させるんだ!」
「でもっ!私が抜けたら……!」
「おいおい、ここに居るのは誰だと思ってんだい。お前に戦い方を教えた先生と、お前が憧れてる勇者様だぜ?ま、俺の先生役はほんの一時だけど」
「……」
一瞬でも間違えば死にかねない戦場で、それでもユウダチは笑顔を絶やさず、カウを諭した。
これ程頼りになり、説得力のある姿はない。
「なぁ、勇者様。やれんだろ?」
「やれる、やれないじゃない。やるんだ。人命を守る。オレなら、勇者ならそうする」
「マジかっけぇなぁ、アンタ。俺もかっこつけたくなってきたぜ。という事だ、カウ嬢ちゃん。俺たちにかっこつけさせてくれよ」
無駄に勇者然としたエクスカリバーの返しも含め、ユウダチはお茶目にカウの背を押した。
ユウダチ、お前もかっこいいよ……。エクスカリバーの演技がそのかっこよさを邪魔してるけど。
「……っ!どうか、ご無事で!」
カウは背を向け、走り出した。
己の尊敬と憧憬が倒れない事を信じ、彼らの無事を何よりも祈ったのだ。
「さてさてさてぇ、これで負けちまったら最低にかっこ悪いよなぁ。そうだろ?レオナルド」
「……あまり箍を外すなよ」
「もちのろん!」
何らかの許可をレオナルドから得たように、ユウダチの魔力が体外にまで迸った。
(レオナルドだけじゃなく、こいつも手ぇ抜いてやがったのか。魔力が1段階増したみてぇだ)
エクスカリバーが評価する通り、ユウダチから感じる魔力はさっきと段違いである。
如何なる理由か知らないが、余力があるならさっさと出してほしい。
「行くぜぇ、ショウタイムだ!」
右手に大槌、左手に長剣と、本来なら笑い者にされるような構えで、ユウダチはその実力を披露する。
大槌は投擲された木を砕き、長剣が触手を切り落とす。
2つの役割を、重く取り回しが悪そうな装備で熟していた。
明らかに3級冒険者で収まる実力ではない。
「あの方、力を隠していたのですか」
「……すまない、事情があるんだ」
「構いません。今は心強いばかりでございます」
サーヴァンの言及にレオナルドが代わって謝罪すれば、サーヴァンはその謝罪を受け入れて大人の対応をしていた。
訳ありの冒険者は多く、踏み入らないのが身のためであるという。
それが冒険者の鉄則らしい。
何にせよ、俺としても本気を出してくれたなら心強い。
撤退は順調。誰も欠ける事はない。
「麓が見えた!」
森の切れ間、木漏れ日と違う強い輝きをレオナルドが指差した。
俺たちは一気に森を抜ける。
「皆さん、早く乗り込んで!」
残り1台の馬車からカウが呼びかけた。
馬車は御者の鞭1つで出発できる状態なのが窺える。
「よくやった」
「ありがとうございます、お嬢様」
「でかした!」
乗り込みながら、レオナルド、サーヴァン、ユウダチがカウにそれぞれの感謝を告げた。
そして殿の殿、エクスカリバーにカウは手を差し伸べる。
「捕まって、勇者様!」
「ああ―――っ!」
飛び乗る時間も惜しいと、エクスカリバーを引っ張り上げるための彼女の手。
エクスカリバーはその手を取らないどころか、カウを突き飛ばした。
感じたからだ、背後からの触手を。
突き飛ばしたおかげでカウはその触手に絡め取られなかったが、せめてもの成果とばかりにエクスカリバーへと巻き付き、空中へと放り投げた。
着地点には、スライムが待つ。
今度は、余分な触手を出したりしない。
「レオナルド!」
「駄目だ、あの体積を一瞬でどうにかはできない!」
泉のスライムは反省していたのだ。
少量の体積では『スコーチ』か『フローズン』にやられてしまう。
だから、大量の体積をエクスカリバーの着地点に用意した。
直接対象に効力を及ぼす魔術は、それだけ相手の体積及び保有魔力量に依存するのだ。
飲み込まれる未来が、訪れようとしている。
もう、助からない。
(馬鹿を言え、テノール。オレは死なねぇよ)
絶望した俺とは違い、エクスカリバーは折れていない。
その視線は真っすぐ、一点を見つめている。
青空にある黒色の点。しかし、徐々に大きくなり、輪郭を露にしていくそれ。
それはドラゴンであり、背には誰かが乗っている。
その誰かが手を伸ばす。
今度こそ、エクスカリバーはその手を取った。
「王立近衛兵4番隊副隊長・ケイヴェ。ただいま勇者テノールと合流しました」




