第二十三節 後編をお送りいたします
『聖剣に導かれた』などと、突飛でもないバリトンの考えにパースもテノールも息を呑んだところ、執務室の扉が叩かれる。
「ご主人様、お客様です」
エメラが扉越しに客人の来訪を報告した。
しかし、そんな予定はなかったはずだ。
「誰だ」
「王立近衛兵4番隊副隊長、ケイヴェと名乗る女性です」
エメラの返答に目を見開いたのは、質問をしたバリトンではなく、4番隊隊長であるパースだった。
ここでその名前を聞くのが意外だったのだ。
王立近衛兵4番隊副隊長のケイヴェ。とある事情により、彼女は近衛兵の中でも最も長距離間の移動が速い。
普段はその特技を活かし、手紙や報告書など、早く目的地に届く事が望ましい物資の運搬に注力しているのだ。
その彼女が訪れたという事は、緊急性の高い知らせがあると示唆している。
「通せ。本人確認は問題ない」
ケイヴェを噂で知っているバリトンは、エメラに客人の案内を急かせた。
聖剣に導かれている疑惑が浮上したテノールの依頼受注と、突然送られてきた近衛兵最速の使者。
バリトンはその2つに妙な繋がりを感じてしまったのだ。
エメラはバリトンの指示を迅速に遂行し、程なくしてケイヴェを執務室へと連れてくる。
凛とした面持ちに真面目さを感じさせる佇まい。風や砂塵から目を守る保護眼鏡を装備した女性が執務室に姿を見せた。
彼女がケイヴェ。優秀な隊員であり、パースが仕事を投げる第一候補である。
「突然の訪問、お許しください。バリトン様、テナー様、パース隊長。拙はトータンへの連絡役をバーニン国王より賜り、馳せ参じました」
ケイヴェが端的に述べた用件に、バリトンもパースも顔をこわばらせる。
2人は嫌な予感がより強くなる。
「ケイヴェ、報告を」
「はっ!報告させていただきます。予言者アロンズが『トータンに凶兆あり』と予言されました」
これ以上ないと言うくらいに、嫌な予感は当たってしまった。
建国王アルトの代より仕える予言者アロンズ・エームリッスの予言。記録される限り、これが外れた事はない。
それもそうだ。予言を1つ外せば失脚するような立場にありながら、あの予言者はその尊称を守り、王の傍に居る事を許されている。
だからこそ、その予言は最悪の凶報になるのだ。
「至急、凶兆の調査をお願いいたします」
一刻も早くその凶兆を明確にすべく、ケイヴェは促した。
これは1人の隊員による進言ではなく、王命の代理である。近衛兵はもちろん、領主から平民に至るまで、逆らう事はできない。
と言っても、自身が住む場所の凶兆となれば、調査しない者は居ないだろうが。
「ケイヴェ、この後の任務は?」
「パース隊長の指揮下に入るよう、仰せつかっております」
「それは良かった。なら、貴女は山へ向かってください。トータンを横断する川の水源がある山へ」
そう部下に命令するパースもそうだが、バリトンも、そしてテナーも、凶兆の在処を直感していた。
何故ならば、聖剣に導かれたかもしれないテノールが、その山に向かったからである。
凶兆の源は、きっとそこにある。
「作戦目標をお聞かせください」
「山かその道中に居るだろう勇者テノールとの協力。彼はおそらく凶兆に先んじて動いています」
「了解しました。4番隊副隊長・ケイヴェ、勇者テノールと合流します」
限りなく無駄な応答を省いたケイヴェは、迷いなくパースの命令へ忠実にも従った。
ある意味で、この早さこそが4番隊副隊長として徴用される所以である。
「バリトンさん、僕たちも準備すべきです。あらゆる事態に備え、何が起こっても対応できるようにしましょう。そのために、どうか知恵をお貸しください」
若くはあるが、領主であるテナーがバリトンに頭を下げ、彼の協力を懇願した。
テナーは自身が未熟である事を自覚している。領主として足りないモノが多いと分かっている。
だから恥も誇りも捨てて頭を下げるのだ。
この若さで領地を守るためなら、彼は喜んで恥をかく。
「わざわざ頭を下げる必要はない、テナー。私は元よりお前の相談役であり、お前の父になろうとしているのだ。教え子の窮地に駆け付けぬ先生も、我が子の願いを叶えぬ親も、私はお断りなのでな」
バリトンはどこか尊大に、同時に穏やかに、テナーへ微笑みかけた。
頼り甲斐のある相談役に、誇らしい父親に、テナーは感激の念がこみ上げる。
「バリトンさん……」
「ここは、お義父様、ではないかな?」
「そ、それに付いては、後々しっかり議論しましょう。今は凶兆への対策です。さぁ、僕の屋敷へ」
バリトンのその呼称にはまだ恥ずかしさを感じるテナーは話題を逸らし、もとい本題に軌道修正した。
テナーは対策の知恵をいただこうと、領主の仕事場へと誘導する。
「私も付いていきますよ」
「うむ。万一の場合、我々の護衛を頼む」
「お安い御用で」
パースの同行をバリトンは護衛として受け入れ、パースも快く承った。
そうして全員がテナーの屋敷に向かうべく、腰を上げる。
「ご主人様、こちらをお忘れなく」
「ん?ああ、携帯を忘れていたか」
バリトンはエメラから、いつもは板状の物を包んでいる牛皮を受け取った。
「では、行ってらっしゃいませ」
「留守を任せる」
エメラに送り出され、バリトンたちは執務室を出る。
その牛皮から翠玉の輝きが漏れていない事に、最後まで気付かぬまま。




