第四節 王国近衛兵1番隊
「訓練!しましょう!」
優雅に朝食を済ませた俺の一室へ、狙っていたかの如く押しかけてきた元気溌剌な少年ベアウ・マインズ。
彼は少女と見間違う程可愛らしく、どうして男なんだと問い詰めたくなる容姿をしている。
ていうか君、実は性別偽ってたりしない?家の事情で男として育てられただけの女の子でした、とかだったら俺は嬉しいのだが。かなり俺を慕ってくれてるし。
(どこまでも下衆だな、お前)
憎らしい剣の思念が聞こえたが流す。
「おはよう、ベアウ」
「おはようございます!勇者様!」
呆れるくらい元気いっぱい奴だ。目もキラキラしていて濁りが全くない。
なんかこう、ここまで綺麗な心の人間を相手にしていると、俺の心まで綺麗に浄化されてしまいそうだ。
(1回くらい浄化されてみたらどうだ?)
絶対に嫌だ。俺は富と名誉と女を得る大いなる野望を叶えるんだ。
「訓練のお誘い、という事で良いのかな?」
「はい!近衛兵1番隊の訓練に是非参加していただきたく、すでに隊長の許可は得ております!」
近衛兵1番隊隊長の許可じゃなくて、最初に俺の許可を得てほしいなぁ。ぶっちゃけそれ王命とまではいかないが、強制力高い指令じゃん。俺逆らえないじゃん。
「そうか。セイザー隊長殿のお誘いとあれば、参加せざるを得ないな」
「ありがとうございます、勇者様!きっと隊長もお喜びになります!」
あの男が俺の参加で喜ぶとは思えない。
近衛兵1番隊であるセイザー・ヴェインは、良くも悪くも貴族主義。農民上がりの俺は彼にとって酷く目障りだろう。
訓練の参加ではなく、模擬戦での敗北なら喜ぶに違いない。というかおそらくそっちが狙いだ。
俺には世間に広まった弱点がある。
それは、罪なき人との戦いで本気は出せない、というものだ。
まぁ正しくは、罪なき人との戦いではエクスカリバーが力を貸してくれない、なのだが。
(お前を困らせるためなら、お前の体乗っ取って勇者然とするけどよ。お前の都合のためになんてぜってぇ力貸すかよ)
というのがエクスカリバーのふざけた談である。
どこまでも憎たらしいアマだ。
という事で、本気を出せない俺をセイザーは部下の前で負かしたいのだろう。
別に負けてやるのは構わないが、とにかく癪に障る男だ。
「訓練場まで案内します!」
何にせよ、逆らえないのなら従うしかない。
俺は笑顔を貼り付けたまま、ベアウの案内に付いていった。
「セイッ、ハァッ!」
「動きを乱すな!手を抜くな!素振りの1回1回に魂を込めるのだ!」
「はいっ!」
近衛兵1番隊隊舎の訓練場にて、威勢よく響く多数の掛け声に、1人の男が檄を飛ばす。
多数の掛け声とは近衛兵たちのモノ。檄を飛ばしている男がこの集団の長、1番隊隊長セイザー・ヴェインである。
彼は戦闘力もさる事ながら、部下の教育に余念のない良き師範でもある。
兵隊を率いるカリスマも有し、戦術家として頭も回る。
貴族主義さえなければ満点の男だ。女を総取りされないという意味では、欠点があって良かったかもしれない。
「隊長!勇者様をお連れしました!」
「うむ。ベアウよ、ご苦労だった」
部下もしっかり労える辺り、本当に貴族主義が唯一の欠点なんだよなぁ。
「お誘いいただきありがとうございます、セイザー隊長殿」
「いえ。お忙しい勇者様を、我々近衛兵の都合で呼び出してしまって面目ない」
セイザーの面の皮は厚い。貴族主義の一面を易々と覗かせはしない。
だが、1番隊を貴族の生まれで固めているのが、貴族主義である何よりの証拠だ。
平民の志願者を1番隊から追い出したという噂は、しっかり俺の耳に入っている。平民の出が混じる他の隊と仲が悪いという噂も同じく。
「願えるなら模擬戦で、かの有名な勇者様の実力を新兵にもお見せいただきたい。勇者様の戦う姿は皆を鼓舞する事でしょう」
「俺が皆の力になれるのでしたら願ってもない。協力しましょう」
お互い笑顔だ。あっちもこっちも、心からは笑っていないが。
「有り難き事です。では、模擬戦の相手は誰に任せましょうか」
「はい!隊長、私が勇者様のお相手を務めます!」
いの一番に挙手したベアウ。お前は勇者への憧憬も純度高いなぁ……。
「ベアウでは勇者様の実力を十全には引き出せんだろう。ウィン!お前が務めろ」
「はっ!」
名指しされて前に出てくるのは、近衛兵1番隊副隊長ウィン・マインズ。ベアウ・マインズの兄であり、偉丈夫の好青年だ。
今もすれ違い様に落ち込む弟の頭を撫でて慰めていた。
できるお兄ちゃんだな。
「勇者様のお相手を務められるとは、光栄の至り」
「そう思ってもらえるなら、俺も光栄です」
兄弟揃って純粋で毒気が抜かれる。
こういう貴族ばっかりなら俺も生きやすいんだが。
「全員、訓練を止めてこの模擬戦を見学せよ。学べる事が多いだろう」
近衛兵はセイザーの指示に従い、素振りを止めてすぐに壁へ寄った。
「勇者様、剣が鎧に打ち込まれたら一本の、一本勝負で如何でしょうか。長引くのもよろしくないかと」
「ええ、それで構いませんが……」
ウィンの提示した条件を呑みつつも、聖剣の柄を握る。
(ただの模擬戦だろう?自分の力でどうにかしろよ)
相変わらずエクスカリバーは力を貸してくれそうにはない。
「失礼、木剣を貸してもらえませんか?」
「聖剣エクスカリバー、お使いにならないので?」
「模擬戦ですが、誤って傷付けてしまうかもしれない。少しでもその心配を減らしたいのです」
「そうでしたか。では、対等な勝負のために私も木剣を」
手近な近衛兵が俺とウィンに木剣を配る。
木剣の感触を確かめてから、どっちともなく距離を取った。
俺もウィンも、間合いを意識した位置に付く。
剣を構え、数秒相対する。
「始め!」
セイザーの合図で、同時に地面を蹴った。