第十九節 影も形もない魔物
「ここも、見るからに水位が下がってるな……」
ホーオから一夜明けて水源があるという件の山、その麓まで調査員と護衛の一団は辿り着いた。
調査員は麓の川も水位が下がっている事を確認し、ここが原因ではないと判断する。
「中腹に泉があるはずです。川に沿ってそこまで登りましょう」
次の目標が調査員によって設定され、一団はその目標へ向かって歩き出す。
馬車はここまで。ここからは歩きだ。
衛兵は馬車の留守番。さすがに帰り分の食料が残っている馬車を、御者だけには見張らせられない。
そんな事をしたら、魔物や盗賊に奪われてしまう。食料に限らず、帰りの足である馬車自体も、下手したら御者の命も。
という事で、冒険者11名と調査員2名で登山している訳なのだが、辺りはとても静かだ。
「……全然魔物の気配がしねぇ」
ユウダチが山から魔物の気配がしない事を訝しみ、顔をしかめていた。
(ちょっと付近を見てきたが、魔物の姿どころか影もねぇな)
エクスカリバー曰く、魔物が息を潜めているという事でもない。
あまりにも静かだ。川のせせらぎや木々のざわめきが不気味に感じられてしまう。
「仮定の話が当たった訳だ」
山に強い魔物が居る。
その話をレオナルドが掘り返し、皆に呼び起させた。
「で、でも……。進まないと、いけませんよね……?」
この先に危険がある。
だけどカウは止まれない。冒険者は引き返せない。
依頼を遂行せねばならず、破棄するには相応の理由が必要である。
けれども皆の歩みは、遅くなっていた。
そんな遅い歩みでしばらく進めば、視界が開け、広く水が集まる場所に出る。
ここが泉だろう。
例の如く、ここまで魔物には出くわさなかった。
「泉の水位は、減っていない。逆に増えていないか?」
通常の泉を知る調査員が泉の増水を暗に示すが、しかしそれは明らかなのである。
泉はその岸から溢れそうな程に水が溜まっている。
単純にここが水位減少の原因ではないと考えられるが、途中の川で何かが水の流れを堰き止めていた様子はなかった。
では、いったい何が原因なのか。
泉の増水と川の減水は関係しているのか。
疑問ばかりが増える。
「……泉に生き物が一切居ない。水生の魔物さえもだ」
調査員が更なる疑問を追加した。
底まで透き通った泉は、専用の観測機器がなくても生物の不在を視認できる。
「あ?なんだあれ。泉の中に球体が浮いてんぞ」
冒険者の1人が泉の奥を指差した。
その先に黒い球体がある。
生物の居ない泉に、黒い球体だけが浮かび、しかし漂っていない。
(……あの球体、見覚えがあんなぁ。でも、あんな所にあるもんかぁ?ねぇよなぁ、普通)
エクスカリバーには既視感があるようだが、違和感もあるようだ。
うんうん唸るだけで、知識を披露したりもしない。
「おーい!ここだ!ここから水が減ってる!」
調査員が泉自体を観察していた別の調査員を呼び寄せた。
その場所は泉の出口、川の始まりである。
「……泉から流れ出る水が、不自然に減っている」
流れ出る水が異様だった。
正確な形容は難しいが、強いて言うなら、ゼリーになりきれなかった液体が零れ出ているような状態だったのだ。
ここで言うゼリーは泉であり、零れ出た液体は川である。
(この川、おかしくねぇか?なんか底の方と別れて2層になってやがる)
エクスカリバーが川の中を意識するよう促した。
川の中はこれまた例えが難しいが、水の中に断面がある。
まるで水と油のように、同じはずの水が分離しているのだ。
それが分かったとして、何かの手がかりにはならない。
少なくとも、一連の疑問がどう繋がっているのか、俺には皆目見当も付かない。
「水はある。泉は張っている。しかし川には少量しか流れない。この現象はなんだ」
レオナルドが1人呟き始める。
誰かへの質問ではなく、自問自答が漏れ出ているようだ。
「山に魔物が居ない。山に強い魔物が居る。ではその魔物はどこに居る?」
レオナルドは疑問を再度浮かび上がらせ、それぞれを精査する。
「この水が流れない現象は人為的か否か……」
泉の水を掬い上げようとするが、それは粘り気を見せ付けながら指の間を抜ける。
液体という感触ではない。
「まるで粘体だ……。魔力も帯びている……。普通より多いような……。やはり、多いな」
続いて川に零れ出る水へ触れれば、レオナルドは2つの魔力濃度が違う事を計った。
手に触れただけで断言できる程の違いを計れるものなのだろうか。
(測れるだろ、感覚的なもんだが)
エクスカリバーが言うには計れるそうだが、常人の枠から外れているこいつを参考にして良いかは怪しい。
(おい)
とにかく、レオナルドは天才魔術師なのかもしれない。
「魔力を帯びて粘体となった泉。泉に生き物が居ないのは、粘体になったためか?」
魔力の量が計れたところで、まだ結論には至れないようだ。
「この泉が魔力を帯びたのは、山から他の魔物を追い出した強い個体のせいか?」
言葉は紡がれても、有意義な思考には続かない。
「この水、まるでスライムみたいですね」
不意に、カウが泉の水を叩き、弾力を感じつつそう例えた。
それが、最後の鍵となる。
「そうか!この泉はスライムだ!」
レオナルドが真実を突き止めた瞬間、泉は応えるように蠢き出したのだった。




