第十八節 見え透いた凶兆
「セイッ!」
カウの得物である斧の一振りで、ゴブリンは真っ二つとなる。
少女らしからぬ剛腕ではあるが、騎士の名家であるマインズの娘らしくはある。
ウィンもベアウも剛腕だし、あの家は剛腕が売りなのかもしれない。
「良い腕してんなぁ。こりゃ、俺が教える事はねぇかもな」
「そんな事はありません、先生!」
カウの腕を褒めるユウダチに、ユウダチを先生と呼び慕うカウ。
ユウダチは斧も使えるという事で、この依頼の間だけカウの手解きをする事になったのだ。
サーヴァンが先生役と認めた辺り、ユウダチの技量は先生足りえるのだろう。エクスカリバーも『できる』と評価してたし。
実際、ユウダチは複数のゴブリンに調査員と護衛の一団が襲われた中、誰よりも、俺を乗っ取ったエクスカリバーよりも早く討伐していた。
(そりゃお前が鈍くて、聖剣手に取るのが遅かったからだろうが。しかもあの男、よりによって弓なんて湿気た武器使いやがってよぉ)
エクスカリバーがそんな負け惜しみをする程、ユウダチは優れた冒険者なのである。
(おい)
文句はユウダチに勝ってからしろ。
(お、じゃあ次お前を乗っ取った時にあの男へ切りかかって良いんだな?)
おい馬鹿止めろ。
(止めて欲しけりゃ後で林檎酒な)
……依頼後に飲ませてやる。
(よろしくぅ!)
非常に腹立たしい、こんな恐喝に屈さねばならんとは。
「良し、敵影なし!」
どうやらゴブリンの掃討は終わったようだ。
馬車の上から周りを見回すユウダチが、遠くにもゴブリンが居ない事を確認した。
「しっかし、水源があるって言う山への到着はまだなのにゴブリンの群れと遭遇か。ゴブリンって普段森とか洞窟とか、そういう見晴らしの悪いところに居るもんじゃねぇか?」
現在は山へ向かう、多少は整備されて開けた道の途中。ユウダチが疑問視する通り、ゴブリン1・2体ならまだしも、群れに遭遇する事は滅多にない。
「あのゴブリンたち、何かに怯えている様子でした。まるで、何かから逃げているような……」
カウがゴブリンたちの様子を思い出せば、確かにそんな様子だったと皆も思い出す。
とするならば、あのゴブリンたちは縄張りを追われたのだろう。
そして、ゴブリンたちの縄張りになり得る森があるのは、この近くだと件の山しかない。
「あのゴブリンたちは山から逃げ出した。逃げ出さねばならない理由があった。そう仮定した場合、如何なる結論が導き出せる?」
レオナルドが仮定の話を語り、皆に問いを投げた。
と言っても、そう難しい問いではない。
「山で強ぇ魔物が暴れてんだろ」
「そういう事だ」
ユウダチが簡潔に正解を言い当て、レオナルドが情緒もなく丸を付けた。
皆に驚きはない。ただ深刻な顔になるだけだ。
「山、強い魔物が居るんですね……」
「あくまで仮定の話だ。何処か近くで偶然ゴブリンたちが生まれたのかもしれない」
カウが怯えだすと、レオナルドはせめてもの慰めに確証がない事を強調した。
別の可能性も提示している訳だが、かなり低い可能性である。
魔物の群れは魔力濃度が高い所でしか生まれない。
魔力濃度が高い所というのは、昔から魔力濃度が高い所か、ダンジョンか。その2通りである。
昔から魔力濃度が高い所なんてこの辺りにないし、ダンジョンが発生したなどの噂も聞いていない。
「ま、でも気を引き締めておくに越した事はないだろ。油断してるのが一番拙いからな」
「は、はい……。気を引き締めておきます……」
一番引き締めてなさそうなユウダチが、一番引き締めてそうなカウに追い打ちし、緊張させていた。
でも、それだけで終わらず、ユウダチはカウの肩に手を置く。
「先生……?」
「安心しな。どんな奴が来ても、俺たちが返り討ちにしてやるぜ。な?レオナルド」
「私を巻き込むな。だが、前衛に死なれては私を守る壁がなくなる。援護はしてやるさ」
「素直じゃねぇなぁ、ったく。勘違いしちゃ駄目だぜ?カウ嬢ちゃん。あいつ、ちゃんと全力で守る気で―――って痛ぇな!何すんだよ!」
素直じゃない扱いをされて気に食わなかったのだろう。ユウダチの頭をレオナルドは木製の杖で叩いていた。
「壊れたようにお喋りの口を、叩いて直してやったんだ」
「俺は機械か!人間なんだからそんなんで直んねぇよ!」
「ほう、壊れていた自覚はあったか」
「壊れてねぇ!」
なんだか漫才まで始まる始末。
しかし、その場違いの漫才がカウもカウ以外の者らも含め、緊張を解していた。
当の本人たちは露知らず、掴み合いに発展しかかっている。
が、誰も止めない。
冒険者の喧嘩は日常的らしい。
「きっと先生たちはみんなの緊張を解すために、口喧嘩を演じてくれたんですね。だから、貴方も緊張しては駄目ですよ?」
カウは何故か急に俺へと話題を振ってきた。
いや、途中途中喋らない俺を構おうとしてくれていたのだ。
その優しさは有り難いが、喋って正体を露呈させたくない現状は有難迷惑だ。
でも何の反応もしないのはかわいそうである。
だから、頷くだけはする。
するのだが、それでも彼女の苦笑を拝む事になった。
俺はいったいどうすれば良いんだ。
「あの方、私の事嫌いなのかなぁ」
止めろぉ!哀愁を漂わせながら付き人に小声で相談するのは止めろぉ!君も俺も惨めになるぅ!
「お嬢様、あの方は声を発せられない事情があるのでしょう。喉に傷を負い、声を失った方や発声に痛みが伴うようになった方は少なくありません」
「あ、そうか!だったら私、無理に喋らせようとしてたんだ!喋らない貴方、無理に喋らせようとしてすみません!」
付き人の言葉を信じきって謝りに来るとか、純粋が過ぎるし天然が過ぎる。
喋れないんだからその謝罪にも応えられないだろうが。
そんな間違いなくベアウの妹である少女に、俺は気にしなくて良いとわずかでも意思が伝わる事を願って首を横に振るのだった。




