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第十七節 一方そのころ王都では

 テノールが護衛の依頼を受けた日と同日の事、王城のとある部屋にてバーニン国王とルーフェ王女が顔を合わせていた。

 その部屋とは、王族とその招待客、それと給仕のみが立ち入れる専用の食堂である。

 もちろん、そこに集まっているのだから食事の際中。

 並べられた料理はどれもこれも高級で、同時にルーフェの好物ばかりだ。

 だと言うのに、彼女の表情は暗い。


 このところ、彼女はずっとこうなのだ。

 いつからと言われれば、テノールが故郷へと出立してからである。


 テノールが王命によって王城を空けた時、毎度ルーフェは物憂げだったが、ここまで暗くなっている事は1度もなかった。

 その事にバーニンは気付いている。

 だからこそ、ここ最近の食事は彼女の好物ばかりだったのだ。

 しかし、それでも彼女が明るくなる事はなかった。


(そろそろ直接訊き出すべきではないかしら)


 バーニンの視界にのみ漂う魂、カリバーンがそう提言した。

 カリバーンはどことなく呆れたようにしている。


(しかし……)

(男親が娘の悩みを訊くのは無粋かしら?そんな繊細さは捨てなさい。そう言ってろくに話もせず決裂していった親子の、なんと多い事でしょうね。物語の題材にも飽きるくらい使われているわ)

(うむ……)


 カリバーンは決心の付かないバーニンに呆れていたのだ。

 様々な言い訳を以て歩み寄らない者たちがカリバーンは好きではないし、他人を理解せず、他人を理解させないまま突っ走る奴が大嫌いである。

 後者の例は彼女の妹、現エクスカリバーだ。


(このまま嫌いになられても良いなら、私もこれ以上口出ししないわよ?)

(いやっ、それは困る。余にとって貴公は貴重な助言者だ。女性の価値観から意見をくれる者は、国王となると中々に得難い)

(なら、さっさと声をかけなさい。焦れったいのよ)


 バーニンがカリバーンを手放すまいと縋ってみると、カリバーンは尻を蹴り飛ばすかの如く背中を押した。

 いい加減この茶番に面白みを感じられないのだ。

 そうして蹴り飛ばされたかのようなバーニンは、ようやって口を開く。


「ルーフェ、何か悩みでもあるのか」

「え?あの、どうしてそのような?」

「そんな暗い顔をしていれば、嫌でも悩みがあると伝わってくる」

「そう、でしたか……」


 悩む姿を多くの人に晒していた事を自覚したルーフェは、己の不甲斐なさにやるせなくなって俯いた。

 彼女の悩みは、固く蓋をされてしまう。


「ルーフェ。余はお前に父親らしい事を全くできておらん」

「お父様、決してそのような……。わたくしは、お父様の愛情を感じております」

「それでもだ。きっと、我が妻の、お前の母の代わりは果たせていないだろう……」

「お父様……」


 バーニンには国王という何事にも優先すべき責務がある。

 しかし、優先すべき責務があるからと言って、親としての責任を放棄して良いものか。

 ただでさえ、愛娘の片親は居ないというのに。


「ルーフェよ、どうか余に親としての責任を果たさせてくれ。でなければ、お前の親どころか、民を庇護すべき王として失格だ。娘を1人苦しめる者に、幾万の民は守れまい」

「……」


 バーニンの嘆願に、父の誠心誠意に、ルーフェは折れた。

 彼女は自身の醜い部分を明かす事になるとしても、彼女はその蓋を開ける。


「実は、わたくしがテノール様の物品を盗んでいるのが、先日テノール様本人に暴かれてしまったのです」

「なっ」


 あまりにも驚愕すぎる真実に、さすがのバーニンも絶句した。

 娘が盗みを働いていたと知ればこうもなる。

 盗んでいた対象が国を挙げて称える存在ならなおさらだ。


「わたくしは、テノール様を思う気持ちが抑えられなかった……。テノール様が遠く離れる事に耐えられなかったのです……」


 涙ながらに語られる思いが、重苦しくのしかかる。ルーフェの良心にも、バーニンの後悔にも。


(溺愛が徒となったわね。社交界も経験させなかった彼女には、勇者テノールが眩しすぎたのでしょう。あの正しさと勇ましさが純粋な少女の心を焦がしたのよ)


 過保護の報いであると、カリバーンは慈悲もなくバーニンに叩きつけた。

 バーニンには反論できない。弁明の余地がない。


「そんな思いを免罪符に、私は罪を犯し、テノール様から判決を下されました」

「……いったいどのような」

「ただ、その痛みを乗り越えろと……」


 まさかもまさか。あまりにも寛大すぎる判決に、バーニンは感動すら覚える。

 どこまで清らかなら、自身に降りかかった害を許せようか。

 バーニンは改めて、テノールの清らかさを思い知ったのである。


「でも、わたくしは乗り越えられませんっ!今だって、辛くて、痛くて、たまらないのです……っ!こんなに弱いわたくしが、どうすればこの困難を乗り越えられましょうか!」


 しかし、その清らかさは目の当たりにした者の汚さを浮き彫りにしてしまう。

 自らの汚さを浮き彫りにされたルーフェは、自責の念で潰れてしまいかねないところまで追い込まれているのだ。


(なるほど。とかく、罪に問われた訳ではないのね。なら、後は彼女の思いに正しい行き先を作ってあげるだけだわ)


 冷酷とすら受け取れてしまいそうな程冷静に、カリバーンは状況を噛み砕き、解決法を導き出した。

 歴代ラビリンシア王に助言してきた故の態度なのかもしれない。


(……その行き先とは?)

(こう彼女に言いなさい。それで全てが片付くわ)


 カリバーンは知恵を授け、バーニンはその知恵に納得がいったから指示に従う。


「ルーフェ、その思いを吐き出せば良いのだ」

「どうやって吐き出せば良いのです……!」

「絵だ。お前は勇者テノールへの思いを込め、彼の絵を描け」

「絵を、描く……」


 思いが積載し、悪い方法で発散するから問題があるのだ。

 ならば、良い方法で発散すれば、なんの問題もない。

 それが彼の絵を描く事だ。

 絵ならば思う存分思いを込められ、そして自由に形にできる。


「ええ、ええ!そうです、テノール様への思いを全て込めて、テノール様のお姿を描けば良かったのです!」


 授かった知恵、もはや天啓であるそれにルーフェは感激した。

 そして、それならば自身は痛みを乗り越えられると確信したのだ。


「こうしてはいられません、すぐに画材を用意しなくては!」


 食事中なのにも拘らず、ルーフェは食堂を飛び出した。

 バーニンは微笑ましく見つめるばかりで、彼女を咎めない。


 心温まる親子の一幕が、ここに刻まれた。


 しかし、それでこの幕は下りない。


「やぁやぁおはよう、バーニン王。みんなの頼れるお兄さん、アロンズ・エームリッスだよぉ」


 食堂の扉を飄々とした男が潜った。

 その男は金髪赤目。バリトンの侍女たちと同じアルビノ、ではなく、ホムンクルスという魔術によって生み出された人工生命だ。


「予言者殿。貴公がお目覚めという事は……」

「我が仕える王に予言を授けよう、てね」


 言葉の節々から茶目っ気を滲ませつつ、予言者と称された男・アロンズは予言を告げる。


「トータンに凶兆あり、だ」

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