第十五節 良く言えば人助けがしたい勇者
親父の屋敷で1日休んだため、旅の疲れも充分に取れた。
王城に劣ると以前評価したが、ある意味で一部屋一部屋の質の高さが劣っているだけで、暮らしやすさは親父の屋敷が上回っていたのだ。
まず、それぞれの部屋が近い。食堂も浴場も歩いて5分かからない。
後、多分親父は浴場に拘りがある。
広い浴槽を備えていれば、水風呂も完備し、さらには蒸し風呂まで設置されていたのだ。
体を休めるための設備に、あの親父は妥協していない。
そういう点で、暮らしやすさは親父の屋敷の方が遥かに上だった。
それは仕方ない事だ。そもそも王城は人が暮らす家と言うより王族を守る防壁。暮らしやすさの優先順位は落ちる。
それで完全に万全の体調となった俺だが、如何せんやる事がなかった。
親父の仕事を手伝えるはずもない。王命は休暇中なので受ける事はない。
王都ドラクルなら王立図書館で勇者アルト伝説の研究に勤しめるのだが、東の都ホーオにあの図書館を越える施設なんてない。
ここまでやる事がない時間は人生で初めてだ。正直落ち着かない。
(体震えてんぞ)
落ち着かないって言ってるだろ。
(震える程なのか……?)
ここまで暇なのは人生初めてって言ってるだろ。
(……こういうのなんつうんだっけ。仕事中毒?)
馬鹿な……。あの激務に慣らされてしまったと言うのか……。あの王様め、やってくれるっ……!
(やる事ねぇなら冒険者の依頼でもやってみたらどうだ?)
珍しくも一理ある提案だ。それを採用しよう。
(マジで……?拒否されると思ってたんだが……)
はした金でも稼ぎは稼ぎ。ついでに勇者としての名声も得られたら万々歳だ。
(いつも通りで安心したぜ)
それは良かった。
とりあえず、実際冒険者の真似事をするかは依頼次第だ。
適性のない依頼を無理に受けて失敗したくもないし、簡単だが報酬の安い依頼など成功しても美味しくない。
最終判断は、やはり冒険者組合で依頼を見てからになる。
そういう事で、俺は冒険者組合ホーオ支部へと向かった。
バリトンの侍女に聞いた通りの道順を進めば、迷う事なく冒険者組合に辿り着く。
組合の門を潜れば、王都程ではないが活気があり、しかし誰も俺が勇者テノールであると気付かない。
それもそのはず。俺は本部での過ちを繰り返さないため、外套を纏い、頭巾も深く被っている。
これで聖剣エクスカリバーを隠せているし、俺の顔も識別しづらいはずだ。
(勇者としての注目は集めてねぇが、怪訝な視線は集めてんな)
止む無しだ。俺だって怪しさは自覚している。
しかし、騒がれるよりはずっと良い。集団に囲まれるのは面倒だ。
俺は注目の的となる事に甘んじ、依頼掲示板で良さそうな依頼を探す。
そして、1つ気になる依頼があった。
(調査団の護衛、ね。川の水位が下がった原因を調査するため、水源である山へ調査員を送る。その際の護衛をしろ、だとよ。報酬金額も悪くねぇし、募集人数もまだ余裕があるみたいだぜ?)
川の調査。確かテナーがそんな事を親父に相談していたはずだ。
案の定、依頼者の欄にはテナー・トータンの名前が記載されていた。
護衛を冒険者に任せるとは、中々に賢い。
冒険者なら準備費用も医療費も自己負担。これがトータンの衛兵やら私兵やらだとテナーが持つ事になるだろう。
テナーはそこの費用を浮かせようとした訳だ。
ついでに、衛兵を出さない事で都の守りは手薄にならない。
冒険者に護衛を任せるという都合上、信頼性は落ちてしまうが、そこは募集人数の多さで補おうという事か。
あの若さでこれ程頭が回るとは、伊達に領主を務めていない。
良し、この依頼を受けよう。小遣い稼ぎに丁度良いし、テナーの好感度も稼げるかもしれない。
「この依頼を受けたいのですが」
「は、はい。そ、その……。冒険者証のご提示をお願いできますか?」
依頼書を依頼斡旋窓口まで持って行けば、受付の女性に若干引かれた。
まぁ、どう見たって怪しい奴だからな。
むしろ手引書通りとはいえ、しっかり対応してくれるだけ有り難い。
「失礼。こちらが俺の冒険者証です」
その有り難い対応に報いるべく、俺はあちらの指示に従った。
一応発行されている札、1級冒険者と同等の装丁がされた冒険者証を女性に提示する。
「はい、拝見させて……。1級……?え!?勇者テ―――」
受付の女性は俺の冒険者証に書かれた名前に驚き、大声で読み上げようとした。
だが、俺は彼女の口を咄嗟に手で塞ぐ。
ここで叫ばれては、怪訝な視線を集めてまで正体を隠したのが台無しだ。
「どうかお静かに……。俺は秘密裏にこの依頼を受けに来ました……。だから、この事はどうか内密に……」
小声で正体を隠す嘘の理由を語れば、受付の女性は頷いてくれる。
話が分かる人で助かった。
そうして彼女がこちらの事情を理解してくれたところで、彼女の口を塞いでいた手を退ける。
彼女は叫ぶ事なく、そして怪しみの目を憧れるそれへと変えている。
「あ、あの……。一筆、いただけたりしませんか……?」
憧れが抑えられなかったのか、そんな要求すら出てくる程だ。
「すみません、依頼の受注はそれで問題ありませんか?」
「あ……。はい、問題ありません」
先に依頼の受付を進めさせれば、かなり落ち込んだような様子になった。
全く、勘違いしてもらっては困る。
「冒険者証、お返しします」
俺の冒険者証を差し出した彼女の手のひらに、俺は冒険者証とすり替えるように認識票の首飾りを忍び込ませる。
「え、あ、これって」
「内緒ですよ?」
俺は支持者への気配りを忘れない男だ。
いつだって件の首飾りは持ち歩き、いつだって渡す事ができる。
そういう細々とした気配りができれば、支持者はより一層俺を支持してくれる。目を輝かせる彼女のように。
「それでは」
「ま、またのお越しをお待ちしています!」
受付の女性から丁寧なお辞儀を貰いつつ、窓口を離れる。
依頼の開始時刻は昼頃だ。
組合に併設された酒場で、俺はそれまで時間を潰す事にしたのだった。




