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第十三節 食後の林檎酒と共に

 バリトン邸の庭(中庭とはまた違う場所)で基礎鍛錬に励み、それが終われば自室で読書。

 そんな風に時間を過ごしていれば、時は夜となり、夕食の時間がやってくる。


 俺は食堂にて親父と2人だけの食事をする予定だったのだが――


「むむ!この林檎は中々に甘い。かなり品種改良を重ねたみたいですねぇ」


――何故かパースまで一堂に会していた。

 しかも林檎をかじっている。


「それは林檎酒に適した林檎を生み出す際、偶然生まれてしまった副産物だ」


 おまけに、親父は普通に応対している。


「へぇ、酒造りを林檎作りから始めたんですねぇ。……品種改良時点で結構な期間がかかるから、バリトンさんが成り上がった期間に複数新しい品種を開発するのは、ちょっと無理がある気がするんですけどねぇ」

「植物の成長を早める魔術があるのだ、消費魔力が莫大だがな。私では賄えない消費魔力だったから、代替とする魔力石が大量に必要となった。おかげで、品種改良と林檎酒の材料にする第一陣の生育に、元手の7割が持っていかれたのだよ」


 小声でパースが不審点を述べれば、親父はその不審点に答えを返した。

 なんか高度な舌戦をしている。

 小声での追及は、相手が小声を良い事に聞こえなかった振りをすれば、そこに後ろめたい事があると予想できる。

 つまり、パースは探ったのだ。そこに後ろめたい事がないかと。

 対し、親父は答えを返した。こうして、後ろめたい事がないと主張している。

 しかし、詳細な答えではないし、話題を品種改良から費用へと不自然なく切り替えた。

 そして、切り替えたという事は、そこに訊かれたくない話があるという事だ。

 ここは、俺も援護しておくか。


「そもそも、何故誰も林檎酒を手掛けていなかったのでしょう。誰か先人が居れば、父上も楽ができたでしょうに」


 俺は酒造の歴史に舵を切った。

 ここから話の軌道を修正しようとするのは手間取るだろうし、無理矢理修正しようとすればパースがこちらを探っていると確定できる。


「もし先人が居れば、新製品という付加価値を鑑みて別の果実酒を作っていただろうが、それはともかく。葡萄(ぶどう)酒しか出回っていないのには、当然訳がある」

「果物って、みんな大好きなんですよねぇ。人も魔物も問わず」


 そう。果実は魔物も好む種族が多いのだ。

 だから、1つ問題が出てくる。


「果樹園は魔物の被害が大きかったと?」

「そうなんです。被害額が馬鹿にならないし、対策費も馬鹿にならない。果物農家は敷居が高いんですよ」


 果物を好む魔物が果樹園を荒らすし、それの対策に防備を固めなくてはならない。

 防壁を建てるにしても、人を配するにしても、金がかかってしまう。


「では、葡萄だけはどうして広まっているんですか?」

「酒も含め、葡萄は『主神スタッカート』と『魔神ダ・カーポ』の好物とされているからだ」


 葡萄だけ他の果物と違うのはそんな訳がある。

 『コジ記』には葡萄の栽培方法が事細かに記されていた。

 さらには、『主神スタッカート』と『魔神ダ・カーポ』が協力して作り上げた葡萄園が、無駄に現存している。

 もっと価値のある物を残せ。


「同時に、葡萄酒は『主神スタッカート』信仰と『魔神ダ・カーポ』信仰において御神酒(おみき)とされ、かの神らを祀る神殿には毎年奉納する習わしだ」


 どれだけ費用がかかろうと、信者は葡萄酒の製造を止めなかった。

 その歴史があり、日夜その酒造が研究されたが故、比較的廉価に作れるようになった葡萄酒は世に出回るようになったのである。


「そして、他の酒についてだが。『麦酒(ばくしゅ)』に『清酒(せいしゅ)』というのが『コジ記』に記されているが、その酒造法は伝えられていない。その事を信者どもが勘違いし、『葡萄酒以外は毒なのだ』と触れ回った」


 『始まりの六柱』信仰、特に『主神スタッカート』信仰と『魔神ダ・カーポ』信仰が他のお酒を忌避している。

 親父が作った林檎酒も、熱心な信者は飲まないよう心掛けているらしい。


「でも、葡萄酒以外に厳しいのはもう『主神スタッカート』信仰と『魔神ダ・カーポ』信仰だけですよねぇ。勇者アルトが『清酒』の製造を支援した事から、他の信仰ではだいぶ嫌悪感が薄れてきてます」


 パースの言う通り、我が国の建国王であり人類史最大の勇者アルトは『清酒』という物に強い関心を示し、あまつさえ作ろうとしたのだ。

 残念ながら、『清酒』の製造には至らなかったが、かの清廉潔白な勇者が葡萄酒以外の酒に執心だった事が人々の価値観を改めた。

 人々は、葡萄酒以外の酒も毒ではないのだろうと思い始める。

 そんな結果をもたらした事から、勇者アルトはもとより人々の固定観念を是正するためにそうしたのではないか、という説が唱えられている。


「そもそも、出回ってないだけで他所の国では別の酒を作っているらしいですし」

「ほう。それは初耳だな」

「私も小耳に挿んだだけですけどね。何でも『竜舌蘭(りゅうぜつらん)』という植物を使った、『テキーラ』という酒があるそうですよ?」


 植物から酒の名前に至るまで、俺には全く聞き覚えがない。

 どうやら親父も俺と同じで、聞き慣れない単語に首を傾げている。


「『テキーラ』……、『エイゴ』そのものではなさそうだな。何かの(なま)りか?」

「残念ながら詳しくは」

「ふむ……。興味はあるが、材料からして分からないのでは作りようがないな」


 新商品の候補にでもしようとしていたのが頓挫してせいか、親父は小さく肩を落としていた。


「まぁ、今はこの林檎酒を頂きましょう。とっても美味しいですからね、この林檎酒」

「仕方ない。今度は葡萄酒でも作るか」


 パースと親父はそれぞれの思いと共に林檎酒を煽る。

 俺の目の前にも林檎酒の注がれたグラスがあるのだが、俺は手を付けなかった。

 正直、お酒は苦手なのだ。口に合わない。


(代わりに飲んでやろうか?)

(飲まんで良い)


 なのに時折お酒を要求してきて飲ませなくちゃいけなくなるエクスカリバーに、俺は辟易とするのだった。

〈用語解説〉

『魔神ダ・カーポ』

…『始まりの六柱』、その中で魔術という理を研究し、体系化した1柱。魔術の開祖であり、扱えぬ魔術はなく、時間や空間すら手中にする魔術を持つとされている。しかし、彼の記した魔術書が時折発見されるが、時間と空間に関する魔術書は未だに見つかっていない。教えは「零・一・全」。

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