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100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者  作者: 霖霧 露
第一章~勇者(?)の受難、それと女難~
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第三節 箱入り娘に過ぎた毒

 ああ、テノール様。貴方様はこの胸のときめきを、わたくしの高鳴る鼓動を、ご存じでおられるのでしょうか。

 あの時からわたくしの心の中にある、この気持ちを……貴方様は察しておいでなのでしょうか。


―嫌っ、止めて!誰か、誰か助けてっ!

―どれ程喚こうが助けは来ない。そして、お前たち勇者アルトの血筋を許す道理もない!


 父と共に玉座で立てこもっていたのに、あえなく押し寄せる魔王軍の手先。わたくしは、あの時に自身の生は終わるのだと、声を荒げながらも悟っていました。


―ルーフェ王女!バーニン国王!ご無事ですか!


 しかし、その悟りをテノール様は打ち払ってくださいました。

 わたくしに、まだ生きられる事を教えてくださいました。

 あの時の事、テノール様の行動から言動、表情に至るまで片時も忘れた事はありません。


―ルーフェ王女、良かった。悪しき者の手に汚されてはいないようで


 テノール様は、わたくしをお救いくださり、笑顔を浮かべていました。

 誰かを救えた事に、喜んでいるように。


―何故人を助けるのか?難しい質問ですね……。そうですね、強いて言うなら。そうしたいから、でしょうか


 人助けを喜びとし、人助けを生業とする勇者。

 ここまで清らかなお人が実在するのだと、本の中にしかいない御伽噺ではなかったのだと、わたくしは感動してしまいました。


 思えば、もうその時には恋に落ちていたのでしょう。


―お茶ですか?ええ、喜んでお供します


 テノール様の笑顔に胸が高鳴り――


―すみません。王命がありますので、しばらく城を離れます


 テノール様の不在に胸が苦しめられ――


―何が好きか、ですか。俺はルーフェ王女殿下の笑顔が大好きですよ?


 テノール様の笑顔が見たいと――


―お恥ずかしながら、勇者となる前の自分に誇れるモノは少なく……。あまり面白い話はできませんが、それでもよろしければ


 テノール様のお話がしたいと……。


 近くに居る時はまるで光が駆けるかのように、遠くに居る時はまるで一日に幾年月も過ぎてしまったかのように。

 時の流れとは、なんと意地悪なモノなのでしょう。


 願えるなら一瞬たりとて離れたくない……。

 永遠に貴方様と共に居たい……!

 テノール様をすぐ傍に感じていたい!


 そんな募るわたくしの思いが、テノール様のお使いになる一室へと(いざな)ったのです。

 父の指令で長く不在だった、恋しいお人のお部屋へと。


 微かにあるテノール様の残り香。特にベッドからは濃く感じ、わたくしは理性の抑えも効かず、気付けば枕に顔を(うず)めておりました。

 ああ、ここにはテノール様が居た痕跡がある……。テノール様の温もりがある……!


 侍女に声をかけられた時には、とても他所様にはお見せできない惨状となっていたのです。

 わたくしはすぐに着替え、侍女にベッドのシーツと枕を洗わせました。


 その行いをわたしくしは恥じましたが、しかし1度味わった甘美は手放しがたく、いつの間にか常習していました。

 でも、それでも足りなかったのです。

 ベッドに残った痕跡だけでは、温もりだけでは、胸の隙間は埋められなかったのです。


 わたくしの恥ずべき行いは、次第に発展していきました。


 最初にした事は何だったでしょうか。

 確か、テノール様の衣服を盗んだ事だったでしょうか。

 テノール様の衣服に興奮してしまい、してしまった事は伏せておきましょう。

 今でも時折しておりますが。


 ちなみに、盗んだといっても問題ありません。より高級な新品と取り替えておきましたので。

 贈り物という事にもしましたし、元のは古くなっていたので廃棄したとも言いました。


―ルーフェ王女殿下からの贈り物だなんて。ありがとうございます!


 そんな感謝の言葉を受け取った後、テノール様の衣服でした時は背徳感も合わさって堪りませんでした。


 それ以外は……なんだったでしょうか。

 下着を盗んだのは覚えております。常用しておりますので。


 最も新しいのが、そうです。録音魔道具を隠して設置した事です。

 気付かれない録音魔道具について、魔術研究員と意見を交わしたのは記憶に新しくあります。実物が完成した時の嬉しさといえば、言葉にできませんでしたから。

 録音できたテノール様のお声を聞けた時の方が、完成した時よりはるかに嬉しかったのですが。


 ええ、だって……テノール様が胸に秘める気持ちをお聞きできたのですから。


―ふざけるな!こんなの勇者であってたまるか!


 テノール様は、嘆いておられました。


―剣頼りの勇者なんて居るはずないだろうが!


 剣に選ばれただけの仮初の栄誉に、剣に頼るしかない無力な自分に、テノール様は嘆いておられたのです。


 ああ、なんとお労しく儚げで。なんと悲しく美しい嘆きなのでしょう。

 そんな弱々しい姿を隠し、常に雄々しくあるテノール様のなんと素晴らしき事か。


 テノール様への畏敬の念はさらに増し、同時にテノール様の秘めたる思いをわたくしだけが知っている状態に恍惚としてしまいました。


 心配ありません、テノール様。わたくしだけが貴方様の全てを知っています。

 貴方様の全てを知った上で、わたくしは貴方様を愛せます。

 愛しています、テノール様。


 ですから――


 貴方様の全てを――


 わたくしにくださいませ?

 ルーフェ王女はバーニン王唯一の子供であり、亡き王妃の忘れ形見である。そのため、国王には溺愛されて大事に育てられた、とびっきりの箱入り娘なのだ。

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