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第九節 バリトン邸の侍女たち

 テナーが嬉し涙を流した後、またしばらく落ち着かせるための時間を取ってから、仕事に戻っていった。

 テナーの仕事はもちろんトータン統治。親父の元を訪れたのは、親父の知恵を借りるためだったそうだ。

 これが親父の言っていた、領主の相談役、という親父の役職らしい。


 領主とその相談役が集っているという事で、話されているのは統治に関して。

 農民の労働環境がどうとか、貴族たちへの仕事の割り振りとか、税率がどうとか。

 後はトータン領を横断している川の水位が下がっている、なんて事も報告し、調査の人員はどうすべきかについても話されていた。

 本来、俺が聞くべきでない事も話されているのだが、バリトンもテナーも気にした様子はない。


「ありがとうございました、バリトンさん。とても参考になりました」


 小一時間を費やして相談を終えたテナーは、一礼と共に感謝を示した。

 あまり貴族が一般市民に頭を下げる事はないのだが、親父は一般市民に分類して良いという疑問が湧く。

 領主の相談役は前例のない役職に就いているし、金持ちだから一般市民に区分すべきでもない。

 特殊な特権階級、市民以上貴族以下ってところか。


「今後は義父、お義父(とう)様と呼ぶのはどうだ」

「そ、それは……。し、仕事中ですので……」


 正式に縁組した訳ではないが、テナーも縁組に乗り気だったのでバリトンはさっそくその縁組を意識させにかかった。

 テナーは恥ずかしさを感じているようで言葉を濁したが、それも時間の問題だろう。

 だって、私的な時間では呼びたいようだし。


「それなら、仕事以外の時は俺の事もお義兄(にい)様と呼んでくれ」

「あ、あのその……。ま、まだ仕事が残っておりますので、それでは!」


 俺も親父の思惑に加担したが、感情が振り切れそうだったテナーは早足でこの場から離脱した。

 もう少し押せば行けるな。


(酷ぇ親子だ)


 両親と早くに別れた少年と家族の関係を持とうとする親子の、いったいどこが酷い親子なのか。


(自分の胸に手ぇ当てて、しっかり自問してみろ)


 人目があるのでできません。


「さて、テノール。積もる話もあるだろうが、私も仕事がある。お前のために空けておいた部屋へ案内するから、そこで休むなりなんなりしていろ」


 親父は椅子から腰を上げ、直々に案内してくれるようだが、何故だかテナーより扱いが雑な気がしてならない。実の息子なのに。

 まぁ、今更甘やかされるのも違和感があるか。扱いもテナーと比較して雑というだけで、以前と変わりないし。


(それはそれでどういう親子なんだ?)


 日々生きるために頑張ってきた親子だ。


「ご主人様、案内なら私だけで充分にございます」


 テナーに珈琲を持ってきた時から入室したままだった侍女が、初めて主張をし、同時に存在感を放った。

 いや、本当にさっきまで存在感がなかったのだ。

 その存在感の薄さは近衛兵総長であるランテにどことなく似ている。


「……いや、私も同行する」


 バリトンは一瞬眉根を歪め、侍女の主張を受け入れなかった。

 そこには、侍女に対する不信感を窺わせる。

 この侍女と何かあったのか。


「行くぞ」


 質問を挿む余地なく、親父は俺を急かした。

 とりあえずは雰囲気を読み、無言で付いて行く。


 そうして親父の執務室を出て屋敷内を歩いた。

 出くわす侍女たちは会釈してくる訳だが、その所作も容姿も美しい。

 美しいのだが、まるで用途に合わせて作られた道具を眺めているような、そんな奇妙な感覚に囚われる。


(あー、そういう事か)

(エクスカリバー?)

(テノール、こいつら全員白髪赤目だ)

(……言われてみれば)


 この屋敷で俺を出迎えた侍女も白髪赤目。今しがた廊下の脇に控えた侍女も白髪赤目。

 この屋敷の侍女ほとんどが白髪赤目。唯一例外は金髪緑目のエメラだけだ。


(アルビノっつってな、白髪赤目の奴が種族の中で時々現れるんだ。魔物も人間も等しくな)

(その時々現れるのが、現在頻繁に現れてるんだが)

(偶然ではねぇだろうよ)

(必然ならば、いったいどうして)

(教えねぇ)


 憎たらしい笑みを俺の目の前でこれでもかと披露してから、エクスカリバーは聖剣へと引っ込んで沈黙した。

 こいつ、マジでふざけてやがる。

 だが許そう。どうせ親父に訊けば分かる事だ。


「ここがお前の部屋だ」


 エクスカリバーとのやり取りが終わったところで、丁度目的の場所に着いた。

 親父はある扉の前に立ち止まり、その扉を開ける。


「おお。ここが」


 その先にあったのは、中々贅を凝らした部屋だった。

 ベッドも天蓋がある高級品だし、絨毯も上質。

 王宮で宛がわれていた一室には及ばないまでも、貴族の部屋とは競えるだろう。


「良い部屋じゃないか」

「気に入ったようだな。なら遠慮なくこの部屋を使え。ではな」

「ちょっと待ってくれ。1つ訊きたい事があるんだ」


 親父は早々に別れようとしているが、俺には訊ねたい事があるのだ。

 申し訳ないが、呼び止めさせてもらう。


「なんだ」

「ここの侍女たちについてなんだが」


 俺がそう発した途端、親父の表情は険しくなった。

 しかし、親父が視線を向けたのはエメラの方だ。


「エメラ、退室しろ」


 親父の指示を受け、エメラは無言で部屋の外側から扉を閉める。

 あの侍女にも聞かせられない事なのか。


「時間が押している。手短に忠告だけするが、この屋敷の侍女に気を許すな」


 親父は俺の肩を掴み、とても真剣に言い聞かせた。

 その忠告の真意は読めないが、その忠告が親切心によるモノであるのは感じ取る。


「詳細は後日。くれぐれも、この忠告を忘れないでくれ」

「……分かった」


 俺の返事を受け、親父は掴んでいた肩を叩く。

 そうやって念入りに俺への忠告をしてから、親父はこの場を後にするのだった。

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