第八節 親子揃って子供を騙す
「ありがとうございます……!これで、勇者様、バリトンさんとも、本当の……家族みたいに……」
今の今まで感動していたテナーが首飾りを渡した途端に打って変わって、感動による喜びではなく、所以不明の涙を流し始めた。
俺は予想外の事態に困惑する。
何がどうして泣く事態になったのだ。
「エメラ、珈琲を持って来い!」
「すでに持って来ております。テナー様が好む砂糖多めの物でよろしかったでしょうか」
「よろしい」
テナーを落ち着かせるためだろうか、バリトンが侍女に珈琲を注文し、侍女・エメラはその注文の意図に沿った珈琲を持ってきた。
いや待て。珈琲って作るのに時間かかるだろう。
この侍女、あらかじめ作っていたのか。
それに親父が驚いてないとすると、そんな準備の良さは日常的な事のようだ。
「テナー、椅子に座ってこれでも飲むと良い」
「はい……、すみません……」
バリトンはテナーを椅子に座らせ、落ち着くための時間と行為を用意した。
そうして、テナーが自らを落ち着ける事に注力しているところで、バリトンは俺に手招きをする。
内緒話をしたいのだろう。
「テノール。相手に取り入ろうとするのは良いが、それはもっと相手を調査してからだ。でないと、このように相手の傷を抉る」
バリトンは耳打ちで俺に説教した。
取り入ろうとしていたのを見抜くとは、さすが俺の親父だ。
そして、その説教はとてもありがたい。
(まず取り入ろうとしてたのを怒らねぇんだな)
誰の親だと思ってるんだ。
(……なんか納得しちまった)
何故だろう、納得させる事ができたのに腑に落ちない。
「よく反省する事だ。今回は相手が泣くだけで済んだが、恨みを買う可能性もあったのだからな」
「ああ。次は失敗しないよう、覚えておくよ」
「失敗しない事も重要だが、失敗の事後処理も重要なのだからな」
親父は説教をそこで終え、俺に事後処理を促した。
つまりは、禍根を生まないようにしっかり謝っておけ、という訳だ。
さすが、俺と違って堅実に、しかして迅速に成り上がっただけある。
親父の説教は、まさに教えを説いてくれているのだ。
(この親子、かなり危険だな……)
エクスカリバーも教えを説かれた事で悟ったのか、なにやら感心していた。
まぁエクスカリバーの悟りなどどうでも良い。優先すべきは事後処理だ。
「すまない、テナー君。俺は、君を傷付けてしまったみたいだ」
俺は対面の椅子に座る事で視線の高さを合わせ、そうしてから謝罪を口にした。
なんにしてもまずは謝罪。下手に出て様子見するのが上策だ。
「……。勇者様は、何も悪くありません。僕が弱いばっかりに……」
テナーは珈琲椀を置いてから話し始めたように、落ち着きを取り戻しつつあった。
しかし、瞳が潤んでいる。また泣き出して取り乱す良くない兆候だ。
ここは、打って出るか。
「……!勇者様……?」
「テナー。俺にも、その弱さを分かち合わせてくれないか」
俺はテナーの肩に手を添え、人肌の暖かみを人の暖かみと錯覚させてから、彼の泣いた原因を訊ねた。
嫌な気分を一旦吐き出させてしまう事と、今後その傷に触れないように知っておく事にしたのだ。
(相変わらず下衆いな)
お前俺の行動に毎度『下衆い』って言えば良いと思ってるだろ。
(そうだが?)
良し。今後突っ込むのは控えよう。
「勇者様……。ありがとう、ございます……」
テナーは結局涙を零すが、今度は流し続ける事なく、自身で拭って堰き止めた。
その後、俺のと交わった視線はとても真っすぐなもので、彼は彼なりに立ち直ったようだ。
「僕は、8歳の時にお母様を亡くしました。体の弱い人だったので、子供を産めた事も、僕をそこまで育てられたのも奇跡だったと、お医者様より伺っております」
立ち直ったテナーは己の涙、その原因を語る。
母親に関しては俺と似たような境遇であった事実。俺の親近感と同情心を煽る。
なるほど、上手い語り口だ。
「お父様は僕を放任していました。お父様から直々に何か教わった事はなく、一緒に食事をとった事もありません」
統治からして酷い前領主だったが、子供の教育まで酷い奴だったとは。よく領主に成れたし、よく親父に復讐されるまで生きていたものだ。
「ですから、その……。家族というモノに、僕は飢えているんです」
テナーが恥ずかしながら明かした自身の気持ちで、俺は真実に至った。
「そうか。俺が兄弟なんて言うものだから、その気持ちを揺り起こしてしまったのか」
家族を欲する気持ち。
俺の親父を疑似的な父親に見立て、どうにかやり過ごしてきたテナーの欲求。
俺の不用意な一言が、その欲求の蓋を開けてしまったのだ。
「でも、それならなおさら我慢は良くない」
「……え?」
「テナー。己の欲求に見て見ぬ振りをするのは、とっても辛い事なんだ」
全開放も醜聞が悪くなってしまいかねないが、完全封鎖は己の心を鬱屈とさせてしまう。
適度に欲求を晴らし、適度に欲求を抱えるのが、人として最高の生き方だ。
(……)
目の前でそんな耳を疑っていても、俺は取り合わないからな。
「それが辛い事、君が一番よく分かっているだろう?」
「そう、ですね……。とても、辛いです……」
「なら、やっぱり俺たちは兄弟に……。いや、家族になるべきだ」
俺とテナーが家族になる。話は、最終的にそこへ戻るのだ。
彼の欲を満たす事ができ、俺も領主の兄として色々特権が得られる。
双方に利益があり、損はない。
なんと美味しい話なのだろうか。
「良いん、ですか……?こんなに弱い僕が、勇者様の弟になって……」
「テナー、『テノール』だ。俺の事は、『テノール』と呼んでくれ」
俺は是が非でも押し通す。
お前この現状で拒否しても義兄弟になったと言って回るからな。
(やり方が下衆い)
煩い。
「良いん、ですか……?バリトンさんの、息子になって……」
「構わない。むしろ、こちらから頼もう」
バリトンも、俺も、進んでテナーを迎え入れていた。
「う、うぅ……っ!ありがとう……。ありがとう、ございます……!」
最後も涙を流す結果になったが、その意味合いは、全く違うモノに変わっていたのだった。




