表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/221

第八節 親子揃って子供を騙す

「ありがとうございます……!これで、勇者様、バリトンさんとも、本当の……家族みたいに……」


 今の今まで感動していたテナーが首飾りを渡した途端に打って変わって、感動による喜びではなく、所以不明の涙を流し始めた。

 俺は予想外の事態に困惑する。

 何がどうして泣く事態になったのだ。


「エメラ、珈琲(こーひー)を持って来い!」

「すでに持って来ております。テナー様が好む砂糖多めの物でよろしかったでしょうか」

「よろしい」


 テナーを落ち着かせるためだろうか、バリトンが侍女に珈琲を注文し、侍女・エメラはその注文の意図に沿った珈琲を持ってきた。

 いや待て。珈琲って作るのに時間かかるだろう。

 この侍女、あらかじめ作っていたのか。

 それに親父が驚いてないとすると、そんな準備の良さは日常的な事のようだ。


「テナー、椅子に座ってこれでも飲むと良い」

「はい……、すみません……」


 バリトンはテナーを椅子に座らせ、落ち着くための時間と行為を用意した。

 そうして、テナーが自らを落ち着ける事に注力しているところで、バリトンは俺に手招きをする。

 内緒話をしたいのだろう。


「テノール。相手に取り入ろうとするのは良いが、それはもっと相手を調査してからだ。でないと、このように相手の傷を抉る」


 バリトンは耳打ちで俺に説教した。

 取り入ろうとしていたのを見抜くとは、さすが俺の親父だ。

 そして、その説教はとてもありがたい。


(まず取り入ろうとしてたのを怒らねぇんだな)


 誰の親だと思ってるんだ。


(……なんか納得しちまった)


 何故だろう、納得させる事ができたのに腑に落ちない。


「よく反省する事だ。今回は相手が泣くだけで済んだが、恨みを買う可能性もあったのだからな」

「ああ。次は失敗しないよう、覚えておくよ」

「失敗しない事も重要だが、失敗の事後処理も重要なのだからな」


 親父は説教をそこで終え、俺に事後処理を促した。

 つまりは、禍根(かこん)を生まないようにしっかり謝っておけ、という訳だ。

 さすが、俺と違って堅実に、しかして迅速に成り上がっただけある。

 親父の説教は、まさに教えを説いてくれているのだ。


(この親子、かなり危険だな……)


 エクスカリバーも教えを説かれた事で悟ったのか、なにやら感心していた。

 まぁエクスカリバーの悟りなどどうでも良い。優先すべきは事後処理だ。


「すまない、テナー君。俺は、君を傷付けてしまったみたいだ」


 俺は対面の椅子に座る事で視線の高さを合わせ、そうしてから謝罪を口にした。

 なんにしてもまずは謝罪。下手(したて)に出て様子見するのが上策だ。


「……。勇者様は、何も悪くありません。僕が弱いばっかりに……」


 テナーは珈琲(わん)を置いてから話し始めたように、落ち着きを取り戻しつつあった。

 しかし、瞳が潤んでいる。また泣き出して取り乱す良くない兆候だ。

 ここは、打って出るか。


「……!勇者様……?」

「テナー。俺にも、その弱さを分かち合わせてくれないか」


 俺はテナーの肩に手を添え、人肌の暖かみを人の暖かみと錯覚させてから、彼の泣いた原因を訊ねた。

 嫌な気分を一旦吐き出させてしまう事と、今後その傷に触れないように知っておく事にしたのだ。


(相変わらず下衆いな)


 お前俺の行動に毎度『下衆い』って言えば良いと思ってるだろ。


(そうだが?)


 良し。今後突っ込むのは控えよう。


「勇者様……。ありがとう、ございます……」


 テナーは結局涙を零すが、今度は流し続ける事なく、自身で拭って堰き止めた。

 その後、俺のと交わった視線はとても真っすぐなもので、彼は彼なりに立ち直ったようだ。


「僕は、8歳の時にお母様を亡くしました。体の弱い人だったので、子供を産めた事も、僕をそこまで育てられたのも奇跡だったと、お医者様より伺っております」


 立ち直ったテナーは己の涙、その原因を語る。

 母親に関しては俺と似たような境遇であった事実。俺の親近感と同情心を煽る。

 なるほど、上手い語り口だ。


「お父様は僕を放任していました。お父様から直々に何か教わった事はなく、一緒に食事をとった事もありません」


 統治からして酷い前領主だったが、子供の教育まで酷い奴だったとは。よく領主に成れたし、よく親父に復讐されるまで生きていたものだ。


「ですから、その……。家族というモノに、僕は飢えているんです」


 テナーが恥ずかしながら明かした自身の気持ちで、俺は真実に至った。


「そうか。俺が兄弟なんて言うものだから、その気持ちを揺り起こしてしまったのか」


 家族を欲する気持ち。

 俺の親父を疑似的な父親に見立て、どうにかやり過ごしてきたテナーの欲求。

 俺の不用意な一言が、その欲求の蓋を開けてしまったのだ。


「でも、それならなおさら我慢は良くない」

「……え?」

「テナー。己の欲求に見て見ぬ振りをするのは、とっても辛い事なんだ」


 全開放も醜聞が悪くなってしまいかねないが、完全封鎖は己の心を鬱屈とさせてしまう。

 適度に欲求を晴らし、適度に欲求を抱えるのが、人として最高の生き方だ。


(……)


 目の前でそんな耳を疑っていても、俺は取り合わないからな。


「それが辛い事、君が一番よく分かっているだろう?」

「そう、ですね……。とても、辛いです……」

「なら、やっぱり俺たちは兄弟に……。いや、家族になるべきだ」


 俺とテナーが家族になる。話は、最終的にそこへ戻るのだ。

 彼の欲を満たす事ができ、俺も領主の兄として色々特権が得られる。

 双方に利益があり、損はない。

 なんと美味しい話なのだろうか。


「良いん、ですか……?こんなに弱い僕が、勇者様の弟になって……」

「テナー、『テノール』だ。俺の事は、『テノール』と呼んでくれ」


 俺は是が非でも押し通す。

 お前この現状で拒否しても義兄弟になったと言って回るからな。


(やり方が下衆い)


 煩い。


「良いん、ですか……?バリトンさんの、息子になって……」

「構わない。むしろ、こちらから頼もう」


 バリトンも、俺も、進んでテナーを迎え入れていた。


「う、うぅ……っ!ありがとう……。ありがとう、ございます……!」


 最後も涙を流す結果になったが、その意味合いは、全く違うモノに変わっていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ