第七節 トータン現領主
「ご主人様、テナー・トータン様がお越しです」
扉越しに女性の声がした。
俺を出迎えた侍女とは違う声だ。
「ふむ、もうそんな時間か。……まぁ良い。すぐにお通ししろ」
親父は俺に一瞥くれてから、扉越しの女性に指示を出した。
俺を一瞥したのは、本性を晒していた態度を改めさせるための注意か。
さすが親父、用心深い。
親父の注意に従い、態度と同時に姿勢を改めた。
親父も仕事の態度に改めるため、執務机の方で椅子に腰かける。
それから程なくして、また扉が叩かれた。
「鍵は開いている」
今度は客人が来た合図のそれだったようで、親父は応対の準備ができている事を示し、侍女にその扉を開けさせる。
開けられた扉の先に居たのは翡翠色の瞳を持つ侍女と、10代前半の少年だった。
「失礼します、バリトンさん。少しご相談したい事が……。え……?」
その少年は俺を視界に入れた瞬間、抱えていた紙束が彼の腕から零れ落ちた。
意外だったのだろう、勇者がこの場に居る事が。
「あわ、あわわわわ……」
「ふ……。テナー、お前にも年相応の部分があるのだな」
「笑わないでください!」
必死に落とした紙束をかき集める少年は、鼻で笑われた事に噛みついた。
それにしても。この子供が現トータン領主、テナー・トータンなのか。
この子の父である前領主が酷い統治者だったとはいえ、若くして親を亡くしてしまったのはなんとも哀れだ。
「え、えと、その。では、ご、ご相談の方を」
紙束をかき集め終えたテナーは仕事に移ろうとするが、俺の事がとても気になるらしい。
彼の目が頻繁にこちらへ向けられる。
「仕事に集中できないなら、まずはその原因から取り除くべきではないか?」
「あ、あの……。良いんですか……?」
「構わんよ」
親父は暖かな眼差しで、テナーに仕事の中断を許可した。
何故だろう、俺と一緒に暮らしていた時より父親をしている気がする。
「そ、それなら……。すみませんが、そちらの方は?」
「私の息子だ」
「と言うと……。本物の、勇者様……!」
現実感がなかったのだろうか。親父から明確に答えを得て、テナーはやっと目の前に居るのが勇者であると確信した。
彼はその頬を興奮で赤く染め始める。
「あ、あのあの!僕、テナー・トータンと言います!14歳ですけど、バリトンさんや従者たちの手も借りて、どうにかトータンの領主をやっています!」
「初めまして、テナー君。俺はテノール。ご存知だろうけど、勇者の称号を頂いているよ」
「はい、はいっ!存じてます、勇者テノール!」
俺が差し出した手を飛びつくかの如く両手で包み込んだテナー。
男だけど、こういう若い子から純粋に慕われるのは、悪くない。
(え、お前そういう趣味もあんの?)
どういう趣味だよ。
「わぁ、わぁ!本物、本物だ……。親切で、優しくて、人々の平穏を望む、あの勇者テノールだ……!」
本人が居るというのに、テナーは抑えられないようで感動と共に勇者テノール評を漏らしていた。
そんな感動している少年の視界外で、親父はその評価に眉根を歪ませている。
いや、俺らしくない評価を得ているのは重々承知だが、そんな違和感を覚える程なのか。
(それ程だろうよ)
否定はしづらいところだが、エクスカリバーに言われると腹が立つ。
まぁ、ここで反論するのは大人げない。
おれは大人しくその意見を受け入れる。
「えっと、えーっと。何か、何か話題……」
テナーの方は俺との会話を続けるべく話題を探しているが、感動しすぎているために考えが纏まっていない。
こういう時は先導してやるのが、できる男というもの。ならば、できる男である俺が先導してやるのだ。
「父上の手を借りている、というと、統治について教えを受けているのか?」
「は、はい!バリトンさんは歴史や地理、魔術学だけでなく統治にも造詣が深く、多くの事を学ばせてもらっています。統治以外でもお世話になっており、バリトンさんにはとても感謝しています」
少し落ち着いたのか、テナーはよどみなく素直に感謝を言葉にした。
それにしても、なるほど。親父が父親然とした態度で接しているのはそういう事か。
親子のように親近感を抱く関係を若き領主と構築し、自身の手籠めにして、間接的にその領地を治める。
我が父ながら、なんと賢くも恐ろしい計画か。
(……こんな捻くれた息子が居たら、素直な子供くらい欲しくなるわな)
なんか言ったか。
(何にも言ってねぇよ)
不名誉な扱いを受けたように感じたが、それよりもだ。
親父の計画、俺も乗らせてもらわない手はないだろう。
相手は領主。お近づきになって悪い事はない。
「そうか、父上の世話になっているのか。なら、俺と君は同じ人間の世話になった、兄弟のようなものだな」
「兄弟ですか!?僕と、勇者様が!?」
「そうだが……。嫌か?」
「いえいえいえいえ!嫌じゃないです、嬉しいです!勇者様と兄弟になりたいです!」
素晴らしい。相手も乗り気なら、俺は罪の意識に苛まれずとも済む。
「それじゃあ、これは兄から弟への贈り物だ。受け取ってくれ」
言葉だけでなく形として兄弟である事を示すために、俺は懐からあの認識票を模した首飾りを取り出し、テナーに手渡した。
こうして、俺とテナーの間に兄弟の絆が結ばれるのだ。
(邪気が滲み出てんぞ)
出てないが。
「ありがとうございます……!これで、勇者様、バリトンさんとも、本当の……家族みたいに……」
テナーは不意に涙を溢れさせた。
その涙は感動によるものではなく、悲しげな物であり、俺にとって予想外の代物であったのだった。




