第六節 彼らはそうして成り上がる事にした
帰郷の旅路、その残りはカウたちが加わったのもあってか、平穏に過ぎ去った。
ホーオに着き、カウたちは冒険者組合ホーオ支部で依頼を受けると、パースは親子の再会に水を差したくないと、それぞれの理由で別れている。
俺は当初の目的通り、父親が構えた新居に訪れた。
そこにあったのは豪邸。バリトン邸と呼ばれているから、親父の新居であるのは確かなのだが、最初は目を疑った。
邸宅に上がれば、豪邸に相応しい美人な侍女、珍しい赤い瞳も相まって神秘的な女性が俺を出迎える始末。
事業で成功したのは知っていたが、だからと言ってこの成果は驚きだ。
そんな驚きを内に秘めたまま、俺は侍女に父の執務室へと案内された。
「父上、お久しぶりです」
「なんだ、その口調は。気持ちが悪い」
互いに応接用の椅子へと腰かけた開口一番。父親に気持ち悪がられるという、まさかの事態である。
「父上、俺はもう農民ではなく勇者なのですから。礼節を弁えねばならないのです」
「この部屋は聞き耳を立てられぬように防音を徹底している。扉には鍵も閉まっているし、ここに来る前の廊下を見ただろう。あそこも、廊下に踏み入る時点で侍女の許可が居る」
恐ろしいまでの盗聴対策だ。
さすがは俺の親父である。
「そうか、なら以前通りで。俺も肩肘張るのは疲れるんだ」
という事で、俺はこの場に限り、本性を晒す事にした。
「勇者なんぞになるからだ。余計なしがらみが多い。方々に走らされている事からすると、王命で振り回されているんだろう」
あまりにも的確な推測に、俺は苦笑を浮かべるしかない。
「正直、私は後悔している。お前を建国記念祭に連れていくべきではなかった。そうすれば、お前は勇者にならず、堅実な道を歩めたはずだ」
「だが、俺は一刻も早く成り上がらなきゃいけなかった。事業の元手を俺から借りた親父なら分かるだろう」
子から金を借りてまで、親父は成り上がろうとしていた。
勇者になって手っ取り早く名誉を得ようとした俺の事を、親父が理解できないはずがない。
「お前は、忘れられないのだな。お前の母、私の妻の死が」
「忘れられる訳ないだろ?あんなくだらない死因、忘れられるか……」
俺の母は、風邪で死んだ。風邪を治す体力すらなかったのだ。
元から比較的体の弱かった母は、当時の過酷な労働環境に耐えられなかった。
おかげで体を壊し、金がないから医者にもかかれず、栄養のある食事もとれず、そのまま死んでしまったのである。
「親父は忘れたって言うのか?」
「誰の妻だと思っているんだ。私は今でも妻の事を愛している。だからこそ、再婚はしていないし、娼婦で我慢している」
「最後の一言で全て台無しだ!!」
よくもそんな貞操観念で『妻の事を愛している』と抜かせたものだ。
「そう言えば、ある魔物の国にはサキュバスの娼館があると聞く」
「もう何も我慢してないだろそれ!!欲望が漏れてんぞ!?」
「冗談だ」
真顔だから本当に冗談なのだろうけど、どこから何処までが冗談だったのだろうか。
『妻の事を愛している』という部分から冗談だったら、俺は殴っても許される。
「しかしだ。成り上がりたいという思いは理解できるが。何故成り上がろうとしている?もしや、復讐など考えていないだろうな」
「そんなくだらない事は考えてない。ただ、楽に生きるには金と名誉が必要だって、悟っただけだ」
「ふむ、なら良いが。それにしても、勇者という選択は賢くないな」
「くっ」
痛いところを突かれ、俺はうめくしかなかった。
勇者となった後だからこそ、この選択が賢くないそれであると、俺は身を以て知ってしまったのだ。
こんな王様の小間使いになるなら、親父の事業でも手伝うのだった。
そんな選ばなかった道に憧れても、虚しさが積もるばかりである。
「そ、そういう親父はどうなんだよ。親父は成り上がって、誰かに復讐するのか?」
「復讐なら、もう果たした」
「……親父、それはどういう意味だ」
怒りを滲ませる親父の顔が、言葉に真実味を付与していた。
穏やかな話ではない。実の父親が殺人事件を犯しているなど、風聞が悪い。
それに、昔から堅実な人であった親父が、感情に任せて人を殺したのだ。
余程恨みを抱く事件があったのか。
「トータン前領主の死因は聞き及んでいるか?」
「いや。……親父、まさかだよな」
この流れで死んだトータン前領主が出てくるという事は、親父が死因に少なからず関わっているのだろう。
動機は、単純だな。
妻に無理な労働を強いた事。それを、親父はずっと恨んでいたのだ。
「私の行っている事業は?」
「……は?」
どうして急に親父の事業へと話題が移るのか。
俺には全くと言って見当が付かない。
「良いから、答えてみろ」
「……酒造だろ?確か、林檎を使った酒の開発に成功したんだったか」
葡萄酒しか出回っていないこの世の中で、親父は新たな酒、林檎酒というのを世に送り出した。
新しい物というのもあってか、これが恐ろしい程売れ、数か月にして金持ちの仲間入りを親父は成し得たのである。
事業を始めるために俺から借りた金も、すでに倍額で返済済み。
頭の良い人なのは周知の事実だったとしても、これ程までとは予想すらしていなかった。
我が親ながら、何処かとんでもない人である。
「それで、酒造がどうしたんだ」
とんでもない事はとんでもない事だが、復讐との繋がりは見いだせない。
「大量の林檎酒を前領主に献上したんだ」
「おい、ちょっと待て。それって……」
「前領主は献上した酒を一夜にして飲み干し、中毒で亡くなった」
「……」
毒でも盛ったのかと思えば、毒は毒でも中毒だった。
酒には中毒性があり、短時間で大量に摂取すると急性中毒で死に至ると言う。『主神スタッカート』が残した、偉大なる知恵の1つだ。
「馬鹿だったのか?前領主」
「酒好きである事は調査済みでな。慢性中毒で失脚させようとしていたんだが、そんな手間もいらなかった」
元々貶める気はあったようだが、まぁ、嬉しい誤算だろう。
「急性中毒で死んだため、本人の責任問題という事で私はお咎めなし。むしろ、前領主に頭を抱えていた者たちから揃って頭を下げられた」
「……」
前領主、親父が居なくても殺されていたかもしれない。
「そうして私は復讐を果たし、前領主を嫌っていた貴族には気に入られ、事業は成功し、おまけにトータン領現領主の相談役にもなった訳だ」
「ん?相談役?」
聞き慣れない単語に、俺は首を傾げた。
領主の相談役とは、いったいどういう事なのか。
その質問について親父が答えようとした時、扉を叩く音が響く。
「ご主人様、テナー・トータン様がお越しです」




