第三節 逃避行
まだ日の出の眩しい日が差す時間。俺はパースにもう馬車を出してもらい、故郷であるトータンの都市・ホーオへ向けて出発していた。
「いやぁ、こんな早朝に出立だなんて。随分と急いでいるんですね、テノールさん」
「……すみません、急かしてしまって」
「いえいえ、良いんですよ?親に会えるとなれば、そりゃあ急ぎますよね」
早い出発をパースから詮索されるが、俺は明確な答えを言わなかった。
だが、怪しまれてはいるだろう。このまま黙秘を貫くのは疑いを増やしてしまう。
ならば、逆に探ってみよう。
「……実は、少し嫌な感じがしたのです」
「嫌な感じ、と言いますと?」
「誰かに見られているような、何かを探られているような……。そんな視線を感じてしまったのです」
「……『誰かに見られている』、ですか。まぁ、勇者なんてのはみんなが見てますからね」
こいつ、明らかに『何かを探られているよう』については触れなかった。
もしや、何か知っているのかもしれない。
「パースさんならご存知ではありませんか?勇者を探るような方々。例えば、俺の弱みを握ろうとする輩とか」
「……そうですねぇ。正直に言いますと、勇者について良く思っていない方々は、多少なりいらっしゃいますからねぇ」
やっぱり、何か知っていた。
この男、最上位回復薬の仕入れ先を知っていたりするし、案外情報通だな。
「具体的には」
「どこも進んで貴方を排除しようとしていない、という前提で聞いてほしいのですが。例えば、ナンタンのとある貴族は別の勇者を擁立しようと、何やらしているようでして」
え、何それ。さっさと擁立して俺の代わりに勇者してほしいんだけど。
でも、それは不可能ではないだろうか。
「勇者の擁立は簡単ではありません。勇者とは本来、偉業を成し得た結果にそういう称号を貰うものです。抜いただけで勇者と認められる聖剣は、ラビリンシア王家に伝わる聖剣エクスカリバーしかありませんよ」
勇者と呼ばれた偉人たちは、功績を以て勇者と称えられていた。
聖剣エクスカリバーの使い手とされている建国王アルトだって、魔王を撃退したから勇者という称号を得たのだ。
「テノールさんが聖剣を抜いただけの勇者かはさておいた。実はですね、あるんですよ。もう1つ聖剣が」
「あ、あるんですか……。もう1つ」
「ナンタンに残る伝説では、の話ですが」
俺は語りの落ちに思わず肩を落とす。
現実にはありもしない聖剣を伝える伝説など、世の中にたくさん出回っているのだ。
「テノールさんはただの作り話だと?」
「伝説に残されている聖剣は、ほとんど未発見ですからね。そのとある貴族が探している聖剣も、そういう類ではありませんか?」
「お察しの通り。どこに行ったか分からず、探してるみたいですね」
予想通り、そんな締めだ。
ありもしない聖剣を探して勇者になる、または勇者を擁立するなどと言う、作り話に踊らされる者のなんと多い事か。
「いやいやいや、そんな落ち込まず。ナンタンで語り継がれている聖剣は、実在の可能性があるんですよ」
「……詳しく聞きましょう」
実りのない話だが、暇潰しには良いだろう。
俺はパースに先を促した。
「聖剣の名はデュランダル。かつて『鍛冶神アチューゾ』が、『武神エフエフ』のために製造したと言われる一振りです。そして、ナンタンのとある貴族は『武神エフエフ』の窮地を助け、そのお礼として聖剣デュランダルを頂いたとか」
なんとも疑わしさしかない伝説だ。
まず、『始まりの六柱』が2柱も出てきている時点で疑わしい。
『鍛冶神アチューゾ』は聖剣や伝説の武器を語る時、必ずと言って良い程登場する。
『鍛冶神が作った』とか『彼を師事した者が作った』とかは、最早伝説の武器の決まり文句だ。
『聖剣エクスカリバーも、実は鍛冶神の制作物ではないか』と、噂される始末である。
伝説らしく話を盛りたいのは分かるが、鍛冶神の名前を使いすぎだ。
使われすぎて逆に希少性が薄まっている気がしてくる。
次に、『武神エフエフ』の窮地を助けた点だ。
かの神は戦いにおいて無双を誇っていた事が語り継がれている。
そんな神がいったいどんな窮地に陥ると言うのか。
窮地に陥ったとしても、勇者ですらない人間に助けられはしないだろう。
続いて、聖剣デュランダルを頂いた点だ。
何故、『鍛冶神アチューゾ』に作ってもらった自分用の得物を、『武神エフエフ』が他人に譲るのか。
最高の鍛冶師である『鍛冶神アチューゾ』の一品である。手放す奴なんて居ないだろう。
最後に、頂いたそれを探している点。
お前、もうそれ元からなかった物を、さもあったかの如く嘘吐いてるだけだろ。
嘘じゃなかった、そんな大事な物を失くすなって話になるぞ。
以上の4点により、ナンタンの聖剣デュランダル伝説は信憑性に乏しい。
「はぁ……」
そんな聖剣を探しているなんて馬鹿な話に、俺はつい溜息を漏らしてしまった。
「テノールさんは勇者が少ない事にご不満ですか?」
「ええ、まぁ。多ければ良い訳でもありませんが、人手が多いに越した事はないでしょう」
増えた分に応じて俺の取り分が減ってしまうだろうが、そんな事より使い走りを誰かに肩代わりしてもらいたい。
俺は自由に旅して自分勝手に悪を裁き、甘い汁を美味しく吸っていたいのだ。
「なるほど、そうですか。確かに、民を守る戦力は多く欲しいですね」
パースは都合良く解釈してくれたので、俺はそのまま放置する。
そんな世間話で費やす1日目。
帰郷の旅は、まだ続く。
〈用語解説〉
『鍛冶神アチューゾ』
…『始まりの六柱』、その中で鍛冶を司る1柱。現存する武器の原型はかの神によって作られたとされる、人類史最初にして最高の武器鍛冶師。武器以外の金物も製造できるが、何よりも武器製造に情熱を注いでいた人物である。教えは「そんな事より武器作りだ!!!」。
『武神エフエフ』
…『始まりの六柱』、その中で武闘を司る1柱。剣に槍、弓に手裏剣、使えない武器はなく、継がれている全武術の源流はかの神にあるとされている。しかし、本当の得物がなんなのかは分かっていない。彼の手記らしき物には『あれが欲しい、あれ。リボルバーと剣が一緒になってるやつ』と書き残され、その紙の端には『ふざけんな』と書き殴られていた。「エフエフ」という名は「フォルテッシモ」を楽譜で「FF」と表記するところから来ているという説が有力である。教えは「心・技・体」。




