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100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者  作者: 霖霧 露
第一章~勇者(?)の受難、それと女難~
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第二節 下衆だが行いは良い

「聞き捨てなりません!」


 ルーフェ様が俺の休む一室へと飛び込んできた。

 それはあまりにも唐突であり、俺が予期できた事態ではない。

 そして、予期できなかった上に、非常に(まず)い。

 状況から察するに、ルーフェ様は俺の言葉を聞いていたのだ。


「る、ルーフェ王女殿下!い、今のは違うのです!俺は決して―――」

「テノール様が一人無力に苛まれていたのは知っています!」


 ……は?


「貴方様は多数を救うも少数を取りこぼしてしまった事、いつも嘆いていらっしゃるのは知っています」


 待て、何をどう解釈されたらそうなる。


(オレとの思念会話は聞かれてねぇだろ。オレがお前にしか伝えてねぇし、お前の思念はオレしか読み取ってねぇ。聞かれたのは途中で漏れてた叫びくらいだぜ、テノール)


 なるほど。つまり俺が漏らした叫びだけ拾い集めると、俺がまるで無力を嘆いていたかのようだったと。


「ですが、貴方様が居なければ、その多数すら救えなかったのです。貴方様が勇者に相応しくないなど、救われた多数はおろか、取りこぼした少数も思ってはいないでしょう」


 良し、推測は当たっているみたいだ。

 奇跡だな。日頃の行いが良いおかげか。


「胸をお張りください。テノール様は、誰もが憧れる勇者様なのですから」

「いいえ。いいえ、ルーフェ王女殿下。それでは駄目なのです。それでは、犠牲となった少数が報われない」

「テノール様……」

「俺だけでも……俺だからこそ、犠牲となった少数を忘れてはいけないのです。失敗を胸に刻み、次こそはより良い結果をと、次こそは全てをと……自らを戒めなければならないのです」

「ああ、テノール様。貴方様はどうして……どうしてそれ程までに清らかであれるのでしょうか!」


 ルーフェ様が感涙しておられる。演技は完璧だ。


「ですが、確かに勇者として胸を張らなければ。(かげ)る勇者の姿など、民衆の不安を煽ってしまいかねない。ですのでどうか、どうかここでの事はご内密にお願いいたします」

「……ええ、承知いたしました。テノール様がお嘆きになられている事は、わたくしの胸にのみ秘めておきます。ですから、時折は、その嘆きをわたくしへ打ち明けてください」


 ああ、なんて清らかな乙女なのだろう。

 勇者に尽くそうとする健気さ。国王も見習ってほしい。


「いつかは、殿下の胸をお借りしたく思います」

「いつでもお貸しします。わたくしは、待っていますから」


 ルーフェ様マジ健気。

 今すぐその胸に顔面埋めたい。胸を借りるってそっちの意味じゃないけど。


「ルーフェ王女殿下、そろそろお時間が」

「まぁ!もうそんな時間が!すみません、テノール様。わたくしはお暇させていただきます」

「今度は時間のある時にでも、ごゆっくりと」

「はい!」


 ルーフェ様はお付きの侍女に連れられ、一室から出ていく。

 予断を許さぬ状況ではあったが、心温まる一時であった。


「ん?」


 一室から離れていく彼女を見送った後、床でキラリと輝く何かが目に留まる。


「これは……魔術石?」


 『エイゴ』という魔術式に使われる言語が描かれた水晶玉。何の魔術が描かれているか判別できないが、魔術石で間違いなさそうだ。


 魔術石は農村にまで普及しているため、それ自体は珍しい物でもない。

 よくあるのが照明魔術石か。

 それは照明魔術の魔術式が描かれ、燃料となる魔力が込められた魔力石と一緒に魔道具に装填すれば、ランプとして使う事ができる。


 魔術石に魔術式を描くのも魔術師、魔力石に魔力を込めるのも魔術師。

 魔術師の才があれば、まず食うには困らない。

 魔力込めるだけなら、それこそ魔術師入門書を聞きかじればできるらしい。

 まぁ、その才能が割と稀有なのだが。


(しかし、こんな所になんで魔術石が……)

(描かれてるのは見る限り照明魔術や水生成魔術、加熱魔術でもなさそうだな)


 エクスカリバーも見覚えがない代物らしい。

 これは案外、王宮に立ち入れる上位貴族の落とし物かもしれない。


(貴族のお嬢様とかだったら、これはお近づきになるのに使えるかもしれないなぁ)


 俺は仕方なく、本当に仕方なく、落とし主が現れるまで持っている事にした。


(相変わらず下衆だな。王宮に立ち入れるのは王族に重臣とその親族。城に勤める侍従を含めたって全体数は男の方が多いだろ)

(うるさい、男の夢を砕くんじゃない)


 可愛い娘とお近づきになりたいだなんて、世の男どもは誰でも考えている事だろう。なら、男である俺がそんな考えを持っていけない訳がない。

 それに、これは善意だ。

 王族、重臣、それらの親族、侍従。国王に類する者らと国王に仕えている彼彼女らなら、貴族の中でも間違いなく上位である。

 そんな者たちの持ち物なんてほとんどが高級品。下手な人間に渡そうものならすぐに売り払われてしまう。

 だから、金に目が眩まないこの俺が保管していようという事なのだ。


(口実が上手いこって)


 呆れ返ったのか、エクスカリバーはその思念体を消して聖剣に引っ込んだ。


 多少腑に落ちないが、静寂は手に入れた。

 夕食までは時間がある。少し読書にでも励んでいよう。

 武に秀でて学もあるとなれば、寄ってこないお嬢様は居まい。


「あれ……。ここの照明、また魔力が切れてるのか」


 読書のために手元を照らそうと照明魔道具に触れるが、その魔道具が光を灯す事はない。

 不良品なのか、この照明魔道具は燃費が悪く、高い頻度で魔力石の魔力が切れている。


「侍従に言って魔力石を取替え……。いや、もう魔道具をあいつに直してもらうか」


 知り合いの魔術師に会う良い機会だ。それでこの不良品も直るのなら1つの行動で2つ得する。


 俺は今度、魔術師に会って魔道具を直してもらう事にしたのだった。


 それが、恐ろしい真実を暴く事になるとも知らずに。

〈用語解説〉

『魔術式』

…魔術を使用するための特殊な文章。通常、魔術を行使する時はその魔術式を詠唱するか、魔術石へ事前に刻んでおくかしければならない。『始まりの六柱』、その1柱である『魔神ダ・カーポ』が遺した技術である。


『エイゴ』

…魔術式の構築に用いられる言語。統一言語(普段話されている言語)とは違う。『始まりの六柱』、その1柱である『魔神ダ・カーポ』が生み出した言語とされている。

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