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第二節 もう逃げるしかない

「だからこそ、貴公の働きに褒賞を賜そう。勇者テノールよ、貴公に(いとま)を与えよう。故郷への帰路には、そこのパースを使うと良い」

「王命、承りましてございます」

「ありがとうございます、国王陛下、パースさん。休暇中も俺の手が必要でしたら、いつでもお呼びください。それでは、帰りの支度を整えますので」

「うむ。退出を許す」

「失礼しました」


 バーニン王から休暇をもぎ取った俺は、王の執務室から出ると同時に、握りこぶしを小さく掲げ、その成果を喜んだ。

 これは最早偉業だ。あの勇者を使い走りと勘違いしている国王に、俺は勇者も疲れを知る人であると分からせてやったのだ。


「さてと。休暇を取れたのもそうだが、王都から離れる理由も作れた」


 今回、故郷に帰る意味は2つある。

 休暇という意味も当然あるが、本命は、どちらかと言うと王都から逃げる正当な理由付け、という意味だ。

 で、誰から逃げるかと言うと――


「て、テノール様!お待ちしていました!」


――このルーフェ様からだ。

 俺が自室の扉を開ければ、ルーフェ様が俺の頼み通りにその部屋で待っていてくれた。

 言葉が(つか)えたり、頬が赤かったりするのは、決して俺が来る直前まで、俺の自室で何かしていた訳ではないだろう。そうであれ。


「お忙しいところ、申し訳ありません。どうしても、ルーフェ王女に話したい事がありましたので」

「まぁ!いったいどんな話をしていただけるのかしら」


 裏で盗聴をしていたとはいえ、この純粋に期待する女性を曇らせるのは忍びなかった。


「……まずは、こちらをお聴きください」


 しかし、俺は鉄の意志を以て、再生魔道具を起動する。

 装填してある録音魔術石は、盗聴の犯人を盗聴し返した、俺の希望を打ち砕いたあれだ。


〈すぅぅぅ……、はぁぁぁ……。ああ、テノール様の残り香……。ルーフェは、ルーフェは……。ああ……。はっ、いけません。早く録音魔道具を回収しなくては〉

「……っ」


 録音されていたルーフェ様の声が再生され、聴かされた声の主は、俺の目の前で顔を青くした。

 予想外の事態に思考が停止し、体も固まったようだ。

 俺は追い打ちをかけるように、彼女が仕掛けた照明兼録音二重魔道具を手に取り、再生魔道具の隣に置く。


「こ、これは……」


 言い逃れの言葉も発せられないルーフェ様は、ただ見開いた目で、俺を凝視した。

 これがクソ野郎だったら満面の笑み――


(勇者として駄目じゃねぇか?それ)


――ではなく、勇者らしくないから毅然とした視線を返すのだが。さすがの俺も彼女の顔は見ていられず、俯いてしまう。


「……ルーフェ王女殿下。貴女は、俺の部屋に盗聴器を仕掛けましたね?」

「ち、違うのです……」

「さらに、俺の召し物を盗み、匂いを嗅ぐという、淑女としてあるまじき行為に(ふけ)っていた」

「違うのです、テノール様!」


 応接用の椅子に座っていたルーフェ様が、その椅子を倒してまで立ち上がった。

 焦った様子であるが、すぐにこちらの口を塞ごうとはしていない。

 ならば、様子見だ。次の言葉次第では、俺の対応が変わる。

 言い逃れをしようものなら、残念だが、正室候補から外すしかない。


(えぇ……)


 エクスカリバーが物言いたげだが俺は知らん。


「テノール様、わたくしは……。わたくしは確かに、してはならない事をしました……」


 ルーフェ様は胸を押さえ、曇った表情で懺悔した。

 彼女は、罪を認めたのだ。

 ならば、まだ正室候補であり、情状酌量の余地はある。


(甘すぎじゃねぇ?)


 煩い。容姿と声質は好みだって言ってるだろ。


(あ、ふーん……)


 何か察されてしまったが構わない。

 俺はルーフェ王女を諦めたくないのだ。


「でも、テノール様を貶めようとしたのではないのです!わたくしの盗みは、決して悪意によって行った行為ではありません!」

「……では、どのような?」

「テノール様と離れたくない一心だったのです!テノール様の居ない時間がとても辛くて……。少しでもテノール様の存在を感じていなければ、わたくしはどうにかなってしまいそうで……」


 ルーフェ様は涙を零してしまいそうな程に瞳を潤ませていた。

 彼女の言葉におそらく嘘はない。

 やらかした事は不純が、その心根は純粋だったのだ。

 本当に、やらかした事が事でなければ、もう俺も抱きしめて許してあげたいんだけどな。

 でも、ここで許してしまうと、やらかす事がどんどん発展してきそうで怖い。

 故に、俺はこう返す。


「……分かっていました。ルーフェ王女殿下を悪行に至らしめたのは、きっと俺のせいなのだろうと」


 俺はそうやって、まるで俺が悪いかのように取り繕った。

 これで、相手の良心を揺さぶりにかかる。


「そんな……っ、そんな事はありません!テノール様、貴方様に罪は何1つとして―――」

「いいえ、ルーフェ王女殿下。俺はきっと、貴女には眩しすぎたんだ。だから、貴女の闇を、照らし出してしまった」


 ルーフェ様の言葉も遮り、どこまでも己の罪であるような意固地さを表し、組んだ手で顔を隠し、強い後悔を抱いているように示した。

 どう言葉をかけようと意見が変わらないと、鮮烈に表現したのだ。


「俺は、貴女に近付くべきでなかった……。もう、俺はこの王宮から出ていきます……」


 ゆっくりと席を立ち、自室の扉へと向かった。

 この際に重要なのが、ゆっくりである事だ。

 そうやってまだ躊躇いがある事を、取り返しがつく事を仄めかすのである。


(どの辺りが下衆か、指摘した方が良いか?)


 せんで良い。


「嫌……、嫌です!テノール様っ、わたくしを見捨てないでください!盗んだ物はすべて返します!やった事は全て悔い改めますから!……お願い、します。……なんでも、しますから」


 見事に、しがみつく彼女から『なんでもします』と言質が取れた。


(指摘した方が良い?)


 せんで良いわ。


 エクスカリバーからやっかみはともかく。俺はしがみつくルーフェ様へと視線を移す。

 ……美少女って、泣き顔も悪くないな。


(する?)


 せんで良いと言ってるだろうが。

 ええい、こんな奴に突っ込んでいる場合ではないのだ。


「真に、なんでもできるならば……。やはり、我々は1度別れるべきなのです」

「テノール、様……?」


 俺はルーフェ様と視線の高さを合わせ、互いの顔をしっかりと見つめ合わせ、俺の悲しそうな顔を彼女に見せつけた。

 俺も離れるのは辛いのだと、認識してもらう。

 実際、可愛い子と離れるのは悲しいし辛い。俺のこの思いは演技ではない。


「ルーフェ王女殿下。俺と共に、この離れ離れになる痛みを耐え、そして乗り越えましょう。俺なら、貴女なら……。できるはずだ」

「はい……。はい!必ずや、乗り越えてみせます!乗り越えると、約束します!」

「ありがとうございます、ルーフェ王女殿下」


 痛いのは自分だけでないと分かってくれたルーフェ様が、確かな決意を秘めて、そう誓ってくれた。

 俺は素直に感謝し、彼女の涙を掬う。


 これにて、処置は終了だ。

 後はしばらく離れて、帰ってきた時に病んでいなければ、荒療治は成功だ。


 おっと、これも返しておかないとな。


「では、こちらもお返しします。これは、貴女が使っていた集音魔術石でしょう?」


 ずっと落とし主が現れるまで持っていた魔術石、以前に自室のすぐ外で拾ったそれを、俺はルーフェ様に差し出した。


 俺の自室は王宮の一室だけあって、扉に耳を当てた程度では中の音が正確に聞き取れないのだ。

 それだというのに、ルーフェ様は俺の言葉を聞き取り、反論しに突撃してきた事があった。

 そして、ブレンダにルーフェ様の照明兼録音二重魔道具を解析してもらった時、最初に集音を疑っていた。

 つまり、集音魔術石はあり、ルーフェ様は俺の言葉を盗み聞きするために用いていたのだ。

 だとすれば、これ見よがしに扉の傍に落ちていたこの魔術石は、ルーフェ様の集音魔術石なのである。


「え……?いや、あの……。わたくし、集音魔術石はこの通り落としていないのですが……」

「……は?」


 ルーフェ様は懐より魔術石を取り出した。

 刻まれている魔術式は、俺が拾った魔術石と同じだ。

 ルーフェ様が持っているのも集音魔術石で、俺が取り出した誰かの落とし物であるのも集音魔術石。

 その事実が何を指し示すかとすれば――


「他にもう1人、盗み聞きしていた……?」


 俺は、背筋を凍らせるのだった。

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