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プロローグ 息子を思う父

「勇者テノールは魔王軍幹部が作ったダンジョンを攻略し、その魔王軍幹部を撃退したそうです」


 テノールの出身地・トータンのとある屋敷。その執務室で、珍しくも翡翠(ひすい)色の瞳を持つ侍女が、執務机の椅子に座る男へそう報告した。

 その侍女は口で弧を描いているのだが、どこか薄ら寒さを感じる。


「新聞を読めば分かる」


 侍女からのくだらない報告に、男は顔をしかめた。


 この男の名はバリトン。

 勇者として称えられているテノールの父親であり、数か月前までイーストイナッカノ農村で畑を耕していた男だ。

 そんな男が今や豪邸に住み、人を使う立場に成り上がっていた。

 息子が勇者となった故に父親も丁重に扱われている、という訳ではない。

 この立場に落ち着いたのは、この男の実力によってもたらされた成果だ。


「方々を駆けずり回っているようだが、以前の息子なら考えられん。勇者の称号を貰って、適当な悪党どもから正当に金を奪い取ると思っていたが……」


 バリトンは今回のダンジョン攻略について書かれた新聞の紙面を睨み、書かれている息子の行動がバリトンの知るテノールの人格に合っていない事を怪しんでいた。

 そう。この男、テノールの父であるために彼の本性を知る数少ない人物なのだ。

 だからと言って、息子の本性を広めるような事はしない。

 息子の不都合となり得る事を、バリトンは息子を真に愛する故にしない。


「心境の変化があったのではないでしょうか」


 とすると、テノールの本性をバリトンより聞き及んでいるこの侍女は、バリトンに信用されているという事になる。


「随分と曖昧な推測だな。お得意の未来予知はどうした、エメラ」


 しかし、信用というのは正確ではないかもしれない。

 バリトンは、あくまでこの侍女・エメラの能力を重用しているため、信じて用いざるを得ない。

 エメラとバリトンの関係は、とある誓約と契約に基づいて成り立っていた。

 とりあえず、信頼関係には程遠いだろう。


「未来予知ではなく、未来演算です。ご主人様、どうかお間違えのないようお願いいたします」

「情報が足りないからと、もっともらしい言い訳を並べるつもりか」

「事実でありますので。私の力がご主人様の想定に及ばず、真に申し訳ありません」

「ふん」


 エメラはうやうやしくも頭を下げたが、バリトンは鼻を鳴らして謝罪を真面に受け取らなかった。

 演技臭いその動作に一切の謝意など込められていない事を、バリトンは見抜いていたのだ。

 そんな事も見抜けない程、彼女との付き合いは浅くないし、彼女の人格に対して無知でもない。

 信じて用いなければいけないが、疑わずに使うのは問題外であると、バリトンは誰よりもこの女性を把握している。


「仕事に戻れ、エメラ」

「はい、仕事に戻らせていただきます。つきましては、客人がお越しのようですが」

「さっさと通せ。まさか、客人を待たせてはいまいな」

「報告の途中で参られた客人です」


 ここに留まって話していたのに、どうやってその話の途中で客が来た事を感知したのか。

 バリトンはその疑問を浮かべない。

 良くも悪くも、この侍女を重用しているのだ。

 この屋敷中に彼女の魔術が敷き詰められている事も、当然把握している。


 そうして、彼女の言葉通り、丁度執務室の扉が叩かれる。


「ご主人様、お客様がお見えです」

「鍵を今開ける」


 扉越しの侍女に応え、バリトンはエメラに鍵を開けさせる。

 そうすれば、身なりの悪くない男が扉を潜った。


「マニか」

「はい。お久しぶりでございます、バリトン殿。商売の方は繁盛しておりますか?」

「好調だ。そろそろ規模の拡大を検討している」


 扉を潜ったマニと呼ばれる男。彼はバリトンと商売的な取引をする間柄である。


「それはそれは、大変喜ばしい。規模拡大の際は、是非とも我が社の土地、我が社の従業員をご贔屓に」

「成り行き次第だ。検討の段階で口約束はせん」


 商売客への笑みを張り付けたマニに、バリトンは言質を取らせなかった。

 言質を高に、後々揚げ足を取られるのは御免なのである。


「実に堅実ですね。少し残念ですが、その件はまた後日。まずは、契約延長について。現在お貸ししている土地と従業員。それらをまだまだお使いいただけるのであれば、こちらの契約書へ署名をお願いしたいのですが」


 マニの懐から出されたのは、文字が詰め込まれた複数枚の紙。マニとバリトンが交わしている貸与契約、それの細々とした取り決めが追求された契約書だ。


「署名した後、返送いたしましょう」

「そうですか。では、私はこの辺りで」

「ご足労、感謝する。誰か、見送りを」


 親密さのない商売人的やり取りであったが、バリトンは礼儀を忘れず侍従を見送りに付ける。

 それが善意だけの態度であるかは、マニの背中に注いだ鋭い視線が答えだ。


「全く、手間をかけさせる。なんだってこんな契約書を分厚くするのだ」


 バリトンはマニが退出して部屋から離れたのを確認すると、マニが置いていった契約書を手に取り、辟易とした気分を溜息として吐き出した。

 毎度毎度、こんな契約書を隅々まで読まなければいけないのだから、そうもなるだろう。

 隅々読まずに署名すれば、不利益な契約を結ばされかねない。


「商売への誠実さが窺えますね」

「心にもない事を言うんじゃない」

「滅相もありません。本心から述べております」

「では皮肉か」


 バリトンの詮索に対し、エメラはただ微笑むのみ。

 無駄な事をしたと、バリトンは会話を止めて契約書を読み始めた。


「ご主人様」

「今度はなんだ」

「テノール様からの手紙が届いております」

「何故貴様はそれを保留していたのだ!」


 エメラが差し出した手紙を、契約書も後にしてかすめ取る。

 久々に届いた息子からの手紙。バリトンにとって最優先すべき事項を先送りにされていたのは、あまりに腹立たしい。

 だが、それらしい弁論をエメラが準備していると分かりきっているので、怒号1つに留めて説教もせずに手紙の封を切った。

 そうしてバリトンは、貴族文化を考慮した冗長的な文章を省き、重要な部分だけを読み取る。


「……近々帰るだと?あいつめ、何かやらかしたか」


 テノールの帰省に、バリトンは嫌な予感を覚えるのであった。

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