第二十四節 知りたくなかった真実
犯人の証拠を掴むための録音魔道具回収は、掃除の終わりが日暮れとなってしまい、次の日へと先送りにされた。
そんな時間にブレンダの下へ訪れるのは相手にも迷惑だし、変な噂が立つかもしれないのだ。
という事で、体を充分に休めて次の日。
俺は朝食も優雅にいただいた後、ブレンダの自室(もはや研究室)に向かったのであった。
「念のため調べたが、やはり犯人の魔道具はしっかり魔力石を取り換えられてた。まぁ、これだと魔力切れに気付いた侍女が、親切にも取り替えてくれただけ。証拠としては使えない」
「となると、やっぱりこちらの魔道具を再生してみるしかないんですね」
俺とブレンダは、複製した魔道具を見つめる。
正直、これで証拠が得られるかは半々だ。犯人が無音で犯行に至る手練れだった場合、この魔道具は意味を成さない。
それが分かっているからか、ブレンダも恐る恐るな手付きで魔術石を取り出し、再生魔道具に装填した。
魔道具を起動すれば、何かしらの音は再生されるはずだ。
「……起動、しますね」
「……ああ」
ブレンダも俺も固唾を呑み、耳をすませた。
序盤の方はもちろん、俺がダンジョンへ向かう準備をしていた時の音が聞こえる。
録音魔術が正常に機能していた事を確認し、ブレンダは再生時間を少し飛ばす。
問題の音が聞こえてきたのは、俺が玉座の間に呼び出された時間から、また少し飛ばした辺りだった。
〈ギィィィ……、バタン〉
〈ああ、わたくしはまたこんな事を〉
聞こえてきたのは、静かに扉を開けて部屋に侵入しただろうルーフェ様の声だ。
「て、テノールさん……?これは……」
「……きっと声が似ている誰かだ」
〈すぅぅぅ……、はぁぁぁ……。ああ、テノール様の残り香……。ルーフェは、ルーフェは……。ああ……〉
俺の微かな希望が次の再生音で即座に打ち砕かれた。
「今ルーフェって」
「……いや、盗聴の犯人がルーフェ王女殿下と決まった訳じゃない」
「でも、残り香って。これ、匂いを嗅いでたんじゃ……」
「きっと異臭がしないか確かめてくださっただけだ!」
俺は必死だった。砕かれた微かな希望から、まだ希望があるとその欠片に縋るくらいは必死だった。
勘弁してくれ、唯一の癒しがまさかだよなぁ!?
(ぷ、くく……。まだだ、まだ笑うな、オレ……)
おい、何噴き出しかけてんだこの駄剣。
「そ、そうだよね。とりあえず、犯人を特定しないと」
〈はっ、いけません。早く録音魔道具を回収しなくては〉
ブレンダが犯人特定へ意識を割いた途端、犯人は特定された。
相変わらず、聞こえてくるのはルーフェ様の声だ。他の声が混じったりもしない。
「……あの、テノールさん?」
「きっと止むに止まれぬ事情があったんだ!そうに違いない!」
ブレンダももうかわいそうなモノを見る目になっているし、俺も自分で言っておいてそんな都合の良い事があるとは思っていない。
でも、願わずには居られなかったのだ。
バーニン王に扱き使い回される役職へと成り下がった勇者になっても、ルーフェ王女を救った事だけは、こんな勇者になっても悪くなかったと。そう、思ってきたのだ。
そう思い続けなければ、こんな勇者という名の使い走りなど、やってられなかったのだ。
〈ふふ、ふへへ……。テノール様のお声ぇ……。ふへへへへへ……。テノール様の匂いぃ……。ああ、残されたお召し物も、全て、全てわたくしの物ですぅ……〉
……。
〈辛抱なりません!テノール様のお使いになっているベッド、テノール様の寝汗が染みたシーツ……。これです、これなんです!わたくしは今、テノール様の匂いに包まれ、さながらテノール様の抱擁を受けているかのよう!!〉
…………。
〈ああ、ああ!テノール様、テノール様ぁ!!あ、あああ―――〉
俺は、再生魔道具を無言で叩き壊した。
(ぶっ、くははははははははははははははははっ!あー腹いてぇぇ!くくっ、マジ駄目だこれ、マジ最高ぉ!あはははははははははははははは!)
エクスカリバーが哄笑を高らかに響かせているが、俺はそれに対して突っ込む気力がない。
何もする気が起きない。何もやる気が湧いてこない。
もういっそこのまま、手を組んで沈鬱としている夢破れた勇者の像となり、芸術史に刻まれる石像となりたい。
「そ、その……。テノールさん……?これは、きっと、えっと……。恋心が行きすぎちゃった、みたいな……ね?」
ブレンダはあんまりな俺の姿になけなしの慰めをしようとしてくれるが、犯人が犯人、事態が事態だけあって、適切な言葉が出てこなかった。
だが、俺はその不適切な言葉に、一縷の望みを見る。
「そうか、それ程愛してくれてるって訳か……」
「待って、テノールさん!愛は確かかもしれないけど、これは健全な愛ではないですよ!?」
(ついに狂っちまったか、テノール!あははははは!)
俺の思考を省きすぎたか、ブレンダとエクスカリバーには間違った捉え方をされ、正気を疑われてしまった。
「もちろん、このまま受け入れるつもりはない」
こんな愛をこのまま受け入れたら、最悪監禁までされそうだ。
王女という事で、多くの証拠を潰し、露呈しても犯罪を揉み消すくらいするだろう。王女本人か、それとも王女を慮った誰かが。
当然、監禁なんて御免被る。一夫一婦も不本意だ。
容姿や声質は好みだから、正妻はルーフェ様でも構わない。
だが、側室や愛人は欲しい。
(うわっ、下衆……)
俺の血は勇者の血だ。多くの子を儲けて血を絶やさぬようにするのは、むしろ責務と言えるはずである。
「このままが駄目なら、どうするんです?」
「矯正する」
「矯正って、テノールさんはお医者様ではないでしょう?」
「ああ、そうだな」
医学や回復魔術は残念ながら修めておらず、精神医学なんて専門外も良いところだ。
それなら、逆に難しい事をしなければ良い。
「故に、荒療治だ」
俺は、俺なりのやり方で得られる未来、勝利を見据えるのだった。




