第一節 その勇者、下衆につき
「勇者テノールの帰還だ!」
「お帰りなさい、勇者テノール!」
「きゃー!勇者様、こっち向いてー!」
勇者である俺はラビリンシアの南の領地、ナンタンに凶兆ありという予言を受けて査察。そこから問題を無事解決し、ラビリンシア王都ドラクルへと帰ってきた。
王都に住む民衆、及び貴族がわざわざ王都の入り口で待ち伏せ、俺へ拍手喝采を送っている。
お前ら仕事はどうした、特に貴族。
まぁ、俺を美女たちの声援は心地良いので、しっかり手を振り返しておく。後、面倒ではあるが他の奴らにも。
勇者としての人気は稼いでおくに越した事はない。人気が命の商売だ。
そんな人気取りをしているところに、ようやく出迎えの近衛兵が現れる。
俺が予定より早く着いたとはいえ、仕事の遅い連中だ。
1時間前から待機しているのができる仕事人というものだろうに。
そうして迎えの近衛兵に導かれ、雑事は俺に同行していた近衛兵たちに任せ、俺は玉座の間にてバーニン王と謁見する。
「勇者テノールよ、よくぞ帰った。して、ナンタンの凶兆とは如何なるものであったか」
「サースイナッカノ農村付近にある森にて、魔物の増殖が見て取れました。放置すれば、サースイナッカノ農村、ひいてはナンタン領の衛兵でも守り切れずに被害を出す懸念がありました。ので、増殖していた魔物を掃討、及び増殖に関連があると思われる魔道具を破壊しました。詳しい調査報告は、同行した調査員にお聞きいただければ」
「相分かった。貴公の活躍のおかげで、また我が国の平和は守られた。褒賞は後日贈ろう。下がって良いぞ」
「ははっ」
毎回の似たようなやり取りを終え、やっと俺はこの堅苦しい場から解放される。
この国の勇者としてやっていくには王への謁見による報告がなかば義務だとしても、無駄な手間に感じて仕方がない。
いちいち俺の口から聞かなくても、調査員からの報告で事足りるだろうに。
とりあえず、一連の仕事は済んだ。
俺は体と心を休めるべく、俺専用となっている王宮の一室へ足を速める。
あそこなら人目はない。勇者としての姿を取り繕わなくても良い。
「テノール様!」
鈴の鳴るような美声が俺を呼び止める。
それはラビリンシアの王女であるルーフェ様の声だ。
彼女の声は実に心が癒される。
「ルーフェ王女殿下、そうお急ぎにならなくとも俺は逃げませんよ?」
「そう言って、テノール様はいつもいつも父の命令で走り回っているでしょう!わたくしが貴方様との1分1秒をどれ程惜しんでいるのか、分かっていらっしゃらないのですか?」
頬を膨らませるルーフェの姿は怒っている事を表しているのだろうけど、あまりにも可愛らしくてついホッコリしてしまう。
彼女を救った事だけは、俺の人生において唯一悔いのない事だ。
「それは、大変申し訳ありません、ルーフェ王女殿下。しかし、俺は勇者なのです。俺の助けを待つ者は、この世界に数えきれない程存在します」
「テノール様が助けを求める声に逆らえない、生粋の勇者である事は存じています。ですが、ならばなおさらに、わたくしの声を聞き届けてはいただけないのでしょうか……?」
応えてぇぇぇぇぇぇぇ!!目を潤ませるルーフェ様に優しくしてぇぇぇぇぇぇ!!もう勇者の務めとかそっち退けで甘えてぇぇぇぇぇぇェェェェェ!!
だが、我慢だ。勇者テノールは勇者として在らなければならない。
そうしなければ、俺が勇者として受け取っている恩恵や褒賞を全て失う事になる。
だから我慢だ、俺。
「この国に平和をもたらした暁には、必ずや聞き届けてみせましょう」
「ええ……、ええ。それでこそ、貴方様は勇者であらせられるのですね」
ああ、涙の雫を自らで掬い取るその御姿のなんと凛々しく、なんと愛おしい事か。
「しばらくは王宮に留まります。お暇があればいつでもお越しください」
「そうでしたか!では、いつものようにテノール様へ急用が舞い込まぬよう、祈っております。貴方に主神スタッカート様の加護あらん事を」
丁寧に右手で三角を描いて合掌する、主神スタッカート信仰の正式儀礼をしてまで、ルーフェ様は祈ってくれた。
人類史を拓いたという触れ込みの『始まりの六柱』だが、数万年も過去の存在に御利益があるのか疑わしい。
しかし、ルーフェ様の祈りならば効力があるだろう。いや、なくてはならない。
その後すぐにルーフェ様もご用事があるという事で別れ、俺は宛がわれている一室に入る。
気配を探り、この一室に誰も近寄ってこないのを把握する。
それから腰に下げている聖剣を鞘ごと掲げ、そして――
「フンっ!!」
――床へと思い切り投げつけた。
「どうしてこうなった!」
何故俺がこんな必死に勇者として取り繕わなければいけないのか。
まぁそれは勇者としての恩恵を得るため。当初の目的とは合致している。
(だが!雑用係とは聞いてないぞ!)
勇者とは気の赴くままに世界を渡り歩き、気に入らない奴は悪と断じて裁く事で富と名誉を掻っ攫う存在のはずだ。
多くの書物に記される勇者たちの伝説を雑に要約すればそうなるし、俺自身がそうなる計画を立てていた。
しかし、中を開けてみればその仕事は国王の命令であちこち駆けずり回る体の良い小間使い。勇者なんて聞こえが良すぎる。
詐欺として訴えたいところだが、この国の裁判官は国王の配下。やるだけ無駄である。
(はっはっはっ!どんだけ馬鹿な計画立ててんだよ、お前!何一つ上手くいってねぇじゃねぇか!)
床に転がる聖剣から、俺の気に障る思念が伝わってくる。
案の定、小憎たらしい嘲笑を引っ提げ、その少女のような思念体が俺の視界に割り込んだ。
人を馬鹿にして笑う少女の思念体。そいつが聖剣エクスカリバーに宿る魂であり、この剣が絶大な力を秘めているという遠因だ。
「全てお前のせいだろうが!」
そうだ、こいつこそが俺の計画が上手くいかなかった原因だ。
こいつ、実は所有者の体を乗っ取るという聖なる剣にあるまじき能力を持っている。
そして、こいつは人を馬鹿にする性格であるため、乗っ取った俺の体で俺が最もされたくない事をしたのだ。
そう、厳格な勇者として振る舞い始めたのである。
そのおかげで俺は後々も厳格な勇者として行動しなければならなくなり、俺の自由はほぼ封殺され、計画は崩壊した。
おまけにこいつ、誰にも抜かれなかったのは「100万人目で抜けてやろう」というふざけた考えを持っていたためらしい。
どんな剛腕に引っ張られようとも根性で耐えたとか。根性論で剛腕に耐えるな。
そして、俺が100万人目だったそうだ。どこまでもふざけた話である。
(感謝して力を貸してやってるだろう?何が不満なんだよ)
(お前が勝手に俺の体を使ってるだけだろうが!抵抗しまくってるのにヒョイヒョイと俺の体動かしやがって!)
(憑依に耐性がない己を呪いな)
(クソッタレ!)
本当にこいつの憑依に対抗できる力が欲しい。
そうすればこいつをもう嫌という程扱き使ってやるというのに。
「もっと俺に力があれば……。抗える力が……」
残念ながら俺の体とエクスカリバーの魂は無駄に相性が良いらしく、エクスカリバーの憑依に抗えない。
一応、聖剣に肌で触れなければ憑依されないが。
(ま、諦めて勇者らしく振る舞えよ)
ケタケタと笑うエクスカリバーが心底憎い。
「クソ……。こんな事なら、勇者になるんじゃなかった……」
「聞き捨てなりません!」
ふぇ!?
〈用語解説〉
『始まりの六柱』
…数万年前、魔物蔓延るこの世界で人類史を拓いたとされる6人の勇者にして、神と崇められた6柱。彼らの最期は明確にされておらず、生存説を唱える者が多い。この世界にある宗教はほとんど彼らを信仰するモノである。だが、6人まとめてではなく1人を各々信仰しているので、どの神を信仰するかで宗教戦争が稀に起こる。同じ神を信仰していても、教えの解釈が違う事でも時折争いが起こる。彼ら全員の名前が音楽関連用語である事から、彼らにあやかって音楽関連の名前を有する者は一定数存在する。
『主神スタッカート』
…『始まりの六柱』は対等な存在であるが、彼が6柱の中心的存在であったため、便宜上『主神』として扱われている。言語を統一した者であり、様々な文化を記して残した神。名前の由来は「スタート(始まり)」を文字ったのではないかとする説がある。教えは「友情・努力・勝利」。