第十八節 異常の証明
「っ!?来るな!」
(テノール!)
人影の警告とエクスカリバーの忠告。そしてその言葉で告げようとした未来が、せり上がる床とずれ落ちる天井として、ベアウを襲う現実になろうとしていた。
だが、それは現実にならない。
何故なら、俺は良くも悪くもエクスカリバーの馬鹿さ加減を信頼しているからだ。
俺はエクスカリバーが積み上げてきた、馬鹿みたいな経験と、その経験からなる直感を信じている。
だから、俺は迷いなく聖剣に触れ、エクスカリバーに体の主導権を渡した。
(でかした、テノール!)
エクスカリバーは聖剣を鞘ごと引き抜き、跳ぶ。
肉体強化によって放たれた矢のように跳び、床と天井に挿まれんとするベアウを突き飛ばした。
跳び出した勢いは、鎧を着込んだベアウを突き飛ばした事で削がれ、俺の体を挿まんとするその場に残す。
「あっ……」
ベアウは、俺の体が彼の身代わりになった事を察した。
しかし、ベアウの察した事は見当違いだ。
ここに居るのがただの元農民だったら、察した通りになっていただろう。
その察した事を覆すのが、強敵だろうが罠だろうがものともせず、単騎で魔王の下まで辿り着いた馬鹿だ。
「安心しろ、ベアウ。オレは、勇者は道半ばで死なん」
無駄に勇者として振る舞う余裕を持ちながら、エクスカリバーは聖剣を床に突き立てた。
その聖剣がつっかえ棒となり、床と天井の間に人1人が伏せられる場所を保持する。
「勇者様ぁ!ご無事で何よりですぅ!」
「はぁ……。毎度度肝を抜かれますよ、テノールさん」
床と天井が完全に止まったのを見て、ベアウは涙目で、パースは溜息を吐いて、俺の無事を喜んだ。
「そ、それより。この床と天井、どうにかしてもらえませんか。すっごい、圧迫感が」
圧迫感と言うか、エクスカリバーは絶賛本体である聖剣が圧迫されている。もしかしたら、このまま剣が圧し折られてしまうかもしれない。
さて、この状況で冷や汗を流しているのはエクスカリバーか、それとも俺か。
「The sound,confuse the magic.」
後方から琴の音が聞こえれば、床と天井は元に戻っていく。
トリスが床と天井にかかっていた魔術を『魔術式崩壊』によって打ち消したようだ。
かいた冷や汗を拭いながら、エクスカリバーは聖剣を腰に戻し、体の主導権を俺に返す。
「ベアウ、怪我がなくて良かった。ですが、不用意でしたよ。今回は勇者様が居たから犠牲は出ませんでしたが、本来ならベアウか突き飛ばした人が死んでいた」
「はい……、すみません……」
ウィンはベアウの安否を確かめつつ説教し、ベアウは落ち込んで俯いていた。
「まぁまぁ、説教は帰った後で。それよりも、怪我人を手当てしなくては」
「怪我人?」
パースが促す事で、ようやく皆の視点が人影に集中する。
そう、生死不明だった未帰還者であり、先程警告してくれたその冒険者だ。
「ずっと無視されてんのかと思ったよ……、勇者御一行」
軽口を叩きながら苦笑いを浮かべる冒険者。その態度に反して、容体は酷かった。
両足が、膝の下からなくなっていたのだ。
「その両足は……」
「そっちの坊ちゃんが引っかかりそうだった罠にな、見事ぺっちゃんこさ。そのままにしとくと失血死しそうだったんでね、切り落として傷口に中位回復薬をぶっかけた」
冒険者としてだけでなく、そもそも生きてく上で重要なその両足を捨て、なけなしの命を拾う。
それがこの冒険者の選択だった訳だ。
「それじゃあ、命は助かっても……」
「誇りに生きてる坊ちゃんには分からんだろうが、何事も命あってこそだ。なに、義肢職人に代わりを作ってもらうさ」
「その生き汚さ、良いですねぇ。私は嫌いじゃないですよ、そういうの。という事で、こちらをドバっと」
「おっ、ちょっ!?何かけ、うえぇぇ!?」
痛ましい姿に悲しむベアウへ冒険者が前向きな展望を語っていると、パースが赤い液体を冒険者の足に丸々1瓶垂らした。
そうすれば、信じがたい事態が起こる。
「足が、生えた!?」
なくなったはずの足が、膝から生えた。
全員、トリスも含めて目を丸くする。
「一応物流も担っている輸送部隊の隊長ですからね、私は。最上位回復薬の仕入れ先くらい、秘密裏に確保していますよ。まぁ、最上位だけあって高価ですし、生産量も少ないので貴重な1瓶でしたけどね」
「そ、そんなもん俺に使ってどうしようってんだ!」
「情報料ですよ。貴方が持っている情報、きりきり喋ってくださいね」
無償程怖い事はない。むしろ正当な対価を要求された事に、冒険者は安堵していた。
「お名前は?」
「……リカルド。3級冒険者だ」
この冒険者改めリカルド、10代後半の見た目でありながら、意外にも冒険者階級が高い。
そんな冒険者が、どうしてあんな罠にかかったのか。
「怪我の経緯は?そこに置かれている宝箱に釣られましたか?」
パースが指差した先には、これ見よがしに、まさに宝箱という感じの宝箱が置かれていた。
立派な石像の前に置かれているというのも、人の好奇心を煽っている。
それにしても、随分悪趣味な石像だ。
蝙蝠の羽根に捻じれた角を備えた人型。どれも魔物であるデビル、その中でも高位な存在が持つ特徴である。
このダンジョンは高位のデビルでも崇めているのか。
「そんな見え見えの罠にかかるかよ。あの宝箱は、俺がこうやって怪我した後に湧いてきたんだ」
「湧いてきた?」
「床からこう、水中の泡が水上に上がってくみたいによ」
なんと、その宝箱は後に配置されたと言う。しかも、かなり不自然な方法で。
(テノール、ちょい口貸せ)
(……何か分かったんだな)
(勘だけどな)
(……)
勘、というのはなんとも不安だが、こいつの勘なら、一考の余地がある。
俺は聖剣に触れ、俺の口で喋る権利をエクスカリバーに渡す。
「皆さん、これはいわゆる餌だったのではないでしょうか」
「勇者様、餌と言いますと?」
「冒険者を罠にはめるための餌なんです、この宝箱も、リカルドさんも」
エクスカリバーが己の勘を皆へと伝える。
「まず、このダンジョンは床と天井で圧殺する罠が張り巡らされていて、その罠を仕掛けている跡すら巧妙に隠していた。しかし、リカルドさんは生き残ってしまい、罠がある事を知らせる跡となってしまった」
確かに、リカルドの警告とエクスカリバーの忠告がなければ反応できない程、そんな罠がある事を直前まで察知させなかった。
「でも、このダンジョンの主はその跡を餌にする事を企んだ。一見、宝箱に目が眩んで罠にかかったよう偽装するため、後から宝箱を配置。それで、宝箱と要救助者、二重の餌にしたのです」
「それも結局、罠を警戒されるのでは……」
「餌に釣られたベアウ君だと、説得力皆無ですね」
「あう……」
パースに弄られて凹むベアウ。
だけど、本来ならパースは弄れないはずだ。
「パースさん、貴方は罠がある事を察知していましたか?」
「……あはは、参りました。仰る通りです、察知できておりませんでした。罠探知魔道具を持ってきてたんですけどね、これが全然探知してくれなくて。故障ですかね?」
エクスカリバーに指摘され、パースは観念した。
懐から魔道具を取り出し、それがうまく機能していない事を怪しんでいる。
「そもそも、これは罠ではないのです」
「は?いやいや、テノールさんが罠だって言ったんじゃないですか」
「特定の条件で発動する類の罠魔術ではないのですよ。これは、魔術師が直に魔術を使っているんです」
エクスカリバーの語る勘に、皆が息を呑む。
「罠探知魔道具が機能しなかったのも、事前に張った魔術ではなく、直前に使った魔術だったから。宝箱が急に湧いたのも、ダンジョンの主が急遽用意したから」
「それって、つまり……」
「はい。このダンジョンの主が観察し続け、ダンジョンを操作し続けている。そして、今この瞬間にも、ダンジョンの主は仕掛ける機を窺っているのです」
「そんなまさか!」
エクスカリバーの勘に、パースが反論しようとした。
その時だった。
「そこまで気付かれているのでは、不意打ち狙いも面倒じゃの」
ダンジョン全体から声が響き、壁が動き始める。
ただ、その動きは圧殺しようとするものではない。
行き当たりのこの空間から、さらに奥へと伸びる道を作るために並び変わったのだ。
「特別じゃ、儂に拝謁する名誉を与えよう。奥へ参れ」
何者かが、俺たちを奥へと招いていた。




