第十五節 とある一目惚れ
ダンジョンへの道中1日目。
街道に2台の2頭立て馬車を走らせた昼は、同じ馬車に乗る者たちとの談笑で、何事もなく過ぎていった。
ちなみに、パースが運転する前の馬車に俺、ウィン、ベアウ、トリスが乗っており、ニオが運転する後ろの馬車にユンとベンが乗っている。
前が人を乗せる用、後ろが食料や薬などの物資を運ぶ用だ。
パースの運転する馬車は揺れが少なく、人を乗せるのに最適。快適な馬車の旅を約束してくれる。
さすがは、輸送部隊の隊長と言ったところか。
そして今は夜。トリスが奏でる琴の音を背景音楽に、俺は焚火をパースと囲んでいた。
街道とはいえ、視界の利かない夜道に馬は走らせられず、休憩も必要という事だ。
なので、街道の傍に馬車を停め、野営中である。
そんな停車中の場所を襲う魔物が寄って来ないか、俺、パース、トリスで見張っている。
見張っているはずなのだが、パースは暢気に寝そべっていた。
「あの、パースさん?俺たちにも休憩が必要とは言え、見張り中にその体勢は不用意なのでは」
「いやいや。トリスさんの演奏中なんですから、そんなに気張らなくても良いんですよ。むしろ、気張る方が彼女に失礼です」
何を言ってるんだ、この人は。
熊除けでもあるまいに、琴の演奏で魔物除けができるはずないだろう。
(ああ、なるほどな。テノール、あの演奏、魔術だ)
(……は?)
(耳をすませろ)
詳しく説明もされず、腑に落ちないが、従う他ないようだ。
俺は仕方なく耳をすませた。
そうすると、琴の音に隠れていたトリスの声が聞こえてくる。
「The sound,tell. There's nothing you want here. There is no hope here. There's…………」
彼女は、『エイゴ』の文章を口ずさんでいた。
(魔術式!じゃあもしかして……)
(そうだ、あの女はずっと魔術を使ってたんだ。しかも、琴に魔力を纏わせてやがる。勘だが、音の聞こえる範囲が魔術の効果範囲なんじゃねぇか?それと、使ってる魔術はマジもんの魔物除けだろうよ)
俺はつい目を見開いてしまった。
そんな魔術、聞いた覚えがない。
「おや、気付かれましたか」
「もしや、ですが。彼女は音に魔物除けの魔術を乗せているのですか?」
「ご名答。さすが勇者様だ」
そんな魔術があり得るのか。正直、パースに頷かれても半信半疑だ。
「驚かれるのも無理はないでしょう。なんてったって、あの音を用いる魔術は彼女にしか使えない代物です」
パースはトリスについて語り出す。
「アルト王の代より仕えるトーランド家。かの家は魔術師の名家ですが、その中でも彼女は飛びぬけて魔術の才がありました」
彼女は天才も天才であると。これ程の魔術を披露されては、疑念を抱く余地もない。
「そのあり余る才能を当家だけで教育するのは勿体ないと、同じくアルト王の代より仕えるレート家の協力を得て、両家の教育が施されたそうです」
「レート家の……」
レート家はいわずもがな、近衛兵総長ランテ・レートの家だ。
総長を輩出しているだけあって、剣士だけでなく魔術師の名家でもある。
そこで、ランテの名前を想起した時だ。
ランテもトリスも口数が少ない事に気付き、ふと、とある事を考えてしまった。
「……トリスさんって、ランテさんの真似してたり?」
考えていた事が口から漏れた瞬間、トリスの琴が「べーん」という素っ頓狂な音色を響かせる。
「え?そのまさかなんですか?」
「違う!」
トリスがここに来て初めて激情を露にしていた。
「断じて、断じて真似ではない!せ、拙があのお方の真似など……。こ、近衛兵として正しき姿を、あの方から倣っているだけだ!」
さっきまでの無口はどこへやら。トリスは打って変わって饒舌になっていた。しかも、頬が赤い。
これは、完全に好きな人の真似をしていたやつだ。
「あはははははははは!まさか過ぎるでしょう!あのトリスさんの無口が、まさかランテ総長の真似をしてただけだったと!?……ぷっ、くはははははははははは!!」
パースは余程その真実が面白かったのか、盛大に笑いあげていた。地面も叩き出している。
これ程笑われればトリスも不愉快だろう。
彼女が琴の弦を弾けば、パースが叩いていた付近の地面が爆ぜた。
(音を攻撃にする魔術か。詠唱も破棄とくれば、こいつぁまさしく天才だな。オレが見てきた中でも同等の才能を持ってたのは、あのクソ姉くらいか)
エクスカリバーに姉が居た事は初耳だが、それはさておいて。
多くの魔術師を見てきたエクスカリバーとしても、ここまでの魔術師を見るのは2人目。
トリス程の才能は、なかなかお目にかかれるモノではないようだ。
しかし、その魔術の才が、今笑う男を黙らせるために使われている。
「パース。それ以上口を開けば、二度と笑えない体にさせてやる」
「……ぷふ」
「パース!!」
「あはははははははははは!!」
良い年した女性が恥ずかしさに赤面しながら凄む姿に、パースは我慢できなかったのだろう。
そして、恥ずかしさが堪えられなかったトリスは、忠告を無視したパースへ容赦なく魔術を放つ。
だが、その魔術は外れた。
(あのパースってよ、普段そんな感じじゃねぇけど強いよな)
そう、トリスがわざと外したのではない。パースが避けたのだ。
あの男、普段は不真面目で弱そうだが、近衛兵の隊長を務めているだけあって普通に強い。
「まぁまぁトリスさん、くくく、そう怒らずに。ふふ、人の真似してるのがね、くふ、暴かれただけじゃないですか」
「笑うか宥めるかどっちかにしろ!」
パースに宥める気があるのか、かなり怪しい気がする。
というか、現状がとてもよろしくない状況に陥りつつある。
もちろん、彼らの喧嘩が刃傷沙汰になるとかではない。
「お2人とも!騒ぎに呼び寄せられて魔物たちが集まってきてますよ!」
あの2人が少々、ではないな。かなり騒ぎすぎた。
それに、騒いでいたせいでトリスの魔物除けも効力が切れたのだろう。
おかげで魔物に感知されてしまった訳だ。
「おやおや」
「……魔物からの襲撃中、不幸な事故で死んだ事にすれば、罪に問われないか」
「怖い事言わないでくださいよ、トリスさん。魔物と貴女、どっちにも警戒しなくてはならないですか」
どうしてたった一夜で険悪な仲になってるんだ、この2人。
巻き込まれるこっちとしては勘弁してほしい。
「喧嘩は後にしてください、どうか魔物に集中を。貴方たちの同胞が背に居る事を忘れずに」
現在の見張り役は俺含めたこの3人なのだから、他は馬車の中で寝ている。
トリスとパースにその人たちの命もかかっている事を思い出させ、魔物対峙に集中させた。
そうして、俺はいらん苦労を背負った魔物との戦いに臨むのだった。




