第十節 冒険者組合の依頼
俺は冒険者組合の視察で酒場に留まっていた訳だが――
「ゆ、勇者様!い、一筆いただけないでしょうか!」
――大人しく視察させてもらえる訳もなかった。
まぁ、用事が済んだ後で一筆を上げると言ってたしな。
便宜上視察中なので、用事は済んでいないが。この若い女性冒険者は逸る気持ちを抑えられなかったのだろう。
それは全く仕方がない。なんたって勇者なのだから。
「もちろん、構わないとも」
「あ、ありがとうございます!」
華やかな笑顔を咲かせる若い女性冒険者。一筆だけでここまで喜んでもらえるのだから、勇者とは全く役得だ。
にしても。この女性冒険者、随分と若い。装備はなかなか良い物を纏っているが、何と言うか、全然汚れていない。
卸したてか、はたまた予備か。
(こいつ、背伸びだな。金持ちなのか、ガキが装備だけは一端のもん揃えてやがる。普通なら早死にする類だが……)
なるほど。エクスカリバーの観察眼によると、王都でやっていける腕はないらしい。
自身の技量を見誤って王都に来てしまったか、はたまた実家が近いから王都で冒険者を始めたか。
たまに居るのだ、こういう身の程を弁えない奴が。
男の死に様なんぞどうでも良いので放っておくのだが、彼女は綺麗なお嬢さんだ。こんな可愛い子に死なれるのは忍びない。
(相変わらず下衆いな)
少女を思いやる心のどこが下衆いと言うのか。
まぁ、エクスカリバーの事はさておいて、この子の事だ。
「君、もしかして駆け出しの冒険者かい?」
「は、はい!最近冒険者になりました!」
疑ってはいなかったが、エクスカリバーの観察は当たりだ。
相変わらず、戦いについての観察力はとんでもない。
「それなら。一筆ではなくて、これを上げよう」
金属製の首飾りを、俺は懐から取り出す。とある国の近衛兵が用いる認識票を真似て作られた首飾りだ。
「これは?」
「何の変哲もない、ただの首飾りだ。俺の名前が掘られている事以外、特別な要素はない」
そう、これは鍛冶屋で大量に作らせた、俺の支持者へと配るためだけの物品だ。
(お前……。本当、人気稼ぐ事だけには抜け目ねぇよなぁ……)
こちとら人気商売なのだ。慕ってくれる少女に贈る物なんて常備が当然である。
「え?こ、これ、貰って良いんですか?」
「ああ。肌身離さず身に着けてくれ。そして、気を付けてほしい。その首飾りは脆い」
大量に、そして割と急がせたし安く作らせたため、この首飾りはかなり脆い。
しかし、その脆さが今回は意味を成す。
「例えば、君が身の丈に合わない依頼を受けるような無茶をすると、壊れてしまうだろう」
「ゆ、勇者様……」
その脆さが、若い女性冒険者に無茶をさせない枷となる。
「その首飾りを壊さないよう、無茶をしないでくれ。無茶せず地道に頑張れば、きっと君は大成できる」
顔に傷などついたら大変だ。冒険者だって見た目の良し悪しが信頼に関わり、依頼に影響を及ぼす。
何より、女性が傷物となれば価値が激減する。この子には是非ともその綺麗な姿のままで、俺を支持してもらいたい。
(いちいち下衆さを指摘すんのも面倒なんだが?)
はて、下衆なところなどあっただろうか。
「あ、ありがとうございます!!大切にします!!」
今日一番の良い声を上げつつ、若い女冒険者は綺麗なお辞儀をした。
礼儀正しいから、やはり良いところの出なのかもしれない。
「良かったですな、お嬢様」
「ええ、爺や!」
あ、良いところの出で確定ですね。お付きの人が出てきたし。お付きの人強そうだし。なんだその竜鱗をふんだんに使った装備は。
「お嬢様がお世話になりました事、私めからも感謝を申し上げます」
「いえ、これも勇者の務めですので」
重そうな装備に反して軽やかに動いてるし。何なんだこのおじいさん。絶対腹筋6つに割れてるだろ。
(いや、8つに割れてんな)
お前は鎧を擦り抜けてまで腹筋を確認しに行くんじゃない。
「何やら、冒険者組合の視察に来られているようで。よろしければ、冒険者組合の普段の様子についてお教えしますが」
この老人、上手いな。俺と自然に同席しようとしている。
暗に、少しでも長くお嬢様と俺を交流させるためだろう。
「それは有り難い。是非教えてください」
綺麗な女性と長く居られるなんて得でしかない。この老人の上手い口に乗ってやろう。
そうしてにこやかに、お嬢様である若き女性冒険者と老人は俺と同じ席に着いた。
「少し趣旨が違うのですが、依頼についてお訊きして良いですか?」
「ほう。依頼についてどのような疑問が?」
「仕組みがよく分かっていないのです、俺は王命ばかりこなしているので。報酬などはどこから払われているんですか?そもそも依頼は誰が出しているんでしょうか」
冒険者の依頼を受ける可能性はかなり低いが、ない訳ではないのだ。
ここら辺をしっかり知っておきたい。報酬を踏み倒された時は誰を訴えれば良いのか。事前の調査は必須だ。
「基本的に、報酬は依頼主が用意します。例外もありますが、それは本当に稀です。そして、冒険者組合にある依頼の依頼主はしっかり依頼書に明記してあります。報酬もまた然り」
ふむ、訴えるべき奴が明確なのは良いな。探し出す手間が省ける。
「追加報酬は、依頼の達成具合によります。追加報酬の交渉は組合員が担当です。冒険者自身の交渉は認められておりません。暴力的な交渉が一時期問題となりましたので」
「事前に約束された報酬を依頼主が用意できなかった場合はどうなりますか?」
「報酬支払い不可能となった場合も、冒険者組合が金銭によって一部補償します。依頼主に報酬支払い能力が充分あるかどうか、組合が調べておりますので、余程の事がない限り報酬支払い不可能にはなりませんが」
ふむふむ。冒険者組合に信頼されている者が依頼を出している訳だ。依頼主が報酬を支払えなかった時も、一部ではあるが組合が補償すると。
まぁ、そのくらいやってもらわないと、冒険者も組合を頼れないだろう。
「依頼主は大別して個人、組合、国、その3通りです。個人による依頼は採取や護衛が多く、組合は魔物の調査または間引きが多いですかな。国からの依頼は公共事業の補佐、街道整備の護衛がほとんどですが……。おっと、これは」
言葉の途中、老人は突然俺から視線を外した。
その外された視線の先を追えば、向いているのは組合入り口。立っていたのは、4番隊隊長、最近は専ら俺の足であるパースだった。
「国からの依頼が丁度舞い込んできたようですが……」
「国からの依頼って、近衛兵4番隊が持ってくるんですか?」
「ええ、4番隊員が組合長へ依頼を渡しに来ます。ですが、今回は隊長が来ました。これは、かなり重要な依頼を持ってきたのかと」
「重要な依頼……」
俺は組合の奥へと進むパースの背を、興味深く見つめるのだった。
〈用語解説〉
『ドックタグ』
…とある国の近衛兵が用いる認識票の正式名称。近衛兵を個々に識別するための首飾りで、携帯者の名前や所属部隊だけではなく、種族や持病なども掘られている。その国の王が発案し、近衛兵に携帯を強制している。




