第三十九節 時間稼ぎ
「……え?」
「オレは負けない。勇者は、負けられないんだ」
俺が、いや、俺の体を乗っ取っているエクスカリバーが、敵を切り裂いた。
勝ち誇ったところへの不意打ち。エクスカリバーがそんな絶好の機会を逃すはずもなく、ただの一撃で仕留める。
(……ホムンクルスか。さっき声が複数あったから、まだ残ってるな)
エクスカリバーは仕留めた相手を見下ろしつつ、状況を推測していく。
(テノール、起きてっか)
(ああ、起きてるよ。というか、何があったんだ?)
俺は強烈な眠気に襲われ、眠りに落ちたのだ。
だが、こうして起きている。
(精神干渉系の魔術だな。それでお前は眠らされたが、まだお前の体を乗っ取ってなかったオレは眠ってなかったんだよ)
整理すると、俺は相手の精神干渉系魔術にかかり、意識を手放した。
対し、エクスカリバーは魔術の対象にされていなかったのか、魔術がかからなかった。
魔術がかからなかったエクスカリバーが、丁度眠る直前に聖剣を握っていた俺の体を乗っ取った。
体に起きている魂が入ったため、体も起きた。
そして、俺は眠っている体から離れたため、エクスカリバーによって起こす事ができた、のか?
(なんにせよ、相手の虚を突けたし、おそらくオレたちには精神干渉系は効かねぇ)
(俺が聖剣エクスカリバーに触れている時限定だけどな)
改めて言うが、エクスカリバーは俺が聖剣に触れていないと体を乗っ取れない。
さっきのは魔術行使の直前に柄を握れていたから、運良くどうにかできたのである。
「Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are.」
状況を整理及び推測している内に、また魔術詠唱が聞こえてくる。
(テノール、任せた!)
(俺が眠る役かよ!)
エクスカリバーは俺の抗議も気にせず、体の主導権を返した。
そうして、精神干渉系魔術の対象を俺に押し付ける。
「Good night.『リトルスター』」
2度目となる精神干渉だが、やはり今度も抗えず、俺は眠りに落ちる――
(良し、今だ!)
――かと思いきや、エクスカリバーに体を乗っ取られ、起こされた。
心地良く微睡んでいたのに平手打ちでもされたような、そんな悪い気分だ。
「……どうやら、精神干渉系の魔術になんらかの対策をしているようですね」
俺が寝ていないのを窺いつつ、ゆっくりと歩み寄る男。
その男は、切り裂かれた男と同じ容姿をしている。
「……クローンホムンクルス」
「いかにも、勇者様。正確にはクローンホムンクルスを発展させた物ですが、その辺りの違いは些末事でしょう」
肌も髪も白く、対照的に瞳が真っ赤である事から、エクスカリバーはその男の正体を見抜いた。
しかし、男は慌てもせず、むしろ余裕な態度で注釈すら添えてきたのだ。
「初めまして、我々の宿敵。私は魔王軍幹部のヴァンと申します」
おまけに自己紹介までしてきた。
男、魔王軍幹部のヴァンは己の手が1つ、『リトルスター』という魔術を不意にされてもまだまだ余裕があるらしい。
「貴方は宿敵とお喋りをする趣味がおありなんでしょうか?熱心にお誘いのようですが」
この場にそぐわない態度であるのは同意するが、だからって煽るんじゃない。
「もちろん、そんな趣味はございません」「時間稼ぎとして、会話に興じていただけですよ」「勇者様相手に1人では敵いませんからね」
「な!?」
最初に話していたヴァンの後方からも、俺たちが来た道の方からも、ヴァンと同じ容姿の男が現れた。
しかも、その数は1人2人ではない。4・5人増え、まだ増え続けている。
狭くはない通路のはずが、前後が見事にヴァンで埋まった。
逃げ道はない。
(ちぃ!相変わらず面倒な野郎だ!切り込むしかねぇか!)
エクスカリバーは覚悟を決めて前へと突っ込んだ。
道を切り開くため、ヴァンたちを薙ぎ倒していく。
幸いにも、ヴァンは近接が苦手なのか、エクスカリバーは容易く倒している。
「『アイシクル』」「『ファイアボール』」
「この程度!」
飛んでくる氷塊や火の玉も、魔力をまとわせた聖剣で叩き、『魔術式崩壊』を起こして難なく対処していた。
数の差で圧倒的不利であっても、エクスカリバーは立ち回っている。
相変わらずではあるが、恐るべき剣の腕だ。
「『ライトニング』」「『ウィンドカッター』」「『スリングストーン』」
「隙だらけだ!」
落雷降りしきり、鋭い風が吹き荒れ、礫が飛び交おうその戦場。
エクスカリバーは迎撃か、回避か、直感的に選択し無傷で乗り切る。
それだけに飽き足らず、魔術へ対処する合間に敵を切り伏せている。
危機的戦況のはずなのに、安心感すら覚えてしまいそうだ。
「埒が明きませんね。では、こうしましょう」
ヴァンたちが行使する魔術の矛先が変わった。
その矛先は、眠りに落ちたままのパースたちに向けられたのだ。
「くっ、そっ!」
パース、ニオ、ユウダチ、ムラマサ、リカルド。その5人を狙った魔術を、エクスカリバーは迎撃していく。
回避という選択肢は削られた上、的は5つ。
ヴァンへ攻撃する暇は、確実になくなった。
それと同時に、迎撃も間に合わなくなってきている。
「うぐっ」
剣での迎撃が遅れた石礫を、その身を挺して仲間に当たらないよう防いだ。
そうやって、身を挺さねばならない攻撃が増していく。
(エクスカリバー、このままじゃ競り負けるぞ!)
(分かってるっての!だが、手が足りねぇ!全員見捨てるしかねぇぞ!)
長く単身で戦い続けた弊害だろう。エクスカリバーには、多くを守りながら戦う術がなかった。
それでも、必死に足掻く。足掻き続ける。
そんな必死だから、俺たちは気付いていなかった。
リカルドの握る長剣が、鞘の下で淡く輝いている事に、気付かなかったのだ。




