人間らしさを捨てて、力に溺れよう
前回の授業で、上級生の面々は掌から魔法を放った。
よく考えたらとんでもないことであるが、新入生も教員も上級生も、全員それ自体は大したことだとは思っていなかった。
もしかしたら、実際にお約束をしてしまえば、誰しもが同じことを考えるのかもしれない。
大事なことは、どんな力を持つかではなく、どんなことをするか。
何を壊すのか、何を守るかなのかもしれない。
多分、この学校でそれを学べるわけはないのだろうが。
「おんしら、ハーレム主人公っちゅうんは……常にマウントをとらにゃあならん。相手が妙な技を使ってきたら、まずは『なんだあの技は』『ずいぶん低レベルだな』『もしかしてアレが精いっぱいなのか』とか言わにゃあならん」
教官が言いたいことはよくわかるが、文章にするととにかく酷かった。
確かにお約束ではあるが、そんなことを考えたり言葉にするのは、かなり性格が悪いだろう。
「相手がなんぞ技を出せば、それを適当にあしらい、同じ技を使って数十倍の威力を見せつける。まさに様式美っちゅうもんじゃ」
確かに様式美ではあるが、教官が言うと別の様式美と重ねてしまう。
もしかして、自分たちが知っている様式美はむしろ古典の模倣なのではないだろうか。
「ちゅうことで、今日のカリキュラムは『ナチュラルボーン・ソルジャー』じゃ。襲い掛かってくるスケルトンの技をあしらって、逆に同じ技で倒すんじゃ」
運動場で鉄の剣と鉄の盾を渡された新入生たち。
もちろん全部本物で、刃引きなどという軟弱なことはされていない。
竹光とか訓練用の木剣とか、そんな途中の段階は一切省いている。
「スケルトンか……」
「先輩たちの魔法もそうだけど、ファンタジーだな……」
「学校の校庭だけどな……」
学校の校庭には、一体のスケルトンが立っていた。
手には盾と剣。どちらも朽ちており、本人ととてもマッチしている。
まさに序盤の敵という雰囲気だが、この学校の校庭に立っていると嫌な予感しかしない。
そもそもこっちが三十人ほどで、相手は一人というのが駄目だ。
今までの経験上、一人でもこっちを圧倒できるのだろう。
「それじゃあ始めぇ!」
とりあえず、相手の技を見なければ話にならない。
持っているだけでも重たい鉄の盾を、何とか体の前に構える。
そのうえで、全員でおそるおそる前に進む。
アクションゲームのチュートリアルが如き状況だが、目の前に敵がいて、斬られるのは自分である。
絶対に失敗したくなかった。
その一心で、全員が前に進んでいき……。
「おおおおおおおーーーーー!」
スケルトンが咆哮しながら、剣を振るった。
するととんでもない衝撃波が発生し、その直線状にいた生徒たちを一撃で薙ぎ払っていた。
つまり、一撃で全滅である。
「なんじゃ情けないのう」
途中経過を省く、ギャグ時空の復活。
ズタズタにされた生徒たちは、なんとか起き上がって教官へ文句を言う。
真似をするとかしないとか、そういう問題ではない。
いくら何でもスケルトンが強すぎた。
「無理ですよ、教官! こんなの、絶対無理!」
「今の技なんですか?! 真似するとか以前に、まず防げませんし避けられませんよ!」
「いきなりの相手があれって何ですか!」
スケルトンに抗議をしても仕方がないので、教官へ文句を言う新入生たち。
はっきり言って、まともに戦う気がないにもほどがある、ほどがありすぎる。
「おんしら」
そんな彼らへ、教官は冷ややかな視線を向けていた。
「まだ終わっちょらんぞ」
再度、スケルトンは剣を遠くで振るった。
それは教官ごと新入生を吹き飛ばし、一瞬で即死させていた。
なお、直撃を食らった教官には傷一つない。
「あ、あががが……」
「ええか、おんしら。『訓練だと思って気を抜くな』『本番では相手は待ってくれないんだぞ』と言うためにも、これぐらい切り抜けい」
「うげえええええ……」
自分たちの知るハーレム主人公が、どれだけ理不尽な目に合ったうえで、周囲の同期へ酷いことを言っていたのか理解していた。
確かに、これに比べれば健全な訓練など遊び同然である。
「ええい、畜生! こうなったら自棄だ! 相手がこっちへ攻撃する前に突っ込んでやる!」
いろいろな意味で、もうやるしかない。
新入生たちの一部は盾を捨てて剣を掲げ、スケルトンへ走っていく。
相手の真似ができないのは当然なのだから、とにかくもう倒すしかない。
「うううああああああああ~~~!」
それに対して、スケルトンは奇声を発しながら剣を振るう。
連続でワープしたとしか思えないほどに新入生たち一人一人の前へ突然現れて、すれ違いざまに胴体を切っていく。
スケルトンが行動を終えたとき、すべての上半身は同時に地面に落下し、下半身も地面に倒れた。
「あ、あああ……」
「そんな、うそだろ……」
「当たり前じゃ、相手が同じ技ばっかり使うと思うか? 昔のアクションゲームじゃないんじゃ、おんしらの行動を見て最適な技を使ってくるぞ」
そっちの方が実戦向けかもしれないが、いくら何でも不親切であろう。
なぜ基本をすっ飛ばして応用や実践に突入するのか。
まずは畳の水練から初めて頂きたい。
「安心せい。遠くにいれば『遠距離大攻撃』、近づいてくれば『中距離小攻撃』、包囲すれば『近距離中攻撃』をしてくるだけじゃ」
「死角ないじゃないですか! 勝てないじゃないですか!」
「盾も剣も真っ二つにされたんですけど! 何の役にも立ってないんですけど!」
「っていうか、技名が雑! 昔の格ゲー!?」
軍勢を相手に戦うタイプのアクションゲーム風に言えば、スケルトンがプレイヤーキャラ並みに強い。もちろん、新入生たちは雑魚キャラ程度である。
なぜスケルトン如きに無双されねばならないのか。キャラクターデザインと性能が全く一致していない。というかゲームデザインとして失敗している。
「おんしら、情けないのう。相手の技を見て盗むなんぞ、それこそ男子中学生でもできるのにのう」
「その男子中学生、実在してませんよ!」
「いつもいっちょるじゃろうが。ハーレム主人公も実在せんじゃろうに、同じことじゃ」
「っていか、自前?! 相手の技を見てコピーするの自力?!」
確かに相手の技を見て盗む、というのはハーレム主人公に限らずよくある話だ。
しかし、それは大抵『スキル』だとか『チート』とされるものだ。
少なくとも、何の才能もない男たちがいきなりできることではない。
「当たり前じゃあ! おんしらもハーレム主人公の卵なら、この程度ぱぱっとクリアせんかい! 最初のスケルトン如きに手こずってどうするんじゃ!」
この後、彼らは思い知った。
人畜に被害を与えるモンスターが、一般人にとってどれだけ脅威なのかと。
モンスターを倒せる存在が、どれだけ超人なのかと。
新入生たちは『熟練の冒険者なら問題ないが、一般人には脅威である』という一文を全身で理解していた。
※
なんの成果も得られなかったスケルトンとの闘い。
それを終えた新入生たちは、大資料室なる設備に案内されていた。
いかにもおどろおどろしい、さながら大監獄のごとく暗く湿った場所。
その巨大な施設の中で、ある鉄の扉の前に全員が立った。
「こんなかにおるのは、ある卒業生から寄贈された『封印から解き放たれし魔王』じゃ」
封印から解き放たれているのに、幽閉されているとはこれ如何に。
というか、魔王を母校に寄贈するというのは、あまりにも無茶である。
流石は上級生さえもはるかに凌駕する卒業生、そのスケールには絶句するしかない。
「おんしらが卒業後の進路として送り込まれる世界には、特別な装備や神の加護がなくば、完全に倒すことも封印することもできん化け物がおる。魔王もその一種でな、ワシらが倒してもすぐに復活するんじゃ。だからこそ、ここに閉じ込めちょるっちゅうわけじゃな」
その一方で、卒業生ですらも倒せない存在がいることに、誰もが戦慄した。そんな相手に、自分たちはどうすればいいのだろうか。
普通に神様からチートを授けてもらうという選択肢は、既に彼らの中にはないわけで。
「ええか、おんしらはこれから魔王へ攻撃するんじゃ。ええ経験になるぞ」
「え……それは……」
一気にハードルが上がり過ぎである。
さっきのスケルトンがあれだけ強かったのに、魔王とやらはどれだけ強いのか。
なにせ新入生たちは、いまだに野犬の群れにさえ勝てないのであるし。
そもそも、具体的に強くなれる特訓じたい、まだしていない気がする。
「安心せい、魔王もおとなしくしちょるからのう」
そう言って、カギで鉄扉を開ける。
部屋の中はかなり広く、湿り気はあるが錆びはない。
硬質で武骨な鉄の部屋は、如何にも圧迫感があった。
そして、その部屋の隅に、一人の怪物が存在していた。
「アレが魔王、その最終形態じゃい」
教官だけではなく生徒たちにも怯えている、人間と変わらない大きさをしている、翼や角の生えた、強者のオーラを纏った魔王。
その眼は明らかに正気を失っており、ただ恐怖に震えるばかりだった。
なるほど、ある意味最終形態である。
「ひ、ひ、ひひひ……」
最終形態というか、末期形態だった。
おそらく、この部屋に幽閉されて以降、ずっとぼこぼこにされてきたのだろう。
「ああ見えて、世界を一つ滅ぼすほどに強大じゃ。おんしらはアレを、ワンパンでボコれるぐらいにつようならんといかん」
ということは、彼はこの学校の生徒から、入れ代わり立ち代わりでボコられ続けたのだろう。
それこそ新入生だけではなく、卒業を控えた上級生まで。
「わ、ワンパンで、ですか?」
「当たり前じゃ。おんしらがなりたいのは、世界を救う伝説の勇者じゃあるまい? おんしらが目指すのは、魔王さえもワンパンでぶっ潰すハーレム主人公じゃろうがい」
かなり高いハードルだが、実際そういう主人公ばっかりなわけで。
「魔王ばしばいて世界を救うのが目的なら、RPGでいうところの40か50あればええ。じゃがのう、おんしらが目指すのは世界のすべてを蹂躙するハーレム主人公じゃろうが! レベルは高ければ高いほどええ! 100どころか1000も10000も狙うんじゃ!」
言われてみれば確かに。
魔王さえもワンパンで倒せるチート主人公になるほうが、世界を救う勇者になるよりもよほど難しい。
仲間と協力するとか、最強魔法や最強装備とか、イベントで弱体化させるとか、そういう惰弱な甘えを一切切り捨てたうえで、己の力だけでワンパンしないといけないのだ。
なお、普通はチート一発で解決である。
「こんな魔王をワンパンで倒せんようでは、卒業試験である『クラス全員で宇宙意思を倒す』なんざ夢のまた夢じゃぞ」
「宇宙意思は無理ですよ! 宇宙そのものでしょう?!」
「宇宙意思ぐらい、女子中学生でも勝てるわい!」
まあそうかもしれない。とても有名な女子中学生なら、それぐらいなんとかしたはずだ。
だがそれは、やはり実在しないわけで。
「ええか、世界のすべてにマウントするには、その世界のすべてを凌駕するほどブラックな目にあわにゃあならん! 強くてニューゲームをするために、チュートリアルでサンドバックをボコるんじゃあ!」
サンドバックと呼ばれた魔王、パンク寸前というか既にパンクしている廃人なもよう。
「でも、ちょっとかわいそうな気が……」
「ハーレム主人公が、弱っとる敵をまえに情けをかけるな! ハーレム主人公たるもの、ヒロインにならん敵はしばいてしばいて地獄に落とすんじゃあ! 人間の心は捨てるんじゃあ!」
ハーレム主人公を目指すという、この過酷な挑戦。
新入生たちは、仕方なくサンドバックを打つ覚悟を決めていた。
こうして、モラルがはぎとられていくのだろう。
ある意味、ハーレム主人公らしい展開である。