虐げられている側から、虐げる側に回ろう
「た~おれ~るぞ~!」
今日も新入生たちは過酷なカリキュラムをこなしていく。
彼らは持つだけでも重い斧を手に、巨大な樹木を切り倒していた。
何が何だかわからないが、学校付近にある山から木を伐りだしていた。
とはいえ、調理実習同様に普通の職業訓練である。
もちろん斧で巨木を伐採するとなると大変な重労働だが、言ってしまえばただの重労働だ。
木こりと言えばファンタジーな職業であるし、体も鍛えられていく。
普通に積み重ねが感じられる内容であっただけに、誰もがそこそこに楽しみながら臨んでいた。
「おい、枝を運んでくれ!」
「おう!」
のこぎりや鉈を使って、切り倒した巨木を木材に加工していく。
山から降ろして、別の場所へ運んでいく。
それは文字通り建設的な行動であり、誰もが没頭していった。
「はあ……はぁ……」
「ぜえ……ぜえ……」
単純な肉体労働は、やがて思考を奪う。それは決して悪いことではない。
ただでさえ何が何だかわからない、なんのための特訓だかわからない授業の目白押し。
先行きが不安になる中で、何も考えずにすむ授業はありがたかった。
「おおし、斬ってけ斬ってけ!」
そうこうしているうちに、一定数の木材が準備できた。
別の面々は穴をスコップで堀り、さらに巨大な石を埋めて基礎工事を行っていた。
校庭に建物を建てるのだ。
それを理解した新入生たちは、複数人数で使用する巨大なのこぎりを手に、どんどん木材を加工していく。
額からは汗、どころではない。彼らは全身から汗を流しつつ、手をマメだらけにしながら作業を進める。
慣れない大工作業で、指を金づちでつぶしかける生徒がいた。
のこぎりで体を切ってしまう生徒がいた。
高いところから落ちる生徒がいた。
脱水症状で倒れる生徒がいた。
それでも彼らは、諦めなかった。
なんのためか知らないが、とにかく建築するのだ。
他のことがそぎ落とされていき、ひとえに大工として前に進んでいく。
「くそ……カンナの研ぎがうまくいかねえ……」
「それな、やり方があるんだぞ。ちょっと貸せよ」
そして、共同作業によってはぐくまれる友情。
「梁をもちあげるぞ! 人数揃えろ!」
「呼吸合わせろ! いくぞ、せ~の」
「おおおお!」
同じ志をもち、同じ学校に通い、同じ建物を建てるために邁進する。
彼らは旧友を超えた親友、仲間へと関係を深めていく。
「あ、ああああ!」
「柱が倒れた! 下敷きになった奴がいる!」
「おい、折れてるぞ! そうっと運べ!」
一人はみんなのために、みんなは一人のために。
「み、みんな、ごめん……俺がバカをしたばっかりに……」
「気にすんな。家は一人で建てるんじゃない、全員で建てるんだ!」
「肩を貸してやる。ギャグ時空でも、痛いもんは痛いだろ?」
「す、すまねえ……!」
新入生一丸となって、一人では作れないものを作っていく。それは正に、人間社会の力だった。
彼らは学んだ、ちりも積もれば山となるのだと。
例えどれだけ道が遠くとも、歩き続けていれば必ずたどり着けるのだと。
大事なことはあきらめないこと、くじけないこと、投げ出さないこと。
そして、仲間を思いやる気持ち。
「やった、完成だ!」
「ついに、ついに出来上がったんだな……!」
「よかった……本当によかった……」
出来上がった巨大な家。
細かい部屋などはなく、ただ大きな広間があるだけの単純な家。
板間どころか土間のみなのだが、それでも設計図通りに完成させていた。
「おう、おんしら。遅かったが、ようやった」
土間で大喜びしている新入生たちを、教官もねぎらう。
一切作業に参加することはなかったが、生徒たちは誰も気にしていない。
「教官、俺らが建てたんです!」
「知っとる」
「凄いでしょう、素人なのに!」
「知っちょる」
「なんか、なんでもやれそうな気がしてきました!」
「ああ、うるさいわい!」
しつこくてやかましい新入生たちに、教官が怒鳴りつけた。
しかし、いつもほどの覇気はない。
「おんしら、建物一つ建てただけでなにを調子にのっとるがか! ええか、ハーレム主人公をめざしちょるおんしらが、こげなことで一々大喜びするとは、童貞臭いぞ!」
やり遂げた喜びに浸る新入生に、教官は呆れてしまう。
呆れる一方で、流石に哀れでもあった。
「まあええ。これから上級生がここにきて、授業を受ける。おんしらも見学せい、ええ刺激になるぞ」
そう言って、教官は人形らしきものを土間の壁際に並べていった。
人形というか、ただの案山子にしか見えない。
流石に『一度建物を建ててみよう』というわけではなく、やはり明確な目的があって建築させたようである。
とはいえ、人形を壁際に固定していくだけでは、何のための施設なのか誰にも分らなかった。
「あの、教官。今更ですけど、何のための建物なんですか、ここ」
「っていうか、どんな授業するんですか?」
「なんじゃおんしら、自分で建てといて、気づいとらんかったのか」
しかし教官にしてみれば、誰もが今まで気づかなかったことのほうが意外であるらしい。
「最近の流行りじゃろう? こういうお約束は」
「は、お約束?」
壁際、横一列に並べられた人形。
それに対して、建物に入ってきた上級生たちが手を向ける。
「『魔法を的に当ててみよう』『な、なんだ、演習場が吹き飛んだぞ?!』『え、弱すぎたのかな?』じゃ」
直後、上級生たちの掌から強大な火の玉が発射される。
それは新入生たちの目に留まることなく、一瞬にして的である人形に命中し……。
「あ、ああ……」
「うそだろ……」
「そんな……」
新築の建物を半分消滅させていた。
「俺たちの努力が、俺たちの青春が、俺たちの成果が……」
「あんなに頑張ったのに……」
「あんまりだ……いったい何のために……」
あまりのことに、失意で崩れ落ちる新入生たち。
自分たちが苦労して苦労して、ようやく完成させた『作品』は、一瞬にして廃墟と化していた。
「うむ。それじゃあおんしら、この廃墟の撤去が次のカリキュラムじゃ。頑張れよ」
「ふ、ふふふふ、ふざけんなああああ!」
流石に、全員が教官を許さなかった。
新入生たちは一瞬にして奮い立ち、教官へ掴みかかっていく。
「なんで吹き飛ばすんだ! 言えよ!」
「ふざけやがって! 俺たちになんの恨みがあるんだ!」
「ハーレム主人公になるための授業だと?! こんなことする奴が、ハーレム主人公になれるか!」
無理もあるまい。
他人にとってはただ素人が頑張っただけの家でも、彼らにとっては全員の血と汗と涙の結晶だったのだ。
それを無遠慮にぶっ壊されては、最初からぶち壊される算段で作らされては、それこそたまったものではない。
「言えよ! なんのために俺たちにこれを作らせたんだ!」
「それは……」
教官は、真実を告げる。
一切偽りない、本当のことを告げる。
「嫌がらせじゃあああ!」
教官の威圧感を含めても、なかなか納得できる理由ではない。
少なくとも、合理的な理由だと思えない。
「ワシらも、上級生も、辛いんじゃ。みてみい、上級生たちの腹を!」
「腹って……血、血が出てるぞ!?」
「おんしらの努力を、カリキュラムとは言え台無しにすること。それへも申し訳なさから、上級生たちは影腹を切ってきたんじゃ! 切腹じゃあ!」
上級生たちは平気そうな顔をしているが、実際にはちっとも平気ではない。
彼らは下級生に対して申し訳ない顔をすることさえ偽善と断じ、あえて見えぬように自らを罰していたのだ。
なお、その行為に気付いた新入生たちは、逆に萎えてドン引きしていた。
「ええか、ハーレム主人公というもんはな……虐げられる側から、虐げる側に回るもんじゃ。じゃからこそ、虐げられたことのないおんしらは、まず虐げられにゃあならん」
「な、なんでそんなことがわかるんですか……」
「そうですよ、俺たちの中にだって、いじめられた奴ぐらい……」
「親からいろいろされていたとか、なあ?」
お前たちは今まで恵まれていたので、この学校で虐げます。
まるで地獄で罪を償うかのような理屈に対して、新入生たちは控えめに抵抗していた。
「虐げられちょった奴は、ハーレム主人公になりたいなんて願わん!」
しかし、言われてみれば実際その通りなわけで。
「むろん、おんしらの中には、リア充なぞおらんじゃろう。リアルが充実しちょったなら、実生活に満足しておったなら、バカなことを願うわけがないからのう。じゃが、少なくとも、この学校での生活よりはましじゃったはず。それは今更説明の必要もあるまいのう」
そうだった。
新入生全員が『ハーレム主人公とかどうでもいい』と思っていた。
今までの過酷な特訓が全部無駄になっていいから、とっとと楽にしてほしいと願っていた。
今の環境と同等かそれ以下、『虐げられていた』と言っていいレベルの人々なら、安息安寧を願うだろう。間違えても、波乱万丈の大冒険は求めまい。
「で、でも……なんでわざわざ俺たちに作らせたんですか?」
「そうですよ、業者の人とかに頼めば……」
「おんしらは、他人が作ったもんは壊されてよくて、己がこさえたもんは壊されてよくない言うんか?!」
ごもっともだった。
自分で作らせて壊させた、という点を除けばもっともすぎた。
自分たちで作る楽しさと、難しさ。そして破壊された時の悲しさや虚脱感。
それを学んだにも関わらず、他人にこの苦しみを押し付けようとは。
「そのとおりじゃ!」
反語だったらしい。
「ええか、ハーレム主人公いうんはな。自分がされて嫌だったことを、無関係の相手にもできてこそじゃ。これでおんしらは、『さあ、魔法をあの的に当ててみろ』『はあ』『な、訓練場が破壊されただと?!』ができるわけじゃな」
人間の闇、社会の暗部、負の連鎖。
なるほど、世界から憎しみが絶えないわけである。
「おんしらはまず、悲しい過去や苦しい経験を積まねばならん。なぜなら、それがハーレム主人公がマウントを取るために必要じゃからじゃ! 女子の苦しみに共感するために、他人に自分の悲しみを押し付けるために、どん底まで落ちるんじゃ!」
論理の矛盾を超えた、絶対的な結論。
しかしそれは、矛盾に満ちた存在であるハーレム主人公のそれであり……。
「ええか、おんしらも来年は、後輩の努力を灰燼にせにゃあならん! 心を鬼に、ハーレム主人公にするんじゃあ!」




