マズメシをくい、メシウマになろう 上級生編
ハーレム主人公専門学校名物『タイ・ボーン』。
毒蛇や毒虫を大量にぶち込んだ大鍋の中に、身を投じるカリキュラムである。
当然、安全用の装備はなく、むしろ全裸で全員が飛び込んでいく。
毒虫や毒蜘蛛の毒牙が彼らの体に食い込こもうとして、皮膚の分厚さと堅牢さに阻まれていた。
それどころか、彼らはまるでスナック菓子感覚で、適当な毒虫を口の中に放り込んでいく。
殻を吐き出すとかそんな軟弱なことはなく、彼らの咬筋力と歯によってあらゆる部位が切り裂かれ、すりつぶされ、呑み込まれていく。
「おい、新入生! 毒虫が足りんぞ! とっとと追加しろ!」
「は、はいいい!」
上級生全員ががつがつと食っていくので、当然『タイ・ボーン』の中の虫は減っていく。
減っていくので、補充が必要だった。補充するのは新入生の仕事である。
彼らは毒蛇に噛まれながらも、なんとか毒虫を追加して投じていく。
「本当にもしゃもしゃ食ってる……」
「に、人間じゃねえ……」
「アレがハーレム主人公としての鍛錬を積んだ男たち……」
絶対に自分たちが知っているハーレム系主人公ではないが、ある意味では『スゴイ、アレが上級生か』という納得をしていた。
確かにあれだけの鍛錬を積んでいれば、どんな状況に放り込まれても『はあ、やれやれ。この程度のことで音を上げるとはな』とか言えそうである。
実際、どんなハーレム主人公になるとしても、ここまで過酷な状況に放り込まれることはないだろうし。
「アレが本当のジャンクフードか……」
「ワイルドすぎるだろう……」
新入生たちはまさに、ハーレム主人公を前にしたモブの心境だった。
あんなことを涼し気に行えるなんて、普通じゃない。自分たちとは、くぐった修羅場の数が違い過ぎる。
「おい、ヤバいぞ! どこの馬鹿だ、毒虫や蛇をひっくり返したのは!」
「に、逃げろ!」
「いや、逃げるな! 逃がしたら教官殿にぶち殺されるぞ!」
「ぎゃああ! か、噛まれた!」
「うるせえ! 俺だって噛まれてるんだよ! いいから鍋にぶち込んでいけ!」
そうした騒ぎを聞く上級生たちは、少し前の自分たちを思い出してニヒルに笑う。
少し前の自分たちもああだった、そんな懐かしささえ感じていた。
※
とはいえ、いかなる毒物に耐性を得たとしても、まずいメシが食えるようになるだけである。
まずいメシを食えるようになったところで、ヒロインから認めてもらえるわけもない。
よって、上級生たちは料理の腕も磨かねばならなかった。
「すごい……」
まさにモブの反応。
新入生たちは、上級生たちの料理の手際にまず驚いていた。
シチュエーションはキャンプ、アウトドア。まともな設備はないものの、調理器具などはそろっている。
そうした状況を想定し校庭で行われる調理は、極めてスピーディーでスマートだった。
大急ぎで調理しているというよりは、丁寧な調理を早回しにしているようですらある。
材料である大きなイノシシや狐、ウサギなどの野生動物を猛スピードで解体していく様は、まさに精肉業者そのもの。
生き物を解体するという『行為』から遠い場合、忌避感を持つ者も少なくない。だが、彼らの行動を見ていると、残虐さや血なまぐささなどどこにも見受けられなかった。
おそらく貴人が目の当たりにしても、職人技に見ほれるばかりだろう。少なくとも、新入生はそうだった。
「教官殿、出来上がりました」
「おう」
野趣あふれる、臭いの強いはずの獣肉。
それに酒や香草を加えることで臭いを消し、むしろ食欲をそそる料理に仕上げ、白い皿の腕に盛り付けていた。
見学している新入生たちには味は確かめようがないが、それでも盛り付けだけは間違いなく、レストランのそれに匹敵する。
そう思っていると……。
「まあまあじゃな」
「ありがとうございます」
一皿、また一皿、出来上がっていく料理が平らげられていく。
そういうと下品な食べ方をしているようだが、実際には屋外に設置された椅子に座り、簡素な机の上に置かれた料理を、一つ一つ丁寧に口へ運んでいた。
上級生たちも筋骨隆々な肉体に合わない、エレガントな所作で調理や給仕を行っていたが、それよりもさらに屈強な教官もまた、テーブルマナーを守りつつ食事をしていた。
しかしその一方で、上級生たちの作っていく料理の数々が、すべて口の中に入っていく。
皿の上に乗っている料理の一つ一つは小さいが、それでも膨大な量になる筈だった。だが、それを苦しそうでもなく平らげていく教官。
「あ……ああ……」
生徒たちには腐った料理や毒虫を食わせて、さらに超一流の料理を作らせる。
そのうえで、自分は超一流の料理を食べていく。
その横暴に、新入生たちは言葉を失っていく。
自分たちが食べられないのは仕方がないとして、上級生たちは良いのだろうか。
まともな味覚があるにも関わらず、自分で作った最高の料理を食べられないなんて許せるのだろうか。
「最後の一皿になります」
「おう……ふん」
最後の最後まで、上品に食べきった教官。
彼は上級生たちに目をやることもなく、評価を下した。
「確かに、一流レストランの味じゃな。だが、まだまだじゃ」
「おっす!」
「超一流のレストラン、そしてそれ以上に達するには、料理の修業が不十分な証拠! まだまだ、一人前のハーレム主人公には遠いのう」
我慢の限界だった。いくら何でも、言っていいことと悪いことがある。
義憤に燃えた新入生たちは、見学の立場も忘れて叫んでいた。
「教官! その言い方は何ですか!」
「んん?」
「一流レストラン、一流のシェフになったなんて、凄いじゃないですか! なのになんで褒めないんですか!」
「ほう、ワシに意見か」
「それに、全部食べるなんてひどいです! なんで上級生の先輩たちに、少しでも残してあげないんですか!」
そうだそうだ、と他の新入生たちも賛同する。
これがカリキュラムだというのなら、あまりにも残酷だ。前時代的ですらない。
「それはのう、こいつらがハーレム主人公をめざしているからじゃあ」
あくまでもエレガントに、椅子に座ったまま教官は答える。
「ハーレム主人公を目指していたら、美味しい料理を作っても褒めてもらえないし、自分で作った料理を食べてもいけないんですか?!」
「そうじゃ」
「なんでですか!」
食後の酒を一杯、あおった。
匂いを楽しみ、ワインの光沢を楽しみ、味わう。
食事の余韻に浸りながら、教官は丁寧に説明する。
「ハーレム主人公が、超一流のシェフをも超える技を求められるのは、なぜじゃあ?」
「それは……そっちの方が、面白いからで……」
「そうじゃ。ハーレム主人公言うんは、すべてを見下さにゃあならん。それこそ、本職の、超一流のシェフさえものう」
「そ、それは……」
「その道でくっちょる、超一流のシェフを見下し、羨ましがられるために鍛えとるんじゃ。にもかかわらず、それに至るまでの道でも褒めてほしいとは、なんともえらいもんじゃのう?」
そう言われてしまえば、やはり何も言えない。
確かにダブルスタンダードではあるが、自分たちがやりたいと思っていたことではある。
「超一流のシェフ以上の実力を得て、専門家を見下せるようになるまで、ハーレム主人公は料理の腕を褒められちゃああかんのじゃ」
自分たちは他人をこき下ろしたいのに、他人からこき下ろされるのは我慢できない。
それは確かに、あまりにも勝手な話だ。
自分たちが他人を褒めずに済むために、他人を見下せるほどの技量がなければならない。
それ以下は、やはり合格ではないのだ。
「それにのう、上級生ども。そこのクソガキどもに教えちゃれ」
口元をナプキンでぬぐい、教官は片づけを始めている上級生たちを促していた。
「ハーレム主人公が料理を作るのは何のためかとのう」
「おっす」
代表して、一人の上級生が手を止めて応じる。
「ハーレム主人公が料理を作るのは、自分が食べるためじゃありません!」
自分たちは毒蛇さえ喰らい、しかし教官には最高の料理を作る。
それは本番に向けての練習でしかない。
「ハーレムの女の子にふるまうためです!」
落雷のような衝撃だった。
新入生たち全員が、その言葉を聞いて足がすくむ。
そこまでの覚悟をもって、彼らは日々鍛錬を積んでいたのだ。
万人を見下し、女の子に惚れられるために。
「そんとおりじゃ」
教官は椅子を立ち、ゆっくりと新入生たちに歩み寄る。
「自分で作って自分で食う、それは美食家気どりがすることじゃ。ハーレム主人公のすることじゃないのう」
「そ、そうですが……」
「普段からマズメシを食うことで、こんな不快な思いを己の女子にさせられんと想い、心血を注いで練習する。本番でがっかりさせんためにな」
「は、はい……俺たちが間違っていました……」
「よし、それからもう一つ……」
教官の体が、筋肉が、骨格が、膨張していくようだった。
「メシ食っとるときに、話しかけるなああああああああ!」
拳を一振り。それだけで、新入生たち全員がバラバラに吹き飛んでいく。
「おんしら、テーブルマナー以前じゃろうが! ワシのメシを邪魔しおってからに! 誰が話しかけてもええいったんじゃあ、ボケが!」
まあそうかもしれないが、体罰や暴力は駄目だという基本はあっさり破る教官であった。