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マズメシをくい、メシウマになろう 新入生編

「ハーレム主人公いうんは、ただケンカが強いだけでは務まらん。この学校では、料理に関しても教えちょる」


 そういう本人は、明らかに人間を踏み殺しそうな水牛の首を片手でつかんで、締めていた。

 どうやら、そのまま食べてしまうつもりらしい。人間の姿をしている猛獣かなんなのだろうか。


「ハーレム主人公たるもの! 超一流料理店のシェフをうならせる料理スキルを持ち! 尚且つどんなマズメシヒロインの料理も平らげる度量をもたにゃあならん!」


 できるわけねえじゃん、誰もがそう思っていた。

 それは確かにありがちな話だが、それはそういうお話でしかない。

 超一流のシェフに匹敵する技量なんて、そこいらの男が持っているわけもない。

 もっていたら、それこそ超一流のシェフになっている。


「よって、料理じゃあああ!」


 しかし、安堵している生徒も多かった。

 なにせ料理の授業である。如何に目指している場所が『頂点』とはいえ、わけのわからないマンガみたいな特訓などあり得ないわけで。



「大根のかつらむきじゃあああああ! ええか、まずは包丁になれんかい!」


 そして、実際にそんなものだった。


「ええか、おんしらが料理を作ろうなんざ、百年早い! イロハのイからじゃああ!」


 サボっていると殴ってくるとか、失敗すると蹴飛ばされるとか、その拳が重いとか足が猛スピードだとか、そういう点をのぞけば普通だった。

 普通にキツイが、眼力の特訓が普通ではなさ過ぎたので、むしろ楽だった。


「基礎から叩き込んだる! 超一流のシェフは一日にしてならずじゃあああああ!」


 過酷ではあるし、苛烈でもある。

 だが、それでもまともな修業だし、納得もできるのでなんとか頑張ることができていた。


 しかし、これで終わるのか、という戸惑いもあった。

 こんな『ちょっとキツイ指導』が、『ハーレム主人公専門学校』のカリキュラムであるわけがないのだと。


「よおし、メシウマへの授業はここまでとする!」


 それを聞いて、全員が青ざめた。

 正しく言うと、共感が持ち出したものの悪臭をかぎ取って、青ざめていた。


「次はマズメシの特訓じゃあ! 如何なるマズメシも平らげてこそハーレム主人公! これはその第一歩! 砂糖と塩を間違えたおにぎりを、直射日光にあてまくったもんじゃああああ!」


 砂糖と塩を間違えるとかそういう問題ではない。

 確実に体調不良を起こすであろう、悪臭を放つ『元食品』。明らかに、賞味期限を超えているというか、適切な保管方法ではない。


「きょ、教官殿!」

「なんじゃあ!」

「そのおにぎりは誰が作ったんですか!」

「ワシに決まっとるじゃろうが! 想いあがるな、ハーレム主人公になっとらんおんしらに、料理を作ってくれる女子なぞおるか!」


 ハーレム主人公になるための道は険しい。

 なぜ女の子にもてたいがために、おっさんの作った、意図的な腐敗食品を食わねばならないのか。

 せめてかわいい女の子の失敗作ならよかったのに。


「せめて、女の子の作った料理を……!」

「ド戯けが! 女子(おなご)の作った『本番』でみっともない真似をせんために、こうやって練習しとるんじゃろうが!」


 それはそうかもしれないが、そんな練習をしたいわけがない。


「きょ、教官はこれを食えるんですか?」

「あん? おんしらまさか……ハーレム主人公が、それをそだてちょるワシが、こげんマシなもんを躊躇するとでもおもっちょるか?」


 そう言って、ポケットに手を突っ込む。

 するとそこから出てきたのは、生きている蛇だった。


「ひ、ひいい!?」

「コブラじゃん! 猛毒の蛇じゃん!」

「ぽ、ポケットに突っ込んでいいもんじゃねえぞ?!」


「うろたえるな、小僧っ子どもが……」


 ハーレム主人公を育てる教官である、コブラ如き、噛まれないように配慮をするなどあり得ない。

 勿論指に、コブラ的な蛇が噛みついている。しかし、指に牙が刺さらない。

 それどころか、もしゃもしゃと踊り食いを始めた。

 口の中に、コブラがそうめんのように吸い込まれていく。


「上級生の朝飯は毒キノコ、昼飯は毒フグ、晩飯は毒蜘蛛。卒業試験に至ってはアシッドスライムの早食いじゃあ」

「それマズメシってレベルじゃないですよね!」

「当たり前じゃあ! 世のマズメシヒロインは、人間の食えんもんでも弁当に突っ込んで食わせてくるんじゃぞ!」


 それは確かにその通りだった。

 実際、そういうヒロインの出てくる物語は存在しているし、結構人気でもあった。

 だが、それはある意味ギャグ描写だ。実際に自分がそんな目にあいたいわけじゃない。


「そ、そういうのは、ハーレムに入れないですよ……」

「ああん?! おんしら、マズメシヒロインはヒロインじゃないいうんか?!」


 少なくとも、腐敗している食品は食べたくない。

 おっさんが料理しているのなら、なおのことである。


「おんしらがそこいらの主人公ならええ。女を選ぶ権利はある……じゃがおんしらが目指しちょるのは、ハーレム主人公じゃろがい!」


 しかし、それを一喝する。


「そこいらの主人公なら、どの女がええのか考える。尻が小せえだの、胸の形がいいだの、器量がいいだのなんだので『選べる』。じゃがのう、ハーレム主人公は違う、選べんのじゃあ! 例えどんなメシマズでも、袖にすることなど許されん! どんな女から言い寄られても、邪険にせず受け入れるんじゃあ!」


 いや、ハーレム主人公にも選ぶ権利があるのではないだろうか。

 少なくとも命にかかわるような料理は、もはや料理とは言えまい。そこまでいけば化学兵器であって、料理ではないだろう。

 確かに自分を殺しに来た暗殺者を受け入れる、というのもよくある話だ。だが、日常的に自分へ毒物を盛ってくる相手を、ヒロインと認めていいものだろうか。


「あの、それってもはやハーレム主人公でもないような……」

「ああん?! そんじゃあアレか、おんしらは読んどる漫画やラノベで『料理がまずいから、ハーレムに入れない』なんぞほざくハーレム主人公をみたことがあるんか!」

「それはそうですけど……でもそれは、マンガやアニメの話じゃ……」


 そう、そういうヒロインの個性、欠点は、マンガやアニメだから許されるのだ。

 実在したら、絶対に笑い話にはできないし、伴侶や恋人にすることではない。

 ここまでくるなら、食糧調達が難しい環境への適応や、毒物への耐性を身に着ける、という方がいっそ説得力がある。

 少なくとも、訓練を積んでも、マズメシヒロインとは一緒にいたくない。

 なんで訓練してまで、マズメシを受け入れなければならないのか。


「ハーレム主人公が実在する言うんか?!」


 しかし、そういわれると返す言葉がないわけで。


「おんしらがなりたいっちゅうハーレム主人公は、実在する職業なんかと聞いとるんじゃ!」

「そ、それは……」

「実在せんもんになりたいと、神様に願ったやつらが! なあにを偉そうに、実在せん架空のお話は受け入れられませんとほざくか! それを言うならな、世の女子はまず『ハーレム主人公を目指す男』を受け入れんわい!」


 独り言としてつぶやいたわけではない。

 この場の全員、神様に向かってハーレム主人公にしてくださいとのたまったのだ。

 それで、自分のことを棚に上げてマズメシを否定してはいけない。


「どのヒロインも選べん、全ヒロインを独占したい。でも他の男に自分の女がなびくのは駄目、とか抜かす手前勝手な理屈の塊じゃろうが! それでその上、選り好みまでするとか何様じゃあ!」


 そうかもしれないが、目の前の腐った料理は食べたくないわけで……。


「ええか! この程度食えんようなら、どのみちハーレム主人公にはなれん!」


 だがもう既に、なりたいと思っている者がいないわけで。


「やれやれ、この程度のことは大したことはない、といいながらのりこえんかい、ボケが!」


 しかし、退路はすでになかった。

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