ハーレム主人公になろう
ここはとある地方の冒険者ギルド。
一花咲かせたいと思う者もいれば、ただ日銭を求める者もいる。
商人の護衛からモンスターの駆除、凶悪な犯罪者の征伐。
簡単な仕事から危険な仕事、食い詰め者でもできる仕事から、超一流でも困難な仕事まで。
余りにも多岐にわたる仕事の斡旋所である。
そこに、一人の男が足を踏み入れた。
その彼が入ってきただけで、冒険者ギルドの誰もが彼を見てしまう。
圧倒的な存在感が、彼からあふれて止まらない。
生物的な恐怖が、肝の据わった冒険者たちの心臓を握ってしまう。
威風堂々たる歩みは、周囲の視線など一切気にしていない。
ただ素のままに歩む彼は、恐怖でひきつっている受付嬢に話しかけた。
「ここに来たのは初めてだ」
「しょ、初心者の方ですね!?」
誰もがその瞬間理解した。
彼は数多の修羅場を潜り抜けた歴戦の雄だと。
彼の纏う空気が、余りにも初心者から程遠かった。
「ああ」
「で、でわ! では! こちらの水晶をどうぞ! これには貴方の能力値が刻まれるのです!」
「そうか、では」
さて。
相手の能力値を測るということは、相手の力に敏感ということである。
初心者の彼が手をかざすまでもなく、ただ手を軽く動かしただけで、頑丈そうな水晶が粉々に破壊された。
「ひ、ひいいい!」
その水晶だけではない。ギルドの中にあった予備の水晶までもが、全部同時に砕け散る。
同様に、彼の能力値を測ろうとしたギルドの面々も泡を吹いていた。
「どうやらオレが壊したようだな」
「い、いいええ! 貴方は悪くないですよ! だから怒らないでください!」
魔物の強さを測る際にも、水晶は使用される。
小型の魔物用の水晶を大型の魔物に近づけるだけで、水晶が砕けるのはよくある失敗だ。
だが、だとしても、ここの水晶は強大な力を持つ超一流の冒険者さえ測れるものだ。
意図しても、そう簡単に砕けるものではない。
「詫びだ、とっておけ」
「ひひいい?! これって竜の鱗ですか?! し、しかもこの大きさ成体龍の?!」
「昨日の晩飯の残りで恐縮だがな」
「ま、まさか近くの山で出現したという成体龍を、ここに来るまでに倒したんですか?! 最上級のクエストとして検討されていたんですけど?! 食べたんですか?!」
「ああ、残っているのはそれだけだ」
成体の竜と言えば、強さもさることながら相当の大きさだ。
それを単独で倒し、ほぼ平らげるなどあり得ない。
「お、おい兄ちゃん! それはいくら何でも大法螺ってもんだぜ!」
挑発したのは、中堅どころの冒険者だった。
一度口にしてしまったので引っ込みが効かなくなっているが、冷や汗をかきながらも初心者へ言葉を続ける。
「おおかた、寝てる成体龍の鱗を数枚剥いできたってだけだろう? その度胸は認めるがよ……」
「……」
「お、お……な、なんだ、やるのか?!」
中堅冒険者は、彼と目を合わせた。
別に威圧したわけではなく、ただ視線がぶつかり合っただけだ。
「あ……あああああああ……!」
ただそれだけで、中堅冒険者の命が消えていく。
確かな筋肉に覆われた肉体が、見る間にやせ細り衰え、骨と皮になっていく。
歯が抜け落ち、目がしぼみ、よろめきながら倒れた。
「ひ、ひいい?! ま、魔眼の類か?!」
「ち、ちがう! 格の違いがありすぎたんだ!」
どうでもよさそうに、受付の女性に視線を戻す。
その女性は、絶対に視線を合わせてはならないと理解して、書面だけを見ていた。
「それで、オレは登録できないのか?」
「そ、そのですね! しょ、少々お待ちください! ギルド長、ギルド長~~!」
受付嬢の悲鳴を聞いて、裏で仕事をしていたギルド長が現れた。
おそらくこのギルドの中では最強であろう、別格の存在感を持つ益荒男。
「んん? どうした、問題か?」
「……」
問題の彼と、ギルド長の視線が交差した。
「ぎゃああああああああ!」
中堅冒険者と同じ末路を辿った。
「ぎ、ギルド長~~~!」
「ギルド長までやられた?! もう駄目だ!」
余りにも強大な彼の前には、中堅冒険者もギルドをまとめ上げる男も大差がないのか。
その事実を前に、誰もが恐慌に陥ってしまう。
なぜこうなった、初心者がただ登録をしに来ただけなのに、あるとあらゆるものが破壊されていく。
もしかしたら、このままこの街が崩壊するのではないだろうか。
「……ふう、どうやらオレのマウントによって被害が出たようだな、いかんいかん。強すぎるというのも考え物だな」
二人の犠牲は無駄ではなかった。
二人を犠牲にしたことで、彼は状況を悟っていた。
「しかたない、調理場を借りるぞ」
「ど、どうぞ!」
ギルドは酒場も兼ねているので、調理場もある。
だが、その調理場で一体何をするというのか。
そもそも受付嬢に、調理場を貸す権限があるのか。
悪気はないとはいえ、二人の人間を廃人にした彼を、このまま野放しにしていいのか。
様々な思考がその場の全員をよぎるが、上級の冒険者も最底辺の冒険者も職員も、蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。
彼がその場から動いても、誰も何もできなかったのだ。
何かをすれば、二人の様に睨まれてしまうかもしれないのだから。
そう思っていると、鼻に何かの匂いが届いた。
それが美味な料理の芳香と考え付くより先に、全員の口からよだれが溢れた。
だらだらと、赤ん坊のように膵液が溢れて止まらない。
ぬぐってもぬぐっても、ぬぐい切れない。
食欲が止まらず、空腹を通り越して飢餓感さえ覚える。
「できたぞ」
彼が廃人となった二人の前に置いた料理は、それこそ超一流のコックが自殺を選ぶほどに、神の料理としか言えないものだった。
朽ちかけていたはずの二人は、その料理がおかれただけで生気を取り戻し、テーブルマナーも減ったくれもなく犬食いを始めてしまった。
そして、一気に生命力を取り戻していく。涙を流しながら、極上の美味に震えていた。
「騒がせて悪かったな、今日の所は出直させてもらう」
「そ、そうですか……そ、その、貴方のお名前だけでも!」
魔王を殺したことがある、と言っても信じてしまうような、強大極まりない男がギルドを去っていく。
本当に、ただ騒がせただけの男が去っていく。
「名乗るほどの名は持ち合わせがない。ただの……」
にこりと笑って、去っていく。
「ただの、ハーレム主人公だ」
この世のあらゆる理不尽を味わいつくした、味わい続けた一人の男。
地獄の底のような試練を乗り越えて、一人の卒業生がこの世界に降り立った。
この世界に、また新しいハーレム主人公が。
未だに、彼のハーレムは一人もいないけれども。
彼の前途には栄光しかありえない。