妥協なく頑張ろう
この学校ではよく見る光景。
余りにも過酷な試練を前に、何もできず力尽き、更にその上で休まることなく加えられる虐待。
まさにスクールカーストだった、食物連鎖だってここまで過酷じゃないだろう。
「おう、そこまでじゃあ!」
主人高の教官が、暴行を加えていた生徒を止める。
もはやただの地獄絵図、もはや試練ではなく試験でもなく、傲慢の罪を償うが如き刑罰だった。
「押忍!」
暴行を加えていた生徒は、特に達成感もなくその場を去っていく。
そして、キャラ校の生徒たちはなんとか立ち上がる。
ギャグ時空なので死んでいないが、それでも苦痛が激しいことは主人高の新入生たちはよく知っている。
「せ、先生……」
不満げに抗議するのは、キャラ校の上級生たち。
試験だとは聞いていた、勝てなくてもいいとは言われていた。
しかし、それでもこの結果は受け入れられない。
「俺たち、頑張ってきました……そりゃあチートもしましたけど、でも、頑張ったんです!」
「なのに、なんであいつらの方が強いんですか?! なんであいつらの方がチートなんですか?!」
「こんな試験に意味なんてない! 勝てない相手と戦って何になるんですか?!」
不満があった。理解ができなかった。怒っていたし、不愉快だった。
そんな彼らへ、キャラ高の先生は残酷なことを言う。
「痛い目を見ることが目的です」
にこにこと、菩薩のように笑いながらそう言った。
「皆さんはもうすぐ卒業です。ハーレムキャラ養成専門学校を卒業すれば、私は皆さんを守ることができません。皆さんは、自分の身を自分で守らなければなりません」
卒業する、学校から離れる。
それは彼らが、主人公補正も、主人公としての実力も持たずに世界へ出ることを意味していた。
そう言われてしまえば、キャラ高の生徒も黙るしかない。
「キャラ高のカリキュラムは、とても合理的で効率的です。ですがそれは、皆さんに『越えられる試練』だけを課してきたということ。しかし世界に出れば、それはあり得ない。弱い敵が順番に現れてくれるわけではないし、自分がケガをした時に都合よく敵が現れないわけでもない。であれば大事なことは、勝ち目のない相手とは戦わないこと」
「そんなこと、言われなくても……」
「そうですよ、言っていただければ……」
「おやおや、最初に実力差を読めなかったのは全員では?」
頭を撫でられて育てられたことが、よくわかる一幕だった。
なるほど、ものの役に立たないことが分かる。
「もしも実戦だったなら、皆さんは死んでいましたね。相手が自分よりも弱いと信じて疑わずに、無謀にも挑んだ。あれだけの実力差がありながら、なぜわからなかったのですか?」
実力差がありすぎたのだろうか。
それとも、相手が虚勢を張っているだけだと思ったのか。
いいや違う。ただ思い上がり、自分負けるわけがないと思っていただけだ。
「皆さんは確かに努力しました。ですが、彼らはもっと過酷な努力をしている。皆さんが勝てるはずもない、そもそも相手になるわけもない本物の強者です」
「俺たちが、偽物だっていうんですか」
「はい」
偽物の強者だと、生徒たちを鍛えてきた先生が口にする。
「主人公を目指している人に、なぜ勝てると思ったんですか?」
そもそも、彼らは最初から主人公になることをあきらめている。
主人公になんてなりたくない。
苦労して修業して鍛錬して、世界最強になって世界を救って世界を平和にして世界を守りたいわけではない。
そんな努力を、格好が悪いと思っている。
必死になって、意地になって、汗まみれの血まみれを馬鹿馬鹿しいと思っている。
自分さえよければそれでいい、自分が楽しければそれでいい。
ある程度の努力、自分の周辺だけの無双、勝てない相手とは戦わないし、面倒なことには首を突っ込まない。
そういう趣旨、そういう初志だったはず。しかし他でもない生徒たちこそが、それを忘れていた。
「皆さん。よく覚えておいてください。賢く生きるということは、決して楽しい生き方ではありません。たとえ相手が気に入らないとしても、時に媚びへつらい、時に許しを請い、時には傘下にならなければならない。それが『賢い』生き方というものです」
本当に強さを追い求めた者にはかなわない。
最初からそんなことを想定していないし、最初の最初からあきらめている。
だからこそ、賢く生きるのだ。たとえ負け犬と罵られたとしても。
「あんなに苦労したのに! それで負け犬として生きろっていうんですか?!」
「あの程度しか苦労していないのなら、仕方ないでしょう? 既に新入生の皆さんがどれだけ苦労しているのかは観たはず。まさか、アレよりもつらく苦しかったとでも?」
苦労して強くなったのなら、もっと苦労してもっと強くなった者に勝てるわけがない。
残酷極まりない話だが、最初から勝てると思う方が間違っている。
「皆さん。別にいいんです、あそこまで頑張らなくったって」
その話を、主人高の生徒たちも聞いていた。
これから、上級生になっていく彼らの耳にも、とても大事なことが語られていく。
「皆さんだって、ちゃんと頑張りましたよ。それは私もよく知っています。効率よく修業する、明るく楽しく努力する、適度な強さで満足する。それでいいんですよ、とても立派なことです」
負けた彼ら、無様を晒した彼らへ空虚な評価をする。
「しかし」
適切な評価ほど、傷心の者に効く刃物はない。
「一生懸命頑張っている、効率を度外視して修業している、暗く苦しい努力をしている、究極極限を越えた強さを求める者を、蔑んではいけない」
そして、それは新入生たちにとっては救いの言葉でもあった。
「それは貴方達の心に枷をつける。理解しなさい、一生懸命頑張っている方が強いということを。自分たちが劣っているということを。それを認められなければ、ハーレムキャラにはなれない」
自分たちは勝者の道を歩いている。
自分たちは栄光を目指している。
苦難を乗り越えた先には、確かな豊かさがあるのだ。
「おんしらも分かったじゃろう」
主人高の教官が、感慨に浸りながら新入生へ語る。
「学校でどれだけ辛くともいいんじゃ。どうせ学校なんぞ、人生の中では大した時間ではない。どれだけ負けてもええし、どれだけ泥を味わってもええ。じゃがのう、学校でいい目をみせてもらったところで、世間は優しくしてくれん。じゃからこそ、安全な場所で先に過酷な試練を越えておくんじゃ」
それを超えつつある上級生たちを、誇らしげに眺めながら。
「素晴らしい本番を得るためにのう」
キャラ校の生徒たちは、悔しそうにうなだれる。
自分たちが調子に乗っていたこと、相手を侮り思いあがっていたこと。
それを認めきれない、若さゆえに地面を叩いていた。
「おし、次のもん、でてこいや!」
つまり彼らはまだまだ、地獄を味わいきっていないわけで。
「押忍!」
「え、まだ終わってないの?!」
「当たり前じゃあ、全員が順番に相手をするわい! おんしらがハーレム主人公に歯向かう気が失せるまでのう!」
新入生たちはちょっと思った。
これを日常的に味わうのなら、やっぱり適度な強さで妥協した方がいいのではないか。
一回辛い目に合うだけの方がいいのではないかと。
「て、転校しようかな……」