九話「少女、犯罪者をぶっころぬ。」
サブタイ、これしか思いつかなかったんや……。
そうして、深層の魔物であるミノタウロスをオークと同じようにアレごと切り刻みながら進んでいると、グレイが私の後頭部をしっぽでペシペシと叩いて、私が足を止めると話しかけてきた。
『あるじ、ここからさきはまりょくのざんしょうがないぞ』
「そう。じゃあここからは適当に歩く。」
私が再び歩きだそうとすると再びグレイが私の後頭部をしっぽでペシペシした。
『いやまて、あるじ、そうじゃない。まりょくのざんしょうがまったくない。ふしぜんなくらいにないぞ。』
「残照が、全く無い?」
私は、グレイの言葉に小首を傾げて問う。
『ふつうなら、とれじゃーはんたーがとおらなくてもまもののざんしょうがのこるはずだぞ。でもそれすらないんだ、あるじ。』
魔力の残照が残らない。
それはまるで、解放状態の私が通った後のよう。
そう、或いは――
「異常個体は、龍……?」
『ありえるぞ。でも、めいきゅうにうまれるまものはほとんどこゆういしをもたない。もとどうぞくとしてはたしょうこころがいたむが、やむおえない。』
「……。」
恐らく悲しそうな顔をして言うグレイの言葉に、私は沈黙で答える。
けれど、グレイは励ますように言った。
『だいじょうぶだ、あるじ。めいきゅうにとらわれたどうほうをらくにしてやってくれ。そのほうが、きっとどうほうもよろこぶぞ。』
「……うん。そうだね。わるいけど、そうさせてもらう。」
私はグレイの案内で、敢えて魔力の残照が一切ない通路を選んで歩き出した。
しかし、暫くしても龍が放つような強大な存在の気配は一切感じない。
龍はもっと奥に居るのだろうか。
やがて、やけに入り組んだ道を通ってゆくと、前方に人の気配を見つけた。
この始まりの迷宮は深い層へ行くほど、壁から水晶が覗く様になる。中層では小さな水晶の欠片が壁の中に埋まっていて、それがほのかに光っているが、下階層に行くほど水晶が成長していくらしい。
深層にもなれば、私くらいの少女なら、体を縮こまらせたらすっぽりと隠れてしまうほど大きな水晶がいたるところから生えていて、おまけにすごく明るい。
おかげでこの始まりの迷宮は携帯用ランプは必要ないし光の魔術で辺りを照らす必要もない。
私は気が付かれないように、壁から飛び出した大きな水晶の影に隠れながら少しずつ近づく。
グレイがなにか嫌な予感がしたのか、やけに警戒しているので、不用意に近づくことは躊躇われた。
水晶の光が作り出したその男達の影が私の目の前で揺れる。
どうやらここから先は少し広い空間になっているらしい。
そこまで移動すると、三人の男の話し声が聞こえてきた。
私は水晶の影からちらりと頭を出して様子を伺う。
手前に筋骨隆々の大男が一人と、身軽そうな装備の男が一人、それから地面には少年二人と少女一人が横たわり、その奥に、杖を持った魔術師風の男が一人立っている。
身軽な装備の男の声が聞こえる。
「漸く赤髪の女も落ちたな。それで、どうするんだ?」
「あいつは、好きにしていいって言ってただろ。そりゃあもちろん……、なぁ?」
大剣を背負った筋骨隆々の大男が答えた。
その二人はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、もう一人の魔術師らしき男を伺うようにその男へ顔を向けている。
「こいつらの装備は足がつかない様に他領で適当に売り払って、後は知り合いの商人の伝手で皇国で奴隷として売る。駆け出しの割にはなかなかいい装備が揃ってるからな。生娘の方が価値が高くなるが、まぁこの依頼の報酬が十分に出てる。この赤髪のガキは死なない程度なら好きにしていいぞ。」
魔術師風の男は説明するような口調で言った。
「よっしゃ!じゃあ俺が先な!」
「おい、好き勝手やるのは結構だが、その前にちゃんと隷属の首輪をかけろよ。死なれちゃ困るだろう。そろそろ魔力吸収を止めるぞ。」
「おっといけねぇ、忘れるところだった。」
身軽な装備を着た男が少女の方へ向かおうとして、魔術師風の男に嗜めるように言われ、懐から黒い首輪を取り出すと再び少女の方へ歩き出した。
『あるじ、あのおとこのてにはめたゆびわ、まりょくをきゅうしゅうしているぞ。』
「(うん、見える。)」
グレイの脳内に直接話しかけてくる不思議な声に、私は囁くような声で答える。
右に傾向ていたターバンを押し上げて開いた私の右目には、子どもたちの体からぼんやりと青いモヤのようなものが、その魔術師の風貌をした男の青く光る宝石のついた指輪に吸い込まれてゆくのが見えた。
けれど残りの二人の男達は、何故か魔力の吸収が働いてないらしい。
『なにやらふおんなことばがきこえるが、いれぎゅらーとやらはいないみたいだし、あるじ、どうする?』
私は考えるまでも無く声に出して言った。
「もちろん――」
隠れていた水晶の影から飛び出し地面を強く蹴る。
勢いでフードが脱げ、グレイは私の髪へばりつくようにしがみついた。
「――助ける。」
あの黒い首輪をつけようとしゃがんだ状態で一番手前にいる身軽そうな男へ、一瞬にして距離を詰めると、横を向いてガラ空きになっている首めがけて片手剣を上段から斜めに振り下ろす。
「がッ!?」
その刃は首を守る鎖帷子を力づくで切り裂き、容易に骨を断ち切って、突然の事に驚く男のアホ面を宙に舞わせた。
「死ね!」
吹き出した血を浴びる私に、先程まで数歩離れたところに居た上半身裸の大男が背中に背負った大剣を真横に薙いだ。
私はそれを低くしゃがんで避ける。
大きな質量を持った暴力の塊が、頭に乗せたグレイの頭上の数センチ上を横切っていった。
『ひぃいぃぃい!あ、あるじぃいいいい!!』
あまりの恐怖にグレイが泣き叫ぶ。
「グレイうるさい。」
そう言いながら私は、手に持った片手剣を大男の顔面に向かってぶん投げた。
「ぐぉッ」
投げられた片手剣が男の顔面に傷をつける。
今まで戦ってきた巨体のオークやミノタウロスは、全て股間のモノを切り飛ばしてから、悶えてる間に全身メッタメタに切り裂いて最後に心臓を刺し貫いていたけれど、――グレイがその様を同情するような眼差しで見ていた――、その時はいずれも股間を守るものがボロボロの麻布一枚だったので、片手剣で刈り取ることが出来た。
しかし今回相手は人間なので、もちろん急所である股間には防具を付けている。……上半身裸だけど。
兎に角、この武器ではどんなに怪力を自負している私でも、高い位置にある急所を狙って飛び上がると、私の体重が軽く重さが乗らない為に、あの盛り盛りの筋肉に守られた肉体には浅い傷を入れるのが精一杯だ。
だから――
「偃月刀」
――私は男が顔面に打つかった刃物に怯んでいる間に、左手に新たな鞘ごと剣を呼び出した。
そして引き戻した右手で柄を持ち、強く踏み込み宙へ飛び出す。
「うおぁあああああ!!」
男が、左手で顔面を抑えながら右手に持った大剣を闇雲に薙いだ。
タンッ
それを足場にもう一度蹴る。
私の間合いに筋肉に守れた大きく太い首筋が入ると、その瞬間、居合斬りの要領で手に持ったそれを一気に引き抜き振り抜いた。
一見非力な少女の振るう、その剣先に比重の偏る鉈のような刀身は、遠心力によって、身長が三倍程もある大男の首に食い込み強く強靭な肉の筋を尽く断ち切り、そして骨を砕いて首の中ほどまで切り込んだ。
私は男の肩に左手をついて、そのまま体を縦に一回転させながら飛び越えるように背後に回り地面に着地する。
それから男は、大きく開いた傷口から大量の鮮血を撒き散らすと、その瞳からは光が失われた。
これは予約投稿なんですけど、たぶんこれを投稿する頃には二章を書き始めぐらいでしょう。
また少しだけ書き溜め作業がありますが、加えて抗がん剤治療挟んだり、二章のプロットないし全体の流れみたいなものを書くので、少々投稿遅れるかと思います。