七話「海賊風ゴシックドレスはお好きですか?」
サブタイトル、ちょっと趣向を変えてみた。
8/9 設定を変更した部分が前のままになってたので修正。
私は気絶してから三分後に目を覚ました。
……私を気絶させた張本人の膝の上で。
先程まで私の顔面で猛威を奮った二つの物体が間近にあるものだから、目を覚ました瞬間、飛び退けてしまった。
今は幸いにも冒険者が帰ってくる時間ではないが、もしも一般の依頼をしに来た人や、たまたまこの時間に組合長へやって来た冒険者が居るかも知れないので、こんな場所で騒ぐ訳にはいかないと、今は組合長の執務室兼、ほぼ私室みたいな場所で眼の前の女性の謝罪を聞いている。ここを昔から知る冒険者や彼女の友人達はもちろん彼女の本性を知っているのだが、組合の威信に関わるので、あまり公にする訳にはいかないのだ。
そして私は、一人だと何をされるか分かったもんじゃない、事もないけれど、若干あの二つの爆弾がこわいのでパトリシアに付いてきてもらった。
「酷い目にあった……。」
私はジト目で目の前の女性を睨む。
「うぅ……、ごめんなさいエトちゃん……。ママが悪かったわ!寂しい思いをさせたばかりか、私の胸が大きいばかりに……。そうね……、お詫びにこのお土産の海賊風ゴシックドレスをプレゼントするので着ましょう!すぐ着ましょう!」
お日様のように美しいプラチナブロンドの髪を結った、包容力の権化のような爆乳の女性は、少しだけ反省の色を見せたかと思えば、いつの間にどこからともなく出てきた謎の衣装を両手に、目の色を変えて私に迫ってきている。
未だに勘違いしてるし、なんだか反省してなさそうだ。というか、たぶんあなたは私のママじゃない。
でも訂正するのもそれはそれで面倒だし、抵抗した所でこの人からは逃げれる気がしない。
何故ならこう見えて、たぶん元冒険者か傭兵だから。元とはいえ先程の腕力を思えば、引退した今でも戦闘力は申し分ないのだろう。
私の記憶力ですら鮮明に思い出すことが出来るトラウマの数々をフラッシュバックさせるこの人の名前は、えっと……、ふ、フラー……、フライ??
『あるじ、ふらう・それいゆだぞ。』
そう、フラウ・ソレイユ。
ここ、迷宮都市西区の組合長……、らしい?
たぶんパセ……、パトリシアが組合長って呼んでたからそうだ。
「……。」
彼女が右手に持つドレスは、黒色の生地をベースに金色の刺繍が施されていて、トップの部分が少し軍服のようなデザインになっており、袖口にはレースが、首元にはリボンが付いている。これを、普段着ているコートとベストに、白いブラウスを脱いで、色違いの黒いブラウスの上に着ると、下はガーターベルトとニーソックスと、そこに私が普段履いているロングブーツをそのまま履くらしい。
そして左手には、白い羽の付いた三角帽子と私の右目を隠すための眼帯を持っている。眼帯は何故かハート型だ。
海賊ってこんな変な格好して海に出てるのか。
「お土産って、組合長……、組合本部とここの組合って大通りで繋がってますよね。徒歩で行ける距離ですよね。お土産っていうか普通に買ってきただけですよね。」
「良いじゃないですか、私のエトちゃんにこんな似合いそうな服を買ってくる事の何がいけないんです。あ、ちなみにこの服の発案は私で、私の友人のオーダーメイドですよ。この、あえてレースやフリルを盛りすぎないスマートなデザイン!盛り盛りのドレスもやはり良いものがありますが、この雰囲気は正しくクールカワイイエトちゃんにぴったりでしょう!?流石にエトちゃんのあの黒いコートほどではないけど、ちゃんと実戦でも使えるような特殊な素材で丈夫に作ってるのよ!裏には魔法陣を刺繍してあるから、一応エトちゃんの体質にも合わせてあるわ!」
「そうですか……。」
パトリシアが、疑問を呈してくれたけれど、むしろフラウは嬉々として説明してくる。
それどころか完全に私用に作られているという事実を知ってしまった。
このコートと同じ素材で出来てるものなんてそうそう無いはずなんだけど。
兎に角もうこうなったら、最後。私は彼女が飽きるまで、着せ替え人形となるしかない。
私は、普段から無い目の光をより一層無くして、無心になることにした。
それから数時間後。
時折、荒い息を吐きながら私に抱きつこうか抱きつくまいかいやそれでは折角着付けた服が崩れてしまうではないかと葛藤しているフラウと、それに呆れながらも、私のことは、まるで夢見る乙女のようなキラキラとした目で見ているパトリシア、……そして魂が抜けたかのような目をしている私が居た。
万物時計はベストに付けたまま。冒険者の証であるリング状のタグはそのまま首にかけた。
そして、もともと腰のベルトに掛けたチェーンに付いていた小さな銀色の本は、チェーンごと服のポケットに入れた。これが無いと私が私で無くなってしまう。
というかこの人達仕事は無いのかな。時間帯的には無いのか。
そんな時である。
執務室の扉が勢いよく開くと、組合の職員が入ってきた。
「組合長失礼します!緊急の案件が――、うわエトちゃん可愛ぃ……じゃなくて、始まりの迷宮で異常個体が発生したようです!」
なんで私を見て一瞬表情が緩むの?
「こんな時に異常個体?それで被害は?」
組合長が職員に質問する。
それに対して、入ってきた職員は重要な情報を淡々と答えていく。
「はい。現在、深層にて銀級が三人と、青銅級の冒険者が三人、戦闘中とのことですが、状況は芳しくないようです。」
「青銅級が深層に……?深層に出現する異常個体なんて、とても青銅級が太刀打ち出来るようなものじゃないでしょう。でも青銅級が深層に降りるとなれば、転移石を用意しているのではなくて?転移石はどうしたのです。」
「どうやら購入した転移石の殆どが偽物だったようです。しかし、青銅級の冒険者が一人だけ、本物の転移石を持っていたようで、先程、組合に駆け込んできました。」
組合長は眉を顰めて言う。
「そう、組合から購入できる正規品ではないものを買ったのですね?一先ず、非正規品を買った冒険者は後々処罰を与えるとして、その逃げてきたという青銅級からより詳しい話を聞きましょう。」
「はい。……しかし組合長、今から対策会議を開いたとしても、今は組合の冒険者は全員出張らっていますよ。」
「全員……、ですか?」
その言葉に組合長はより一層眉を顰めた。
そこでパトリシアが呟いた。
「そういえば、今日は割の良い依頼が多いようで、組合に残る冒険者は居ませんでしたね。」
パトリシアの呟きを聞くと、組合長は私の方を見て、暫く考え込み、やがて再び口を開いた。
「……いえ、ここにまだ残っている冒険者が居ます。」
組合長の言葉を察して、パトリシアは慌てて意義を唱える。
「ま、まさか組合長……、エトちゃんに行かせるおつもりですか!?そんな、だってエトちゃんは――」
だが、フラウは真顔で言った。
「は?何を言っているのです、私が行くに決まってるでしょう。」
パトリシアは盛大に突っ込む。
「えぇぇえええええ!!?だって今意味深な感じでエトちゃんを見て……っていうか、組合長は行っちゃ駄目ですよ!!指揮を執って頂かないといけないですし本部への報告書を提出したりとか、後処理もあるでしょう!?」
「いや、私のエトちゃんはなんでこんなに可愛いのかなって思って。」
「……。」
「どうしてその流れでそうなるんです!?」
やがて、組合長は諦めたような顔をしてため息を付きながら、言った。
「はぁ……、冗談に決まってるではないですか。……百分の九十九は本気ですが。」
「それほぼ本気ですよね。けど冗談ってことはつまり?」
パトリシアは不安そうに尋ねる。
「はい、保護者としては非常に不本意ですが……、誠に不本意ですがッ!組合長の立場である私としては、エトちゃんに行ってもらうように言うしか無いでしょう……。」
「で、ですが、組合長。エトちゃんは黒鉄級ですよ?ましてや普段からあまり依頼も受けないし、迷宮にも潜らないのに……。」
パトリシアは納得がいかないみたいだ。
そこへ、先程まで黙っていた組合長への報告しにきた職員がパトリシアに話しかけた。
「パティ、あなたは新人だから知らないのね。エトちゃんは、実力は黒鉄級をとっくに超えてるわ……。信じがたい話だけれど、組合長の話によれば、冒険者になる前はここより難易度の高い、白亜の森の迷宮に勝手に入って踏破したことがあるそうよ?始まりの迷宮くらい簡単に踏破できるんじゃないかしら。」
「えぇ!白亜の森の迷宮を!?」
「そう、だからエトちゃんなら、行けるわ……。エトちゃんのママを自負する私としては非常に心苦しいけれど……、行ってもらうしか無いわね。」
いつからこの人は私のママになったのだろう。
もしかして、私が忘れているだけで養女にされてたとか?
『あるじ、まえに、だまされてようじょにされてかけてたから、われがとめたぞ。』
どうやらグレイが止めてくれたみたいだけど、ずっとここにいるといつの間にかよくわからない書類を書かされて養女になってるかも知れない。こわい。
と、その時、新たにもう一人の職員が慌てた様子で、執務室に入ってきた。
「た、大変です、組合長!保護した青銅級の冒険者が、仲間を助けなきゃと言って組合を飛び出していきました!」
「対応していた者は何をしていたのです。……、仕方ありません。下層および深層への特別許可証を発行します。至急、エトちゃんには始まりの迷宮へ向かってもらいましょう。」
そっか、じゃあこの服もう脱いでもいいよね?
やっぱりいつもの慣れ親しんだ服の方が良いと思うの。
私が服を脱ごうとボタンに手をかけると、組合長がそれを遮るように言った。
「一刻を争うから、その服のままでお願いね?」
「え、このまま……?」
「大丈夫、エトちゃんがいつも着ている地味なコートの代わりにもなるわ!あ、ついでに誰か写真を撮ってきてください。いえ、私的なものではなく、報告書に載せるのに写真があったほうがより、詳細な情報を伝えれますから。ね?」
「組合長、そこは自重してください。」
「……。」
『だいじょうぶだ、あるじ。にあってるぞ』
私は海賊風ゴスロリドレスで迷宮になりそうだ。
" 万物時計はベストに付けたままだけど、冒険者の証であるリング状のタグと同じチェーンに付けられた私の拳の中に収まるほどに小さな銀色の本は首から下げたままだ。
これが無いと私が私で無くなってしまう。
組合長はそれが大事なものであることを理解しているらしく、それを外して欲しいとは言ってこなかった。"
この部分を修正しました。