五話「駆け出しパーティ、迷宮(ダンジョン)へ。」
「ただいま。……何があったんだ?」
オリーがフードをかぶった少年を連れて、ひたすら不機嫌な顔で黙り込むカーラと、気まずそうにカーラの方を見て口を開いてはまた閉じて、ということを繰り返してるアルンの所へやってくると、その不審な様子を見て疑問を口にした。
「ああ、いや。何でも無い、こともないというか……。あーその、ごめんな?カーラ。その、お、俺の小遣いで何でも好きなもの頼んで良いぞ!」
オリーがやって来たことで、ついに意を決したアルンが、カーラに謝り、俺の奢りだ!と宣言した。正直この組合に併設された酒場で何かを頼んだ所でそう高いものはない。だから大丈夫。とアルンは考えたのだが、残念ながら、カーラは容赦がなかった。
「えっ?ほんとに?じゃあ向こうの通りで最近人気のお菓子がいいかしら。あー、それとも新しい服が良いかしら?うーん、そろそろ新しいブーツを買っても良いかもしれないわね……。」
突然満面の笑みを浮かべたカーラが、思案顔で何を買おうか悩み始めた。
その内容は、この酒場ではなく外の店の商品だった。
向こうの通りに出来たスイーツの店は帝都で大人気らしいが、確かそこそこの値段がするし、女の子の服なんて検討がつかないが、母さんが女の子の服へのこだわりは強いから、プレゼントする時はちゃんと十分なお金を用意するように、と言っていたし、この前、カーラが欲しそうにしていた黒いリボンがあしらわれた可愛らしい感じのブーツは……、0がえっと……いくつだっけ。
流石にやばいと思ったアルンは咄嗟に抗議の声をあげようとして……
「ええ!ちょ、ちょっとそれは……」
「はぁ?なんか文句あるの?」
「すいません、無いです……。」
一蹴されてしまった。
父さん。俺、母さんが「私の為にお父さんが買ってきてくれたのよ。」って言ってたアクセサリーとかが沢山あった理由がわかった気がするよ。というか、買ったと言うより、買わされてたんじゃ……。
新しい装備を買うためにコツコツと貯めていた俺の小遣いは、今日で振り出しに戻りそうです、父さん。
アルンは自身が幼い頃に亡くした父の当時の心境に思いを馳せるのだった。
「フハ、ハハハハ!君たち、面白いなぁ。」
そんなアルンとカーラのやり取りを見て、オリーの隣に立って居た少年が堰を切ったように笑いだした。
「ん?オリー、そいつ誰だ?」
漸くオリーの隣に誰か居たことに気がついたアルンがオリーに質問した。
「ああ、彼は組合職員に紹介された――」
「僕はユピトーだ。よろしく。新しいメンバーを探してるんだろう?」
自己紹介を即すように言ったオリーの意を汲んで、フードをかぶった少年は、ニッコリと笑顔でユピトーと名乗った。
しかしそのやけに白い肌をしてヒョロっとした少年の姿は、とてもではないが壁役など務まるような体格ではない。
アルンは訝しげな顔して尋ねた。
「ああ、確かにそうだけど……。お前、壁役なんて務まるのか?」
「アッハハ。まぁ無理もないか。僕は障壁が使えるんだ。あとは、強化系魔術もね?」
「障壁……、おまけに強化系の魔術まで?まじかよ……俺なんて初級の強化系の魔術すら使えないのに……。」
強化系の魔術と聞いて、アルンは自身が使えない魔術を使える少年に引け目を感じたようだ。
「いやぁ、心配しなくても大丈夫さ。一応、片手剣は持ってるけど、魔術に集中するからね。僕は、えーっとアルンだったかな。君ほど剣を上手く扱えるわけじゃない。君は幼い頃から剣術を教わってるんだろう?僕じゃ勝てないさ。」
それに気がついたユピトーはアルンに自信を持たせるようにそう言った。
「そっか、お前良いやつだな!よろしくな!」
それを聞いて、アルンは途端に元気になったようだ。
どうやら近々あるだろう出費の事も既にすっかり頭には無いらしい。
「あんた、単純すぎない?」
余りにも単純なアルンを見てカーラは完全に呆れ顔だ。オリーも若干苦笑いである。
「取り敢えず、お試しということで、明日はユピトーも加えて始まりの迷宮へ行こうと思うんだが、いいか?」
オリーが全員の顔を見て、それから確認するように言った。
その意見に全員が肯定する。
「お前が言うならその方が良いんじゃないか?」
「まぁ、相性とか、連携の確認は必要よね。」
「ああ、先にそれを言いだしたのはユピトー何だがな。俺もその意見には賛成だ。職員もその方が良いだろうと言ってたしな。」
「よっし!じゃあ、明日の朝は組合に集合して、それから迷宮だな?」
アルンが元気よくガッツポーズをする。
オリーはユピトーの方を見ると確認を取る。
「ああ。それで良いか?ユピトー。」
「いいよ。よろしくね。アルン、カーラ、オリー。」
ユピトーは再びニッコリと笑う。
しかし、何故だかカーラにはその笑顔が貼り付けた作り物の笑顔のように見えた。
■ □ ■ □ ■
翌日、一行は西区の組合で落ち合うと、始まりの迷宮へと向かった。
始まりの迷宮は迷宮都市の中心部に存在する組合本部の真下に入り口が存在するが、上層、中層、下層、深層、最深層と主に生息している魔物や難易度、階層主の有無によって五つの層に区分されている。
ただ、上層はスライムなどが生息するただの洞窟になっており、入り口は縦穴の洞穴だ。そのため、組合本部の一階にある洞穴からゴンドラで降りれるようになっている。つまり中層以降が漸く本物の迷宮というわけである。
中層以降のそれぞれの層の一番下に当たる空間には階層主がおり、その階層主の部屋をくぐり抜けた先にある魔物の出現しない安全地帯が存在する。
組合本部一階の始まりの迷宮の入り口には朝から多くの冒険者が集まり、列を成していた。
その列の手前に、何やら三人の冒険者らしき男達が、列に並ぶわけでも無く、こちらを見ている。
オリーは彼らがユピトーの知り合いであると踏んで隣を歩く少年に話しかけた。
「ユピトー、彼らは?」
「ああ、あの人達は先輩の冒険者だよ。ここに来てしばらくはあの人達にお世話になったんだ。連携でもしも失敗したら、いくら難易度の低い迷宮とはいえ、やっぱり危ないでしょう?だから僕が頼んだんだよ。」
ユピトーは自信満々で相変わらず笑顔だ。
しかしその説明ではやはり納得できず、再び少年に話しかける。
「確かにそうかもしれないが……、相談もせずに勝手に頼んだのか?」
「いやぁ、ごめんね?僕も最初は僕たちだけで大丈夫かなと思ってたんだけど、でもやっぱり万全を期したほうが良いかなと思って……。一応組合の職員に確認も取ったんだけど、伝え忘れてたのかな。」
そのオリーの反応で、流石に笑顔で答えることは出来なかったのか、ユピトーはひどく悲しそうな顔をして答えた。
「オリーその辺にしといてやれよ。ユピトーはそれだけ俺達の事を考えてくれてるってことだろ?」
「でも私は知らない人と迷宮に行くのはちょっと……。」
「大丈夫だって、ユピトーの知り合いなんだろ?」
その様子を見て、アルンはユピトーを励ますように言うが、カーラは反対のようだ。
オリーはため息をつきながら言った。
「はぁ……、まぁここまで来てしまったんだし、今更帰ってくれと言うのは失礼だろう。このまま行くしか無いな。」
結局、嫌そうにしていたカーラも渋々了承すると、一行は、大剣を背負った大男、魔術師風の男、斥候らしき男の三人の冒険者を加えて、始まりの迷宮に続く列へと並び、やがて順番が来ると、下へ降りるゴンドラへ乗り、迷宮の奥へと歩みを進めた。
先輩の冒険者だと名乗る彼らは、危険に成れば後ろから助けるということで、少し離れたところからついて行く形で随行するらしい。
多少の不安はあったが、職員が認めたならば大丈夫だろう。オリーはそう信じることにしたのだった。
次です。次で主人公は出てきます……、後半の方で。