四話「駆け出しパーティ、組合にて。」
8/9 一部、追記しました。
西区の組合の外観は、主に木で出来た骨組みの合間を、石と漆喰で固めて出来た建物だ。最近の建物はレンガ造りが基本だが、この建物は迷宮都市が出来てから二番目に出来たものであり、そのため建築様式が古い。
一方で迷宮都市の中心、始まりの迷宮の入り口の真上に作られた組合本部は西区の組合と同じく年代物だが、こちらは砦などと同じく石材で出来ており、むしろそこらの砦よりもよっぽど大きく、一歩間違えれば小さな城とも取れるような様相をしている。そのため、現在のレンガ造りの建築などよりもよっぽど頑丈に造られているのだ。
ちなみに、ここ迷宮都市には、本部と西区の他にもう一つ東区に組合が存在する。こちらはレンガ造りの非常に綺麗な建物だ。
しかし、何故こんなにも組合が多いのかという事を説明するには、まず迷宮都市について説明しなければならない。
迷宮都市はエルガト帝国の西の端に位置する自治都市であり、ノースエルドミッド山脈の南の端にある麓の森の一部を切り開き、そこにある始まりの迷宮を中心に造られた冒険者の街なのだ。山脈には他にもいくつか迷宮が存在し、それらも迷宮都市の組合本部が管理を担っている。
迷宮都市の西区には宿屋と飯屋が多く、下町とスラムが続く南区と、貴族の別邸や大きな商会の商館などが居を構える北区との合間に位置する。
そんな西区は迷宮都市で最も大きな通りが中心を通っており、中心部の組合本部に入り口が存在し、迷宮都市地下に広がる始まりの迷宮へと挑む、駆け出しの冒険者や中堅どころの冒険者が多く集まる。
そして東区は北区よりにあるため、北区と同様に貴族の別邸や商館もあるが、主に高級宿などや一部娯楽施設が存在する。
そのため、東区の組合には高位の冒険者や、商人や貴族から依頼を受ける傭兵が集まる。
そして迷宮都市中心部に位置する組合本部はもちろん、本部と言うからには、迷宮都市が存在するエルガト帝国に留まらず、この大陸全土に広がる組合の本部を意味しており、また自治都市である迷宮都市の運営を担っている。
そして、駆け出し冒険者が集まる西区組合は、昼時になって、簡単な依頼を終わらせてきた冒険者や、迷宮の探索を早めに切り上げた冒険者が集まってきていた。
そんな組合の扉が開き、また新たな冒険者が入ってきた。
「うわぁ、ちょっと混んでるな」
入ってきた冒険者の一人、アルンが建物内を見渡してげんなりとした様子で呟いた。
だが、夜になれば、更に多くの冒険者がやって来て、今よりももっと沢山の人で溢れている事だろう。
「俺が依頼達成の申告をしてくる。その間、二人は……、そこの席が空いてる。そこに座って待ちながら昼食でも取ればいい。ついでに俺の分も頼んでおいてくれ。」
組合に依頼の達成を認めてもらうには、組合に所属する証であるタグを依頼人の持つ書類の右下に描かれた小さな魔法陣にあてがい、達成情報を記録して、それを組合で確認してもらう必要がある。
だが、依頼をこなして、疲れて帰ってきた、冒険者には余裕が無いので、一人だけこうして残ってやる作業は皆やりたがらない。
これでも、昔は判を押された書類を提出をする必要があったものが、タグの魔道具化により断然楽になっているのだが、やはり粗暴な者が多い冒険者にとっては面倒なものは面倒なのだ。
だが、その点オリーは良識があるので、自身が率先してこの役を買って出ている。
「こいつと二人ぃ?」
「おい、なんか文句あんのかよ。」
これはいつものやり取りで、こうは言っているものの、一度組合内で大喧嘩をして職員に怒られてからは、ちゃんとしているようだ。
それに、この二人は喧嘩するほど仲がいいを体現したような関係なので実のところ問題はない。というか内心、カーラは喜んでたりする。
「喧嘩はほどほどにしておけよ。俺はついでに新メンバーの加入について組合職員に相談してくるから、ちょっと遅くなるぞ。」
アルン、カーラ、オリーの三人は一週間ほど前に迷宮都市にやって来た駆け出し冒険者のパーティだ。
パーティ名は茜色の光。
故郷の村の、夕暮れ時の空の色をパーティ名にしたのである。
発案はオリーではなくアルンだ。
「まぁ一番良くわかってるオリーから話してもらったほうが懸命よね。私は兎も角、こいつは馬鹿だし。」
「馬鹿って言うなよ。さっきので傷ついてんだよ。」
若干ふてくされ気味にアルンが言った。
どうやら今は喧嘩する程の元気は無いらしい。
オリーは苦笑いしながらその様子を見て、それから二人の元を離れ、受付の列に並んだ。
ここの組合の酒場はそこまで広く造られてはいない。
あまり多くは座れないし、酒場としては良くもなく悪くもないといったところだが、他の酒場より劇的に安いし、こうして仲間を待って、ついでに軽食を取るというのには丁度いい。
二人はオリーが見つけてくれた空いてる席に座った。
「酒臭いわね。」
「そりゃ酒場だから当たり前だろ?」
そう言いながらアルンは、カウンターの向こうで酒場を担当している職員に、軽い軽食を頼んだ。
アルンと背中合わせにすぐ後ろの席に座る冒険者の酒に酔った笑い声が聞こえる。仲間内で、あそこの店は良かっただとか、俺が入ったら年食ったババアが出てきただとか、ギャンブルで大損しただとか、組合の受付嬢は誰がいいだとか。そんな下世話な話で盛り上がっているようだ。
彼らは今日はもう何もしないつもりで、昼間から酒を飲んでるのだろう。
見るからにもう若くない彼らは、冒険者として落ち目だ。
あの年になるまでに、この西区の組合を出られなかったものは、中堅にすらなれず、或いは一歩手前と言うところで、年齢と共に体力を落とし、やがて引退していく。そうして、昔夢見た栄光を手にできなかった者は、偶に簡単な依頼をこなしながら、昼間から安い酒を飲んだくれている。
そうやってここに残るのは、本当はどこかで冒険者という職業を諦めきれていないからなのだろう。
アルンは、こうした光景を見る度に、自分はああはならないぞと心に決めている。
だが、彼らもきっと若い頃はそうだったのだろうから、結局は才能があるか無いかの違いに過ぎないのだ。
カーラはそうやって真剣な顔をして決意に身を固めている眼の前の少年を見て、気が付かれないように小さく笑った。
彼は昔から変わらない。だから私が助けてあげないと。
そうしてカーラは両親の反対を押し切ってアルンについてやって来た。アルンについて行くのだと言う娘の思いに気がついて、最後には両親も祝福してくれた。行商から買った、ちゃんとした魔術用の杖をこうしてプレゼントしてくれたのだ。
両親から貰った杖を眺めて、いつか恩返しを、そう考えるカーラの視界に、ふと何かを見つめるアルンの姿が映った。
ハムとチーズのサンドイッチがテーブルの上に運ばれてきていたが、アルンの目線は、酒場のカウンター席の、その端に座る黒いなにかに注がれているらしい。
よく見ると、それは肩に掛けられたコートのようで、誰かがカウンターに突っ伏して寝ているらしい。小柄な体格と、横から、サラサラとした白く美しい髪がこぼれ落ちているのを見るに少女なのだろう。
カーラはそれを見て、何故そう思うのか自分でも良くわからないが、少しだけ不機嫌になりながら、アルンに訪ねた。
「さっきから何を見てんのよ。」
「ん?ああ、なんか、あそこにいるやつ、俺達が村を出てここの組合に来てからもなんかずっとあそこにいるなと思ってさ。たぶん、冒険者だよな?」
アルンは片手に持ったサンドイッチに齧り付きながら言った。
すると、今まで後ろで笑いながら酒を飲んでいた冒険者が話を聞いていたようで、腕を肩に回してアルンに絡んできた。
「ハハハ、何だお前。あいつに興味あんのか?」
「何だよおっさん。あいつのこと知ってるのか?」
酒の匂いに辟易しながらもやはり興味があるのかアルンはその問に聞き返した。
「へへへ、じゃあ銀貨一枚だ。あとおっさんじゃない。訂正したら教えてやろう。」
「はぁ?ちょっと。アルン、そんなのに構わなくていいわよ。」
「じゃあ、これやるから、その後ろにいるやつも話してくれよ。お……、あんた。」
カーラの言葉を無視して、アルンは銀貨一枚と、自身が頼んだ残りのサンドイッチの皿を差し出して言った。
「ハッハッハ、仕方ねぇな。本来なら銀貨三枚もらうところだが、まぁそこの可愛い嬢ちゃんに免じて負けといてやるよ。おい、お前らも話してやれ。」
「はぁ?」
カーラが抗議の声を上げたが、酒臭い冒険者はそれを無視し、差し出されたサンドイッチと銀貨一枚を受け取り、サンドイッチを残り二人の仲間の前に乱雑に置くと、銀貨一枚を懐にしまいながら言った。
「そうだな、まず俺の聞いたところによると、あいつはなぁ、何でもここの組合長のお気に入りらしいぞ。名前は知らねぇが、確か、鳥頭って呼ばれてる。俺もちょっと前にここの組合に来たばっかなんだがな。ああしていつも酒場のカウンターの端っこに座って寝てるところしか俺は見たことねぇな。」
「鳥頭?」
言われて、アルンは少女の方を見た。
ずれたコートの先から頭頂部だけが僅かに見えているが、確かに、つむじから二本の飛び出たくせ毛が、鳥の頭のように見えなくもない。
「ハハハ、確かに。その頭のそれが鳥っぽいからってのも含まれてんのかもなぁ。けど、由来は別にある。確か……あー、何だっけな。」
「何を言っても一日で忘れちまうんだとよ。」
酒臭い男が一瞬思案顔になるが、すぐにその後を仲間の一人が引き継いで言った。
「ああ、そうだった。まぁああやって昼間から何もしてねぇのは俺達とそんな変わんねぇけどよ。組合長のお気に入りだから、あんなひ弱そうなやつでも一応冒険者って事にして、ここに置いてもらってんだろ。武器も持ってねぇみてぇだしな。たぶん元はスラムの孤児だ。ちなみに、組合長は聖母みたいな人だ。……あー、俺も養われてぇ。あの巨乳にダイブしてぇ。」
最後は男の願望だった。
カーラの目が冷たい。
アルンは、自分がそういう目で見られているわけでもないのに、何故だか背中がゾクゾクとして、居心地が悪くなった。でも、その聖母みたいな組合長は一度でもいいから見てみたいと思った。
「ハッ!お前みたいな汚い顔のやつが養ってもらえるわけねぇだろ!その点、あの娘は冒険者としては使えないだろうが、それこそ娼館で働いたほうがマシなんじゃねぇかってくらい顔は綺麗だもんな。」
「おいおい、あんな小さいんだぞ。娼館なんかで働いたらすぐ壊れちまうだろ!」
「ハッハッハ、ちげぇねぇ!……おい、待てよ?何を言っても忘れちまうってことは……、つまり何をしても忘れちまうんじゃねぇか!?」
「おい馬鹿野郎、お前、目の前に嬢ちゃんが居るのになんてこと言ってんだよ!」
いつの間にか、どんどん下世話な方向に話が流れて行く。
同時にカーラの目がもはや、早朝、酒場の前の地面に撒き散らされた汚物でも見るかのような蔑んだ目になった。
このままだとまずいと思ったアルンは、そこで早急に話を切り上げることにした。
「ハハハ、あー、もういいよ。えっと、ありがとうな、おっさん。」
「だから、おっさんじゃねぇよ。」
次からはカーラが居ないところで聞こう。そう、心に決めたアルンだった。
主人公は6話で出てくるよ!!
「確か、鳥頭って呼ばれてる。」
この部分を
「名前は知らねぇが、確か、鳥頭って呼ばれてる。」
としました。