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23.毒霧の魔女

 


 努めて冷静に。フィーネは男達を見下ろした。


 先程見回りをしていた、マッチ棒に樽。

 ぴよ吉たちにもみくちゃにされ、腰を抜かしている男。

 そして、見た事のない男二人。全部で五人。


 馬の数と合致している。

 これだけ騒いで出てきたのだから、全員のはずだ。


 想像していた人数より少ない。

 フィーネは安堵のため笑う。ただし、外に浮かべているのは冷笑。


「私の下僕を返しなさい」


 静かに。そして冷やかな声が響いた。


 アストリードがここに出てきていないという事実に安心と心配が同時に浮かぶ。

 安心は彼らの仲間ではないかもしれないという期待。

 心配は先程の話。


 ――大丈夫かしら。


 のされた。と言っていたから、無傷ではないのだろう。

 おそらく拘束されているのだと予想する。


 せめて怪我がひどくありませんように。


 祈るも、フィーネの表情は冷笑を浮かべたまま。

 微塵にも心で思っている事など、外には出さない。


「か、返してほしくば、俺達の言う事を聞くんだな!!」

「貴方、誰にものを言っているの?」


 長年培ってきた秘密の鎧。そう簡単に見破られてたまるものですか。


 フィーネは緩く口角を上げる。

 そうしてすぅっと細く長い腕を前に滑らせ、指をパチンと鳴らした。

 途端、轟音が鳴り、地面が揺れた。


「なっ!?」


 慌てふためく、ゴロツキ達。

 フィーネの背後から上がる業火に「ひぃ」と腰を抜かす者もいた。


「もう一度だけ言うわ。下僕を返しなさい」

「だ、だから、俺達の言う事を!!」


 後ずさりながら言う男に冷めた視線を向け、フィーネはゆっくりと前へと進む。

 カツ、カツ、とヒールの音が小気味よく響き、そのたびに男達の顔色が悪くなってゆく。


『ガルルルルル……』


 唸り声。ラルフとガルガンドが今にも飛びかかりそうなほど体勢を低くしていた。

 肩に乗るぴよ吉も翼を大きく広げ、目の前の敵を威嚇する。


 フィーネは少し顔を斜めにし、見下すかのような細めた瞳で男達を一瞥。そして、ゆるりと口角を上げ、笑みを浮かべた。

 それは魂を抜かれるような美しさ。男達は自分達の置かれた状況も忘れ、ゴクリと喉を鳴らす。


 炎が木箱を燃料に燃え上がってゆく。

 肩には黄金の小鳥。左右には大型犬よりも巨躯をもつ狼を従え、妖艶な魔女は再び手を上げた。


「次に燃えるのは誰かしら?」


「ひ、ひぃー!!!!」

「ど、どうか御助けを!!」


 男達は地面をはいずりながらも、馬小屋へと逃げてゆく。

 そして我先にと馬にまたがり、森の中へと消えて行った。


 残ったのは馬が一頭。

 一人が馬車を使って逃げたためだ。あの、見回りに来ていた樽。彼は御者役だと言っていたから納得だった。


『……うまくいったな』

『脅しだけで逃げてゆくなど、愚かなものよ』

「チョロイモン♪」

「ありがとう、みんな」


 フィーネは三匹を見て笑った。

 みんなが居てくれたから脅しが上手くいったのだ。


『指を鳴らせば業火。意外と実現できるものだな』

『ようは工夫次第だ』

「フィーネ スゴイ!」

「ははは」


 種明かしは簡単。

 あらかじめ設置しておいた炎草に、指を鳴らして火花を浴びせただけ。

 ほとんど草の力である。あとは燃料になった木箱のおかげだった。


 とりあえず邪魔ものはいなくなった。

 フィーネは急ぎ足で小屋へと近づく。


 床に転がる瓶と食べ物のゴミ。

 開けっぱなしの扉から覗くのは、慌てて人が出て行った抜けがらだった。


「誰もいない……?」

『奥だ、フィーネ』


 示されて見れば、奥には扉が二つ。その片方にアストリードがいるという。


『我らは入口に待機する』

『鼻が曲がりそうだ』

「クチャイ」


 まだ室内に入ってもいないのに香る、様々な臭い。

 ラルフとガルガンドは揃って頭を振り、ピヨ吉もたまらず入り口から最も遠いラルフの背中へと移動した。


 フィーネは一人、部屋に入った。

 端に寄せられたテーブルとイス。灰皿から溢れんばかりの吸い殻。床には食べかけも含む食料といくつもの空の酒瓶が転がり、暇つぶし用なのか、ボードゲームの駒が片づけられずに放置されている。


 窓もなく、棚もない殺風景な大部屋。

 逃げて行った彼らが居た痕跡だけが残る。


「結局あいつらはなんだったの……?」


 外にあった木箱も空っぽだったし、この小屋の用途自体が未だ不明。気味が悪かった。


 フィーネは扉を見つめたまま「ねえ」と声をかける。アストリードがどちらの部屋にいるのか訊ねようとしたのだ。


 しかし、ひとつも返事がない。

 聞こえなかったのかなと思って振り返れば、ラルフとガルガンドは体勢を低くしていたし、ピヨ吉もラルフの背の上で翼を広げていた。



「――誰かと思えば魔女殿か」



 突然聞こえた声に振り返れば、一つの扉が開いていた。


 ――しまった。


 残りの馬が一頭だったのを見て、アストリードの分だと勝手に思い込んでいた。

 フィーネは気持ちを切り替え、凛とした声で尋ねる。


「貴方が私の下僕をさらったの?」


 返答は笑いだった。

 軽薄そうな声。ここで初めて、この男がアストリードと話していた人物だと気がつく。


「さらった? まさか。元々あいつは俺の部下さ」

「……そう。ならその部下が何故私のところで下僕をしていたの」

「そりゃあ、魔女殿に協力してほしい事があるからさ」


 聞きたくない答え。

 胸が苦しくて、座り込んでしまいそうだった。


「……なら直接そう言えばいいじゃない」

「頼んだら、やってくれるのか?」

「内容と対価次第。後は気が向いたら」

「それじゃあ困る。絶対にやってもらいたいからな」


 何をと聞くのを止めた。

 もう何があってもこの男の依頼など受ける気がないから。

 フィーネは腕組みをして、フンと鼻で笑った。


「魔女は自由よ。強制なんてされない」


 男もハッと笑った。


「ご執心の下僕と交換ならどうだ」


 話にならないわ。

 そう突っぱねなければならないところで、フィーネは言葉に詰まった。


 アストリードと交換。

 自分の目的は彼を助ける事。


「心が揺らいだか? どうだ。悪い話じゃないだろう?」

「……話にならないわ」

「そんなことないだろう? 魔女殿はあいつを取り戻しにきた。そして、あいつは俺の部下であって、魔女殿の下僕ではない。だから、あいつを対価として差し出す。わかりやすいじゃないか」


 筋は通っている。

 フィーネは舌打ちしたくなった。

 自分の要求を通すために、相手の望むものを差し出す。それは交渉を上手く進めるために必要な事。魔女は気まぐれだが、望む報酬を出せば何でもしてくれるという事をわかった上での進め方だ。


 ――迂闊、だったわ。


 自分の目的をわざわざ知らせてやる必要などなかった。

 どこかで甘く見ていたのだ、ただのゴロツキだと。軽薄そうな声に騙されていた。


 男が勝利の笑みを浮かべて、一歩足を踏み出した。


「報酬を受け取ってくれるだろう? 魔女殿」

「まだ受け取ると言っていないわ」

「あいつはいらないのか?」

「……下僕は返してもらうわ」

「なら答えはひとつだぞ」

「魔女は強制されないと言っているでしょう」


 どんどん間合いを詰めてくる男に、思わず一歩足を引いた。

 男がニヤリと笑う。


「俺が怖いのか」

「まさか。死にたいの?」

「『指を鳴らせば業火』だったな。だがここで俺を燃やせば、奥の部屋にいるあいつも道連れだぜ」

「他に方法はいくらでもあるのよ」

「ふうん。じゃあその方法を使えば」

「貴方、私と交渉しているのではないの?」

「もちろん。ただ、魔女殿と戯れてみるのも面白いと思っただけ」


 一歩ずつ前へと進む男。もう後に引けないフィーネ。

 男が遂に目の前に立つ。


「仲良くしようぜ」


 こちらに伸びてきた手を、思い切り叩いてやった。

 パン、と良い音が鳴って。同時に男の顔が不快そうに歪められる。


「下手に出れば調子に乗りやがって……!!」


 本性を現した男の手が再びフィーネに伸びる。


「近づかないでちょうだい!」

「うるせぇ!!」


 言葉による制止は不可。

 炎草はさっき使い切った。

 ラルフとガルガンドは強烈な臭いでたじろぎ。ぴよ吉も、そして鳥たちも室内では思うように動けない。


 組み合って、勝てる相手じゃない。


 フィーネの秘密の鎧は、もう――




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