20.森の主たち
「ラルフ、ガルガンド!!」
呼び声に答え、二匹の狼が姿を現した。
『なんだ。このような夜更けに』
『人間は寝ている時間だろう?』
胡乱な眼を向けるラルフ。
気だるそうに前足で頬を掻くガルガンド。
フィーネは「お願いがあるの」と前置きをして、一歩足を踏み出した。
「これの持ち主のところまで行きたいの」
スッと手を差し出す。
アストリードの手紙。魔具の揺らめきを感知できない今、彼へと続く手掛かりはこれぐらいしかなかった。
ラルフとガルガンドの目がすぅっと細くなる。
『……我らを犬扱いするのか?』
『無礼な』
不快なのは分かっていると頷き、その上で願う。「頼れるのが貴方達しかいないの」
二匹は腹立たしそうに尻尾で地面を打った。
『ふん。都合のいい事を』
『我らの望みは叶えてくれないくせに?』
責められるのは当然だった。
まだ彼らと遊ぶという約束を果たしていないフィーネに彼らが答える義務はない。
ラルフの尻尾がゆらりと動く。
『……去れ。フィーネ。夜が明けたら相手をしてやろう』
鏡で合わせたようにガルガンドの尻尾も揺れる。
『明日一番で来るがいい』
話は終わりだと、二匹は背を向けた。
今にも森へと消えてしまいそうな背中。フィーネはすぐに呼び止めた。「ラルフ、ガルガンド!!」
『なんだ』と声を重ね、振り返る二匹に、フィーネは膝を折った。
「お願い。どうしても、いま行かなきゃならないの」
譲れなかった。
対価は何でもいい。フィーネの出来る事ならなんでも。
それよりも今は時間が惜しかった。アストリードが出て行ったのは朝。かなりの時間が経っている。追いつくためにはもう待てない。
『……毒霧の魔女が膝をつくのか』
『不遜な魔女には似つかわしくない』
「そうかしら? 私は私の望むようにしているわ」
強気に言い返す。
彼らはフィーネの心を推し量っている。
どれほど真剣なのか、見極めようとしている。
『その香りを追ってどうするつもりだ』
『フィーネの望む結果が得られるかは分からぬぞ』
「いいえ。必ず望む結果にするわ」
ニィと口の端を上げる。
魔女らしい自信たっぷりの笑み。
そう、フィーネは決めていた。この先なにが起ころうとも、自分の望むようにすると。我がまま、傍若無人、気まぐれ。どんな総称で呼ばれようとも構わない。
そんなフィーネの表情を、ラルフとガルガンドはじっと見ていた。
すべてを見透かすような四つの瞳。紫の瞳は闇に溶け、金の瞳は心を射ぬく。
彼らはとても聡い。言葉にせずとも、人の感情すらも見極められるほどに。
しばらくして、二匹が同時に頭を振った。
『……しかたない。今回だけだぞ』
『用事が終わり次第、我らと遊ぶのだぞ』
「ありがとう!! ラルフ、ガルガンド!!」
厳めしい表情から一転、花がほころぶように笑う。
その変化に二匹は目を瞬くと、愉快そうに尻尾を振った。
『それほどまでに嬉しいか、フィーネ』
『ならばすぐにその香りを追って見せようぞ』
――すぐに出発だ。
そう思った瞬間、ラルフとガルガンドが同時に空を見上げた。
フィーネもすぐそちらを見る。
闇夜に浮かぶシルエット。
満月を背に受け、翼を広げる姿。
「フィーネ!!」
呼び声と共に、肩へと着地する小鳥。
「オイテイクナンテ ヒドイ!!」
「ごめん、見当たらなかったから」
「ソレデモ ヒドイ!」
不満だと髪をくわえて引っ張るぴよ吉に、ごめんごめんと謝る。
そんなやり取りに、ラルフとガルガンドが加わる。
『小鳥よ。夜は平気なのか?』
『鳥目というのは夜が不便であると聞いたが』
「ボクハ チュウヤトワズ スイリククウ オマカセ!」
『スイリククウ?』
『?』
はて、と首を傾げる二匹の視線がフィーネに集まる。
水陸空。つまり、泳げて、走れて、飛べると言いたいだけなのだが、この際細かい説明はいいだろう。
まだまだしゃべり足りなさそうなぴよ吉の頭を撫でて、ちょっと黙らせる。
その間にラルフとガルガンドに手紙を差し出した。意味が分かっている彼らはフィーネに近づき、顔を落とす。――スンと、一呼吸だった。
『やはりこの森の中ではないな』
『分かっていた事だ』
二匹はお互いに頷き合い、ゆっくりと歩き始める。
下草の生える地面を優雅に踏みしめ、そして堂々と進む。王者の風格を漂わせる彼らは間違いなく森の主。
「目的地は遠そう?」
迷いなく進む二匹の背中を追いながら、そわそわと辺りを見回すフィーネ。
『まだ分からぬ』とラルフが言い、『せっかちだな』とガルガンドが鼻を鳴らした。
『毒霧の森にはいない。それぐらいは分かっていただろう?』
「ええ。そうね」
『だが、森の中にはいるようだ』
すべての森は繋がっていると、二匹は言う。
この辺りの森は巨大だった。
毒霧の森はその中の一部で、大半が普通の森。ほとんど開拓はされておらず、点々と街が存在している。 フィーネが拠点とするレイフィルドの街もそんな田舎街の一つで、近くの街までは二日かかる。そこへ向かう街道は深い森を切り裂いて出来た道だった。
三匹とフィーネは森の入口にやってきた。
目と鼻の先にフィーネの自宅がある。今は誰もおらず、真っ暗な家が寂しかった。
ぴよ吉が、頬にすり寄ってくる。
「ボクガ イルヨ」
「うん」
優しい使い魔に心が癒された。
ぴよ吉はフィーネの一番の理解者だ。
ラルフとガルガンドがフィーネの方を見た。
『我らは毒霧の森以外の場所はよく分からぬが……』
『真夜中に深い森にいるのは、愚かな事だと思う』
「ええそうね。――ただ、ちゃんと寝床が確保されているならどうかしら」
野宿の可能性が低い事を、フィーネも分かっている。
『森番小屋か』
『あるいは隠し小屋か』
フィーネは頷く。
いずれの可能性もあるだろう。
森番小屋にいるなら移動途中に借りたのだろうし、もし、隠し小屋なら、何かきな臭い気配がした。――できれば移動の途中であって欲しいと願う。
アストリードが何故、このタイミングでフィーネから離れたのか分からない。
予定通りだったのか、不測の事態だったのか。
手紙の行間を読む限り、ある程度は予想されていたものだと感じる。だからこそ、扉の入口に手紙を挟んだのだと思った。
でもそれだと不可解な点がある。
『早く帰るから』――守れもしない約束をアストリードがするだろうか?
『いくぞ、フィーネ』
『遅れるなよ』
フィーネは頭を振って、目の前の事に集中する。
――わからなければ聞けばいい。
そう、本人に聞いてやればいいのである。
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