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2.毒霧の森

本日二話目!(7/6)

 



 毒霧の森とはその名の通り、毒の霧に包まれた森の事である。

 人里の側にありながら、人を寄せ付けない毒の森。本来ならその全てが謎であるはずだった。


 しかしその森に立ち入る人物がいた。フィーネである。

 魔女フィーネには毒が効かず、動物のすべては(しもべ)

 彼女にとって毒霧の森は、ただの良質な採取場所だったのだ。


 ある時、森の中にある果実を採取し、酒場兼何でも屋のガレスに持ち込んだ事がすべての始まり。


 持ち込んだものはリンゴだった。

 ただし、それは十年に一度しか実をつけないと言われている、幻のリンゴだった。


 驚いたガレスはフィーネに詰め寄り、採取場所を聞いて愕然とする。しかも何でもないような事のようにいう彼女の話の中に、絶滅したとされていた植物や、リンゴと同じく超がつくほどの貴重な木々が生えている事が知れたのだ。これは大事件だった。


 その噂は瞬く間に街中へと広がり、毒霧の森に入れる魔女フィーネは有名になった。


「どうか魔女様! お願いします!!」

「まったく。仕方ないわね」


 ツンと澄ました顔で、依頼を受けるフィーネ。

 後を立たぬ依頼に魔女がへそを曲げたら大変だと、ガレスが仲介役を引き受けたのは半年前。

 その当時、むちゃくちゃ貴重だったカカオのケーキを食べたいといいだした彼女の為に、ガレスは使える伝手のすべてを駆使して、彼女の望み――魔女への対価を用意した。


 カカオたっぷりのチョコケーキは、その辺の宝石なんぞよりよほど高価なものだ。

 対価を受け取ったフィーネは、それ以降、ガレスを通した依頼しか受けない事にした。

 フィーネとしても様々な人間を相手にするのは面倒で、ちょうどよかったのもある。



 フィーネは毒霧の森にいた。

 ガレスと別れ、およそ半日後。一度自宅へと戻り、採取用の服に着替えた後、その足で森に来ていた。


 フィーネに毒霧は効かない。

 ただの色のついた霧というだけで、実害はなかった。


「……普通の人間が来れば、一分と持たない毒の霧――。でも、これがあるお陰で、ここには沢山のモノが残されている」


 魔女にとって良質な採取場所は何よりも重要である。

 昔と違い、今の魔女はほとんど人間と変わらない。彼女の仕事も薬師のようなもので、元になる資源がなければなにも作りだす事は出来ない。


 無から有を作る魔法はすでに失われて久しい。魔法を使うにも、元となる欠片がないと精霊を呼びつけられないから。――でも、そもそも。


 フィーネは火種の前で指を鳴らした。


 ――秘密その三

 指を鳴らしても――……


 チカッと一瞬だけ火が生まれる。

 まるで火元から離れた火の粉のようなそれは、チロチロと灯心へと落ち、小さく煙を上げた。

 しかし、後が続かない。どうやら火は着かなかったようだ。


「…………」


 指をならせば業火。

 このご時世、んなわけあるか!!


 言いだしっぺが居たら、間違いなくぶっとい本を投げつけたであろう案件。

 魔女のイメージに合っていたので、訂正をしなかったのはフィーネだが、これはどう考えても書物の読み過ぎである。


 フィーネは計三回ほど指を鳴らし、やっとランプに火をつけた。

 もはや火打石の方が早いのではと一瞬頭を過るが、それはあまりにもらしくない(・・・・・)。魔女は魔法を使ってこそ魔女である。


 今回の依頼品であるランソルドッドの葉は正直厄介な代物だった。

 何がと言えば、それはその木が生える場所にある。

 人間にとって最難関である毒霧はいいとしても、いくつもの沼を超え、滝を横切り、崖をよじ登らねば到達できない。この毒霧の森にある資源の中でもかなり採取の難しい場所に生えているのだ。


 更に言うならランソルドッドの葉は繊細で、僅かな衝撃でもその効果を失う。

 道中、滝や沼が多いにも拘らず、採取後は水濡れも厳禁である。何なんだ一体。もう少し丈夫に育てよ、葉っぱ。


 フィーネは大木に向かってロープを投げる。

 重りの付いたロープは見事太い枝に巻き付き、ピンとそのたるみを張った。

 ぐぐっと、体重をかけてみる。

 よし大丈夫。フィーネはランプを腰のベルトに固定し、目の前にある沼を飛び越えた。


 長い冒険の始まりだった。



◆◇◆◇



 ――三日後。

 フィーネはようやくランソルドッドの木のところへやって来た。


 彼女はすでに満身創痍だった。

 美しい黒髪もぼさぼさで、服は泥と汗で酷い事になっている。

 手にも足にも擦り傷ができ、しばらくは人目を避けた方がいいだろうと一人冷静に分析する。


 魔女だけど空を飛ぶ事も出来ないフィーネは、相棒のロープと動物避けのランプだけでここまでやって来た。


 街の人が聞けば、呆気に取られるだろう。

 こんな泥臭い魔女なんて、聞いた事がない。


 彼らはフィーネが楽に採取をしていると思っている。思わせているのはフィーネ自身。

 己の弱さが知られれば、フィーネは自分を守る事が難しくなる。特異な能力があるのに、無力な魔女は利用されるだけだ。


 フィーネは薄汚れた手袋を取り、採取を始める。

 一見、ただの針葉樹にしか見えないランソルドッドの葉は、最高級の解毒剤。

 しかもその効果は毒の種類を選ばず、発見の難しい遅行性の毒にも効果がある。


 毒殺の危険のある身分の高い者は常備しておくと良いだろう。

 ただもっとも、これを手に入れる事ができる者はあまりいない。人間が採取可能な場所は国中を探しても片手で足りるほどしかなく、その殆どが枯れかけているからだ。


 ガレスは信用のおける者としか取引をしない。

 今回の依頼人であるウェンデル伯も、東部の守護神と名高い辺境伯。十分信用に足る人物なのだろう。


 採取を終えたフィーネは持ってきていたガラス管を取り出す。

 ゆったりと綿花の詰め込まれたその中に、針を刺すようにして一枚ずつ葉を収め、栓を閉じる。その後、丁寧に布で包み、程よく綿をつめたウエストポーチにしまえば採取完了である。


 崖を降り、滝を横切り、沼を越え。元来た道をどんどん戻る。

 行きよりも慎重に、依頼品を守りながら進む。


 幸い気候も安定しており、雨にも降られなかった。帰り道は順調と言って良いだろう。


 ――今回は、無事に帰れそうね。


 大木にもたれ、火をともしたランプを眺めながら、フィーネはそっと息をつく。

 採取を終えてからすでに二日が過ぎ、自宅へはあと半日といったところだった。


 ――大変だったわ、今回の依頼。だけどラテアートは楽しみね。


 飲み物に絵を描こうなんて、一体誰が考えたのかしら?


 ふふふと小さく笑みを浮かべたフィーネは、疲労感からフッと意識を失った。

 依頼を終えた解放感と、まだ見ぬ対価に期待を膨らませ、幸せなまどろみの時間だった。


 それは時間にして僅か五分。

 だけど――、命取りの五分だった。


 次に目を開いた時にはもう遅かった。

 自分を見据える、寒々しい色の狼たち。ランプの炎は消えていた。




お読みいただきまして、ありがとうございました!!

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