表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/29

15.月のない夜

 


 フィーネは気付けば自宅にいた。

 帰り道の記憶がない。そして、アストリードもいなかった。


「……いつも夕方なんだから、まだいなくて当然よ」


 声に出して言ってみる。

 アストリードの買い出しは三日に一回。朝、いつもより早めの朝食をとり、その後、夕方まで帰って来ない。


 ――でも。


 よく考えれば、買い出しだけでそんなに時間がかかる?

 リュック一杯の食べ物は、街のお店とキャラバンから買っているとフィーネは聞いていた。だが、両方を梯子したところで、かかる時間など知れているだろう。――じゃあ、残りの時間はなにを?


 そんな事を考え始めた自分にフィーネは嫌気がさした。

 信じていると、心の中で言ったのはだれ?


 雑念を払うように頭を振った。

 置き場のない不安。考えても答えは見えず、胸が苦しくなるばかり。


 フィーネは乱れている髪を直し、軽く汗を流して、調合室へと閉じこもる。

 集中して薬を作り続ければ、余計な事を考えずにすむからだった。



◆◇◆



 ノックの音でハッとした。


「フィーネ? いる?」


 優しい、穏やかな声が聞こえる。

 フィーネは手を止めて、扉を開けた。


「ただいま、フィーネ」

「お、おかえりなさい……」


 笑みを浮かべるアストリードを見ていられなくて、フィーネは(うつむ)いた。

 心なしか、声も小さかった気がする。動揺を抑えないといけないのに、これではいけない。


 「おや?」と彼の纏う空気が変わる。


「調合の邪魔してごめん。ご飯出来たら呼ぶよ」

「え、ええ」


 ――どうして、何も聞かないの?


 疑問は素直に口にして良い時と悪い時がある。

 彼は土足で人の心に踏み込むような真似はしない。これはいつもの気遣いだと分かっている。――けれど。

 今は、それが二人を隔てている溝のような気がした。


 夕食も会話が弾まなかった。

 アストリードはいつものように色々話してくれるのだけど、フィーネの反応が悪かった。

 「ええ」「そうなの」しか言わなければ、会話はすぐに終わってしまう。


「――フィーネ、なんかあった?」


 見かねたのかアストリードが尋ねてくる。

 そんな彼をぼんやりとした気持ちで眺め、フィーネは目をそらした。


 ――ねえ、貴方はどこから来たの? 家族はいるの? 恋人は?


 聞きたい事はたくさんあった。

 自分が知りたかった事、色々聞いてみたいと思っていた。


 ――貴方の事、もっと知りたかったから。


 帰り道に聞いた、冷たい声。

 違う人だって思いたかった。聞き間違いだって思い込みたかった。


 でも、この辺で『魔女』は自分しかいない。


 ――『機は熟していない』って、何の事?


 信じていると、ばば様と話している時に心で言った。

 それは本心だったし、今もそうでありたいと願っている。


 だけど、だけど。


「――いいえ、何もないわ」


 すべてにフタをしてフィーネは言葉を紡ぐ。

 いろいろ聞いてみようと思っていた気持ちは、小さくしぼんでしまっていた。


 アストリードが心配そうな表情でこちらを見ている。

 何か言わなければと思うのに、喉が張り付いて声が出ない。


 沈黙が苦しかった。

 信じている。信じたい。ねえ、信じさせてよ。

 なにか切り出してくれればいいのに、彼は何も言わない。

 フィーネの聞きたい事を、なにも口にはしてくれない。


 その日、初めて食事を残した。

 「明日、食べるから」とだけ伝えて、早々に部屋へと引き上げる。

 「調子が悪い?」というアストリードの問いには首を振って、「ちょっと、つまみ食いをしたのよ」と嘘を重ねた。


 アストリードに嘘をつきたくない。

 そう思っていたはずなのに、ようやく出た言葉にも嘘が紛れていて、フィーネは悲しくなった。秘密を積み上げる事に慣れた自分は、本当の事が言えなくなっているのかもしれないとさえ思った。


「――どうしたらいいの?」


 月のない空を見上げて、フィーネは息をつく。

 夜風に吹かれ、美しい黒髪が揺れる。憂いを帯びたその表情を、アストリードが見ているとも知らずに。



 翌日。

 ハッキリとした意志を持って、部屋を出た。


「おはよう、フィーネ」

「おはよう」


 フィーネは決めていた。いままでどおり彼に接する事を。


「今日は軽めの食事にしておいたけど、どおかな?」

「ええ。頂くわ」


 いつものように返事をすれば、アストリードはホッとしたように笑う。穏やかな、優しい笑顔だった。

 フィーネは後ろめたい思いにフタをして、するりと席につく。


 食事をしながらの会話にも気を配った。

 いつものように。いつものように、と自分の行動を常に点検しながら、慎重に言葉を選ぶ。


 ――今までの私を演じるの。


 昨日の気持ちを秘密にして。彼の目的を探る。

 事がはっきりすれば、またアストリードを信じられる。そう考えたからだった。


「今日は採取に出るわ」

「そう。暑くなりそうだから水分を忘れずに」


 世話焼きのセリフ。

 これが本心だと早く信じたい。


 フィーネは内心でゴクリと喉を鳴らして、自然に聞こえるようにある言葉を続けた。


「ついでだから、欲しい物(・・・・)があるなら言いなさい。気が向いたら採ってきてあげるわ」


 彼の真意を測る、罠。

 騙すみたいで、心に嫌な味が残った。


 なのに、そんな事情など知らないアストリードは目をパチクリとさせた後、「特にないけど」と悩んだ素振りも見せない。


 ――本当に、森の資源は目的ではない?


 ただ、この一言だけをとって、それを言い切って良いのか。


 ――一応は頼みやすい状況を作ったつもりなのだけど。


 フィーネは「そう」とそっけない返事をし、自室に戻った。

 身支度を整え、再び自室を出れば、水筒と包みが一つ。片づけをしていたアストリードが振り返り、「お昼に食べて」とのんびりと笑った。


 やっぱり良い主夫になるわ。

 フィーネは挫けかけていた心を立てなおす。


 ありがとう、と小さくお礼を言って、彼の笑顔に見送られ。フィーネは毒霧の森へと入る。


 必ず彼の目的を見出し、自分の納得できる結末を。

 アストリードと暮らすのは後二週間足らず。フィーネは重ねたくない秘密を積み上げる。




いつもお読みいただきましてありがとうございます(*^_^*)


☆更新予定☆

22(日)お休み

23(月)更新予定

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ