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エピローグその一「居場所」

 小林雑音は疲れていた。

 腰を丸め、頭をだらりと落とし、デパートに備え付けられているベンチに座っている。ゴールデンウィーク真っ只中ということで、家族連れで活気づいている周囲の売り場と比較すれば、なんとも不釣り合いな情景だった。

 おもちゃを抱えた子供が、嬉しそうな声を上げながら雑音の目の前を走り抜けていった。しかし、もはや彼はその子供を視界に入れることすらしない。このまま数分待てば眠りこけてしまうのではないかと思われるほどの虚脱状態だった。

 ふと、彼の隣にとすりと腰をかける女性があった。

 黒のタートルネックにジーンズ、そして――――青白い長髪、といういでたち。髪の色とほとんど変わらないその白い顔には、緩やかな微笑が浮かんでいる。

 彼女――――草の精霊、ナガツキは、頭を垂れた雑音の顔を覗き込み、

「小林様、お疲れですか?」

 雑音はふっと顔を上げ、ナガツキの顔を見返し、

「まあ、ね。……というか、今日一日の僕の行動を見てれば、わかるだろう?」

 声音からすら疲れているのがわかるほど、弱く低い声で雑音は答えた。

「朝の八時から駅前に集合、服にバッグに靴にアクセサリーに雑貨に本屋、そして昼はフレンチレストラン、さらに午後も引き続きショッピング。ほとんど歩き通しだ。おまけに、七割方は僕のおごりだ。肉体的にも、精神的にも、本当に疲れた……」

 雑音は恨めしげな声で言う。

「お買い物、楽しくないですか? てっきり、小林様も楽しんでらっしゃると……」

「限度ってものがあるだろう。スケジュールにも、金額的にも……」

 雑音はふうとため息をこぼした。

「それに、君には話しただろう? 〈あいつ〉が君を降ろせるよう、内密にコーチを頼んだのは僕だ。ようは、こういう状況を解決するために、僕はわざわざそんなことをしたんだ。……それなのに、君がちゃんと帰ってきたのに、状況がまったくもって変わらない。……本当、どうなってるんだ? 〈あいつ〉の思考回路は……」

 と、雑音が吐露したところで、

「おーい!」

 その〈あいつ〉の呼び声が聞こえてくる。

 雑音とナガツキが顔を上げたその先、陳列された洋服類の上から、東香々美が顔をのぞかせている。その丸い瞳で二人を見つめ、ひらひらと手を振り、

「ちょっと、こっちによさげなパーカーがあるんだけど! ちょっと、試着してみようよ! ナガツキちゃん!」

「はい、今行きます、主」

 ナガツキはふわりと立ち上がり、慌てて香々美の方へと駆けていく。

 香々美はなおも雑音の方へ視線を向けて、

「ほら、あんたも来なさい、小林君にもつもち!」

 頼むから変なあだ名をつけないでくれ、と思いながら、雑音もしぶしぶその重い腰を持ち上げた。

 二人並び、香々美の方へ向かいながら、ふと、ナガツキは首を回して雑音に視線を向けた。そしてたどたどしくも、

「……小林様。本当は、わかっているのでしょう?」

「わかってる? って、何が?」

「私が精霊界にいる間、主とあなたがどのような時間を過ごしたのかは、私は存じません。しかし、私がここにいても、それでも主があなたを連れ立つ理由。一緒にいる意味。つまりは、あなたもまた主の隣にいて然るべき、ということ。主の傍は、あなたの居場所でもある、ということです」

 ナガツキは柔和に笑った。

「言ったでしょう? あなたは、あなたが思う以上に魅力的な方です。主もそこを理解しているのです。もちろん、僭越ながら、私も――――ふふ、さあ、参りましょう? 主の元へ」

 ナガツキはその青白い髪を揺らしながら幾分おかしそうに、あるいは照れたように笑うと、香々美の方へと駆けだした。

 雑音もその後に続き、そしてその後姿を眺めながら、人知れず思う。

 ――本当は、わかっているのでしょう?

 確かに、そうかもしれない。

 本当に香々美の振る舞いに嫌気がさしていたなら、嫌悪していたなら、もっと別な方策をとれたはずだ。例えば他の頭がいい友人を探し出すとか、あるいは自分の力で頑張るという道もあったかもしれない。……そうだ。リーネに頼んだ交換条件を、『香々美に精霊降ろしをコーチする』ではなく『自分に勉強を教えてもらう』にしてもよかったのだ。

 そうしなかったのは、やはり、そういうことなのだろう。

 香々美の傍らが自分の居場所であるということを、自覚していたということなのだろう。

 小林雑音はため息をつきながら、苦笑いを浮かべる。


 ――そしてすたすたと、〈自分のいるべき場所〉へ歩き出したのだった。

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