第二十二話「そして、振り下ろした」
「す、スズラン、さん? な、何で、ここへ?」
まるで夢か幻でも見ているがごとく、床にへたり込んだリーネは呆けた声で尋ねた。
「……だから、言いましたでしょう? 主の命であると」
スズランは渋面を作りながら、渋々答えた。
「あなたを助けるなど、私の本意であるはずもないでしょう。主に言われたので、仕方なく来たのです。あなたの所在を調べ、探し回り、こんな遠方まで、ね。……それにあなたは、我が主について三つほど理解していません」
「…………アキオの、こと?」
リーネはぽかんとした表情のまま、半ば反射的に尋ね返す。
「そうです」
スズランは大きく頷き、
「まず一つ。亜紀雄様は、あなたが思っているより聡い方です。あなたのこのところの挙動不審。思いつめたような表情。何かを隠しているような言動。そこから、あなたが現在並々ならぬ状況にいることに感づいておられました」
スズランは指で二を示し、
「そして二つ。亜紀雄様は、あなたが思っているより決断力のある方です。あなたが追い込まれているというのは、それは推測でしかなく、確証などありはしないのに、それでも私にあなたのサポートをするよう命じられました」
そして最後、スズランは薬指を立て、
「そして三つ目。亜紀雄様はあなたが思っているより、ずっとずっとお優しい方です。三か月前、我々の敵として現れたあなたのことを、亜紀雄様はもう責めませんでした。敵対視しておりませんでした。クラスメイトとして、あなたの身の安全を考えておられました。よって、私がここに参じたのです。私にここに向かうよう、命を下したのです」
スズランはさも自分自身の自慢話でもしているかのように、誇らしげに、胸を張りながら、それらの説明を終える。
リーネはただただぽかんと口を開け、言葉を続けられなくなった。
――と、
「な、何なんだ、お前は……」
先刻の風圧で吹き飛ばされた如月ジェックが、二人を見上げながら、忌々しげな声を上げる。今の衝突でも右ふくらはぎの札は剥がれておらず、相変わらず行動は制限されていた。
「あ、東の、者。な、何なんだ、お前、は…………潰しても、潰しても、潰しても、俺に、食らいついて、くる。しかも、何だ、お前を、取り巻く、そいつら、は? その、メンツ、は? 藁人形、切れる情報屋、わけのわからない案内人、そして…………死の精霊? 何なんだ? 何なんだ? 一体、どんな、コネを、持ってやがるん、だ、お前、は?」
――コネ
その言葉に、リーネは違和感を覚えた。
確かに、彼ら彼女らとリーネは繋がっていた。その繋がりが発展し、この如月ジェック討伐において、助力をしてくれた。助けてくれた。コネといわれるなら、それはそうなのだろう。
けれど、
確かにリーネが望み頼った部分もあったが、それだけではなかった。自分が望む以前に、彼ら彼女らが助けてくれた部分も少なからず…………いや、だいぶあった。彼ら彼女らに頼るまでもなく、彼ら彼女らはリーネを助けてくれたのだ。
これは、『コネ』という無機質なものとは少し違う。
他力本願のそれとは少し違う。
つまるところ、これは――
「――選択、なのでしょう」
リーネはこつこつとジェックの方へ歩み進みながら、独り言のように呟く。
「ワタシを助けても、助けなくてもいい。どちらを選んだとしても、当人としては正しい判断になる。そんな状況の中で、皆さんはワタシを助けてくれた。助けるという選択をしてくれた」
ジェックの五歩手前、四歩手前へと至る。
「これは、嬉しいことです。幸せなことです。ワタシを肯定してくれた皆さん。皆さんの判断。皆さんの選択。コネなんていうものより、ずっと、ずっと…………嬉しいものです」
リーネはジェックの眼前に至り、右手に握った短刀を振り上げた。そして左手で印を切り、術を施し始める。精霊封印の術を。
図らずもそれを一度受けたことがあるスズランは、リーネの後方からそれを見て、悪夢を思い出したかのように、眉をひそめた。しかし、何も言わない。
リーネは印を切り終え、短刀に術をかけ終え、そしてそれを左肩の上に振り上げる。
目の前の少年に視線を移したが、彼はただただ唇をかみ締め、忌々しげな表情でこちらを睨んでいるのみ。言葉は発しない。
リーネは無表情でそれを見下ろし、心の中にそっと言葉を浮かべる。
(お母さん。申し訳ありませんが、まだそちらには逝きません。まだ時期が早すぎたようです。あなたに守っていただいたこの命、もうしばらく大切にさせていただきます)
そしてふうと息を吐き――――短刀を、振り下ろした。
「――東本家が長姉、東リーネ
――神の理の名の元に
――あなたの存在を排除します」




