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第十六話「吊り橋」

 リーネは、いつの間にか洞窟の中を走っていた。

 マークリードがいた部屋を出て、三つほど扉をくぐり、一直線の道を駆け続ける最中、気がつくと足元は固い土になっていた。さらに、天井と左右の壁も頑強そうな岩へと成り変わっていたのである。

 ――ここまでずっと一直線。

 ――道を間違えたはずもない。

 数メートルおきに天井からぶらさがっている電球が道の先を照らしているが、その到達点はまだまだ見えない。ただただ真っ直ぐ、この洞窟が続いている。

 ――そういえば、あの白い邸宅の裏には小高い山があった。

 つまり、自分は今その山の中を突っ切っているということなのだろう。あの土の精霊は心底自分に興味がなさそうな顔と声音をしていた。完全に『藁人形』へと興味が移っていた。あの状況から、わざわざ自分に嘘の情報を与え、罠にはめてきたとも考えにくい。

 ――だから、進行方向はこれで間違いないはずだが…………。

 ぎりりと、リーネは再び唇を噛んだ。

 あの土の精霊、マークリード。至極どうでもよさそうに、ぞんざいに自分にこの道を示してきた。最終的には、視線すら合わせなくなっていた。もはや自分は意識の外側に置かれていた。

 ――ワタシの生涯をかけた宿敵の一人。

 ――本当は、ワタシ自身が粛清したかったのに。

 だが――――やはり、しょうがない。奴が言ったことはすべて真実なのだ。ワタシは所詮敗者。ワタシは所詮負け犬。ワタシには、奴を打ち負かす腕などありはしない。

 そして、今目指している如月ジェックについても、同じなのだ。

 先刻の勝負で、ワタシでは奴の相手にならないことは自明だった。いくら奴の能力が分かったとは言え、何度やっても勝てるはずもないだろう。それは明らかだ。

 結局、奴に勝つためには――――他力本願。

 如月ジェックが逃げないようワタシが足止めしておいて、小林雑音が追いついてきた後に、奴を戦闘不能に陥れてもらう。そして、最後にワタシが止めをさす。

 ――それしか、勝つ手段がない。

 ――なんて、他力本願。

 ――ワタシ自身の仇であるはずなのに。

 表情を一層険しくし、血の味を噛みしめながら、リーネは走り続ける。

 ……しかし、そういう状況にするには、一つ前提条件がある。すなわち、小林雑音が土の精霊に勝つ、という条件が。

 小林雑音は、あのユネアに圧勝した人物。実力は折り紙つき――――しかし、マークリードもまたユネアに勝利した精霊なのだ。もしかしたら、二人の実力は拮抗しているのかもしれない。

 ユネアを瞬殺したにもかかわらず、雑音が漏らした「辛勝だった」という発言。相変わらず冗談にしか聞こえないが、しかし、ある意味真実ではないかとも思われる。

 戦闘開始わずか五秒で勝負がついた。

 逆に言えば、僅か五秒で雑音は勝負に出た、ということでもある。

 小林雑音は、『藁人形』は、ユネアに能力を発揮する機会を与えなかった。相手の能力を見て、それに対応するという方針をとらなかった。最初から全力でぶつかったということ。

 もしかしたら、雑音はそれだけユネアを危険視していたのかもしれない。

〈もしあの土の精霊がユネアと同等の実力だとしたら、やはり小林雑音は、奴の能力を発揮させるチャンスなど与えはしないだろう〉

 藁人形と土の精霊。最初から全力の勝負が行われているだろう。そんな勝負の中、果たして小林雑音は勝てるのだろうか? 生きてあの部屋を通り抜けることができるのだろうか?

 リーネはそんな疑問と不安を抱えながら、それでも前だけを向いて必死に走り続けている――――もっとも、この不安がこの時すでに意味のないものになっていることなど、リーネは知る由もないが。


 ――そして、このリーネの現状把握と今後の指針決定が終わった頃、


 ようやく一本道の先が開けてきた。

 そこから、ごうごうという低い轟音が聞こえてくる。

 その音をいぶかしみながらリーネがその出口にたどり着くと――――眼下には、険しい崖。光度の弱い電球に照らされたその底では、激しい潮流が渦を巻き、白い水しぶきが上がっている。

 これは激流の川。

 ――そうか、ここは二つの洞窟の交差点なのだ。

 ワタシが進んできた道程と垂直に、水が流れる別の洞窟があったのだ。そして、ここで直行しているのだ。

 目を凝らせば、前方に対岸が見える。そこには、さらに先へと進む道がある。しかし、それは数十メートルも先。とても跳んでは渡れない。

 ふと、視線を横にずらすと、一つの吊り橋が目に入った。

 ――なるほど、一応道は繋がっているのですね。

 しかし、その橋は幅が一メートルもない至極小さいもの。おまけに、ただの縄で吊られていて、その作りは至極頼りない。谷底から吹き上がっている気流で、ぎしぎしと横に揺れている。

 ――まあ、今さらこの程度のことで怖がることもないでしょう。

 リーネは躊躇なくこの橋に足をかけた。そして、大きく揺さぶられる足元に時折バランスを崩しながらも、黙々と川の上を進んでいく。

 ――と、

 リーネは、対岸に一つの影を見とめた。

 頼りない光源の下にいるその人影は、のっぺりした顔の上に薄ら笑いを浮かべている。赤いベースボールキャップに、黒いパーカーを着た、茶髪の少年。


 ――如月ジェック。


「…………!」

 リーネは目を見開き、その少年を凝視。次瞬、もはや考える間もなく、反射的に、前方へと駆け出していた。

 揺れる足場をものともせず、ポケットから形見の短刀を取り出し、構え、如月ジェックとの距離を詰めていく。

 しかし、吊り橋のちょうど半分に差し掛かったところで、


 ――ぐらり


「へ……?」

 急に、踏みしめていた足元の反発がなくなり、リーネは体勢を崩す。驚き、困惑し、リーネは左右の吊り橋を見た。見ると――――橋を釣っている左右のロープが、そこでぷつりと切れている。

 張力を失い、垂れていく吊り橋。

 またもリーネを襲う、数時間前に味わったばかりの浮遊感。

 ごうごうと鳴り響く反響音の中、


 リーネの体は、真下へと落下を始める。

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