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第十四話「分離」

 暗闇の中、庭園のような庭を縦断し、リーネと雑音は敷地の中央に陣取っている白い邸宅の玄関にたどり着いた。

 玄関の上部には、古くなっているためか、ちかちかと頼りなく瞬いている電球が一つ。その明かりに照らされて、茶色のドアに施されている鳥や熊の細かい彫刻が浮かび上がる。掃除がなされていないからだろう、所々にほこりが溜まっているが、その造詣自体は崩れていない。これもまた相当な金額がかかっていることが見て取れる装飾だった。

 そんなドアの前に立ち、雑音はきょろきょろと周囲を見回して、

「……あれ? この玄関、インターホーンが見当たらないけど?」

「……ワタシ達は遊びに来たんじゃないんです」

 リーネは呆れたように答え、そしてそのまま右足を振り上げて、

 ――ドゴンッ

 木製のドアを蹴り開けた。

 板がちぎれ、中心に通り道ができる。

 リーネは何の迷いもなく腰をかがめながらその穴をくぐり、中へと入っていった。

 その様を後ろで見ていた雑音は、

「……なんだよ。人のことを狂人呼ばわりしてたくせに。こんな堂々と不法侵入及び器物破損するなんて。僕よりよっぽど肝が据わってるじゃないか」

 不満げに呟きながら、同じように扉をくぐった。



 中は、外観と同じく白を基調とした造りだった。壁も床も天井も純白のエントランス。広いホールに数え切れないほどの扉が臨んでおり、床には赤い絨毯がしかれている。さらに、入口の目の前には大階段が構えていて、その上にも扉が一つ。さも、舞踏会でも開かれそうな空間である。

「……あれ」

 リーネが何かに気付いたように、二階の扉を見上げながら呟いた。

「……ああ。あれは〈ぽい〉ね」

 雑音も間を置かずに同意する。

 目の前上方に見える白いドア――――その扉だけが半開きになっていた。まるで招いているかのようにひらひらと、扉が左右に揺れている。

 リーネと雑音は一歩一歩踏みしめるように大階段を登り、

 そしてその扉の中へ入っていった。


 ――そこは薄暗い部屋だった。


 四方は陶器の人形が飾られた棚に囲われていて、あとは白い壁に白い天井、そして紫色の絨毯。白いカーテンが揺れている窓辺から、月光が注いでいる。

 そしてその部屋の中心に――


 ――一人の男が、無表情で立っている。


 黒い短髪で、ほっそりとした長身。その体型もあってか、ぴっしりとした外形の黒いジャケットを着こなしている。細めのパンツをはいているため、よけいに線が細く見える。

「……来たな、東家の女」

 男は二人を睨みつけながら言ってきた。

 しかしリーネはそれにひるむことなく、

「……アナタは土の精霊、マークリード。……アナタが先鋒というわけですか? まあ、いいでしょう。先刻は、ユネアをやってくれたようですし。借りは返させていただきます」

「ふん、返り討ちにしてくれる――――と言いたいところだが、残念ながら、私にはお前の相手をしている暇はない」

「……どういうことですか?」

 マークリードを見据えながら、リーネは聞き返す。

 しかしマークリードは、それを無視するかのように視線を横に滑らせ、

「……そっちの男。一応初対面ではあるが、先ほど門を切り裂いたところをカメラで見させてもらった。その手際から、貴様の実力の程も確認はできているが――――しかし、その際にお前が取り出した短刀。そこから、貴様の正体もわかっている」

「僕の、正体?」

 雑音はおどけるように肩をすくめた。

 しかしマークリードはそれに構わず、依然睨みつけるような眼光のまま、


「――ようこそ、『殺し屋殺しの藁人形』」


 断言。あるいは、断罪。

 その言葉尻には一切のぶれもなかった。

 雑音はぴくりと眉をひそめて、

「……へえ、なんと、まあ」

 口をゆがめながら呟く。

「その口ぶり、よほど確信があるようだね」

「当たり前だ。……ふん、どうも、我々の予想よりも貴様は少々若いようだが、まあ、主と似たような能力を用いれば不可能ではないだろう。考慮に値しない問題だ。私は確信している。貴様こそが『藁人形』――――そして、我が主の宿敵であると」

「……へ? 何だい、その言い方は? 『宿敵』って…………つまり、僕は『如月ジェック』って奴に恨まれてるってこと?」

「そうだ。……おい、何だ、貴様、その呆けた面は? 我が主について、貴様もその東家の女から聞いているのではないか? なのに、何も思い出さないと? …………貴様、まさか主のことを覚えていないとでも言うのか? 記憶にないとでも言うのか? ……おのれ。な、なんと屈辱的な」

 マークリードは苦々しげに雑音を睨みつけ、歯軋りをする。しかし、すぐに表情を平静に戻し、

「…………いや、まあ、いい。それもまた、考慮に値しない問題だ。主と対面すれば、外見は変わっていようとも、貴様も思い出すはず。そして殺されれば、否がおうにも後悔するはず。何も問題はない。私は式神として、私の責務を果たそう。私の責務――――貴様を半殺しで主の元に連れて行かねば。……さあ、来い、『藁人形』!」

「――ちょ、ちょっと待ってください!」

 二人のやり取りを傍観していたリーネが、慌てて話に割って入った。

「あ、あなたが小林さんの相手をするですって? な、なんですか、その、ワタシをのけ者にするような振る舞いは。言っておきますが、如月ジェックに用があるのは、彼ではなく――」

「ふん。『のけ者にするような』も何も、『のけ者』にしているのだ、東家の女。先刻の勝負で、我々と貴様の実力差は歴然だっただろう。貴様は所詮、敗者だ。『藁人形』を目の前にして、貴様などに構っている暇も隙もない。私の後ろに、主がお休みになってる本宅へ続く道がある。勝手に行き、勝手に殺されるがよい。誰も止めはしない」

「…………!」

 瞬間、リーネの中に激情がほとばしる。色白の顔面がさらに蒼白になる。

 六年追いかけてきた仇に、母親の仇に、ここまで軽んじられるとは。ここまで甘く見られるとは。ここまでなめられるとは。ここまで誹られるとは。ここまで無関心を貫かれるとは。

 体が震えるほどに、体内が熱くなる。

 全身がわななく。

 今にも飛び出しそうになる。

 ――しかし、

 ワタシの目的はあくまで如月ジェック。奴を人間界から排除すること。こちらとしても、この土の精霊にかまけている場合ではない。間を置けば、肝心の如月ジェックに逃げられてしまう可能性もある。ならば、ここは我慢するが最善――

 リーネはぎりっと唇を噛み、

「……そ、そうですか。で、では、小林さん。そういうことなら、ワタシは先に行ってます。ここは、よろしく、お願いします」

「わかった、まあ、僕もすぐ行くよ」

 何ともなさそうに答える雑音。

 リーネはなおも唇を噛みしめ――そして唇から一筋の血を垂らしながら――無言でマークリードの横を通り過ぎると、その奥の扉から部屋を出て行った。

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