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第十二話「タクシー」

 如月ジェックとマークリードは、タクシーの後部座席に並んで座っていた。

 窓を移り変わっていく景色は、暗闇の中に畑や民家が点々と見えるような場所。数秒の間隔ごとに、黄色いライトを照らした対向車がすれちがっていく。車内ではラジオもオーディオもかけておらず、さらに会話もないため、エンジン音だけがえんえんと響いていた。

 運転手の後ろ、並んで座っている二人は、一つの視界に入れるにはすべからく対照的な外見をしていた。片や、パーカーにキャップにジーンズという、ダボダボとした格好。片や、ジャケットに黒髪長髪、細めのパンツという、スリムな服装。ビジネス街をながしている最中にこの二人の前で車を止めた運転手も、心うちでいぶかしみながら眺めてしまった。

 ――この二人はどういう関係なのか?

 ――そして何の用でビル街にいたのか?

 だが、二人とも表情や仕草に不自然なところは見られなかった。なので、この運転手は何ということもなくこの二人を乗せてしまったのである――――この後、口封じのため、自分が殺される予定であるとも知らずに。

 この運転手のすぐ後ろに座っているマークリードは、ぼんやりと夜景を眺めながら、目の前の〈彼〉をどのように殺すか考えていた――――降車直後にコトを起こすのは少々危険かもしれない。自分たちとの関係を疑われないために、せめて一時間は時間を置いておく必要があるだろう。この車のタイヤにトラップをしかけておけばいい。能力を用いれば、証拠が残らない方法もいくつか思いつく。具体的には――

 結局三十分後、道程の三分の二を過ぎた頃には、マークリードの中でもすべての結論が出た。

 その後はマークリードも手持ち無沙汰になり、考えることもなく窓の外を眺めるだけになる。それも数分後には飽きて、すぐ隣、逆の窓を眺めている如月ジェックに話しかけた。

「……しかし、主、先程は申し訳ありませんでした」

「ん? 何が?」

「あの氷の精霊の相手で、主の手を煩わせてしまいまして」

「……ああ、そのことか」

 ジェックは窓枠に肘をかけながら、景色から目を離さず、何ともなさそうに答えた。

「別に問題はないよ。……それに、あいつ、やたらと強かったしな。明らかに戦い慣れてた。まさか東家の人間が、あれほどの式神を降ろしてくるとは思ってなかったが……。俺の見立てじゃあ、恐らくあいつは『藁人形』にも引けをとらないくらいの力量だっただろう。だから、奴とのサシの勝負でてこずったとしても、仕方ない話さ」

「……そう言っていただけるとありがたい」

 マークリードはうつむき加減で、申し訳なさそうに呟く。そして、ふっと、何かを思い立ったように顔を上げて、

「……ところで、話は変わるのですが、一つ、主にお聞きしてもいいですか?」

「なに?」

「……今、比較対象として名の挙がった『藁人形』ですが……。つまるところ、主の仇たるその『藁人形』とは――


 ――具体的に、どの程度の力量なのでしょうか?」


 ジェックは、マークリードの質問にぴくりと眉をひそめた。そしてちらりと、窓の外からマークリードの顔へと視線を移す。

 マークリードはジェックの表情に目を据えたまま、

「……奴の痕跡巡りの際に主に見せてもらった〈回想〉から、そいつが妖気のこもった短刀を扱っていることは見られました――――しかし、あの〈回想〉には、『藁人形』の人となりも、戦闘の全体像も映ってはおりませんでした。そのため、私には奴の強さというのがまだよく理解できていないというのが、正直なところなのです」

 マークリードの心情の吐露を、ジェックは黙って聞いている。

「主は…………『時の精霊』たる我が主は、強い。私が今まで見てきたいかなる精霊よりも強い。幾度となく主の戦闘を垣間見てまいりましたが、そのスタイルは洗練されております。時間の停止、そして逆再生。この能力があれば、どのような者にも負けることはないでしょう。主は、主の能力は強い――――いえ、最強と言っても過言ではないのかもしれません。が――」

 なおもジェックは黙り、マークリードの口の動きを見つめている。

「――それなのに、主はおっしゃいました。自分は『藁人形』に負けたのだと。…………正直、それが信じられないのです。最強たる我が主が、どうして一人の人間に不覚をとったのか? そのプロセスが、私には想像もつかない。…………主、一体『藁人形』とはどのような能力者なのです? なぜ主が人間におくれをとったのです? そこを、ぜひともお聞かせいただきたい」

 マークリードは高ぶる感情を抑えながら、ゆっくりと言い終える。

 ここまで聞くと、ジェックはくすりと笑い、

「……ああ、まあ、いいだろう。自分の恥を晒すのには少しばかり抵抗があるが、まあ、必死に隠したいというほどのものでもないし――――それに、今度こそ奴を殺せばいいだけの話だからな。オーケー、ちゃんと話してやる」

 ジェックは息を吐きながら、記憶を掘り起こすように話し始めた。

「俺が奴と初めて合間見えたのは十三年前、この国でのことだ。そのときの因縁はどうだったかは忘れちまったが、確か、場所はどこかの建物の中だったのを覚えている。……とにかく、そこで俺達は戦闘に及んだんだ。お互い、命をかけてな」

 ジェックは背もたれに背中を預け、帽子のつばをついと持ち上げた。

「奴は短刀、俺は素手というスタイルだったわけだが、最初、俺と奴はほぼ互角だった。俺が奴に傷を作れば、俺も傷を受ける。その繰り返しで、ただ体力を削るだけの攻撃合戦が続いた。……そして戦闘開始から十数分が経った頃、俺はようやく機が巡ってきたと感じた。すなわち、奴の集中力が時折途切れるようになったんだ」

 ジェックはもはや自分に言い聞かせるかのように、ぽつりぽつりと一人語りを続ける。

「お前も知ってる通り、俺の能力は稼働時間が限られていて、しかも思考までは巻き戻せない。つまり、能力を見られれば、対策を練られてしまう危険がある。だから俺の戦い方として、能力を見せた時点で敵の息の根を止めることが必要になるわけだが――――奴がたまに俺の攻撃をかわしきれなくなるようになった頃合で、俺の機が巡ってきたと思ったわけだ。この隙を突き、時間停止をかけて、奴を一気に殺す。それで勝負は決まると、俺はそう思った――――だが」

 ここでジェックは語尾を強め、表情を険しくし、

「俺が奴との距離を十二分にとり、能力を発動させようと集中した際、そのコンマ数秒の隙をついて、奴はいきなり俺の目前に移動してきたんだ」

「目前に移動? …………まさか、瞬間移動ですか?」

「最初は俺もそう思った。……だが、それだと辻褄が合わないだろう? 自由に空間を移動できるのだとしたら、それにはどんなデメリットもない。わかっていても対処のしようがない。最初からその能力を使って勝負を決めちまえばいいだけのことだからな。だから、奴が使ったのはテレポートなんかじゃない。奴はただ――――高速移動を行っただけだと考えられる」

「こ、高速、移動?」

「ああ。ただ単に自身のスピードを飛躍的に上げたという、それだけのことだ――――まあ、早すぎて、俺には瞬間移動にしか見えなかったわけだが、な」

 くくっと、ジェックは自嘲気味に笑った。

「つまり、奴も奴で戦闘開始からずっと俺の隙を狙ってたわけだ。俺の隙をつき、自分の能力を発動させるチャンスを待ってたのさ。そして、少しばかり奴の方がタイミングが早かったせいで、俺は敗北したんだ。俺が史上唯一の敗北を喫したのさ。…………くそ! 『藁人形』め! まったくもって優秀で、狡猾で、そして――――むかつく奴だぜ」

 ジェックは窓枠にかけた手をぎりっと握り締める。

 その様を静かに見ていたマークリードは、

「……なるほど」

 と呟きながら、視線を前に戻した。そして静かに思考を巡らす――――高速移動。それが『藁人形』の能力。主の話からしても『藁人形』はただの人間にすぎないということだ。つまり、この『藁人形』の高速移動は、誰か他の者の能力である可能性の方が高い。他の者――――すなわち、式神か。ようは『藁人形』も式神使いであるということだろう。そして、その式神を封じてしまえば、その『藁人形』も決して――


「――お客さん、着きましたよ」


 ふいに、前の運転手が、振り返りながら言ってきた。

 マークリードは慌てて思考を中断し、

「あ、ああ」

 と言いながら、運転手の顔を見返した。……ここまで、やたらに物騒な会話をしてしまった。しかも『藁人形』というワードまで出してしまった。もしこの運転手がそれを不審がり、何かしら疑わしい反応を示しているなら、今すぐここで息の根を止める必要も出てくるが……。

 しかし、首だけ振り返ってくる運転手は、相変わらずの呑気な顔で営業スマイルを浮かべている。……恐らく運転に集中していて、二人の会話はほとんど聞いていなかったのだろう。もしくは、聞いていても意味がわからなかっただけなのかもしれないが。

 結局マークリードはタイヤにトラップを仕掛けるだけにとどめ、そして運転手に運賃を払い終えると、のそりとタクシーから降りた。如月ジェックも続いて地面に降り立つ。

 来た道を戻っていくタクシー。そのライトが遠ざかると、もはや付近には数百メートル先の街灯以外に明かりがなくなる。

 そして、その街灯にうっすらと照らされるのは、コケの生えた仰々しい門。加えて――


 ――『如月ジェック』の資産の一つである、古い邸宅だった。

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